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虹の橋を渡るまで  作者: 上野暢子
6/7

6 ラッキーの病気

【幸(二十一歳)の日記】

 家に帰ると、家中のあちこちにラッキーが吐いた跡があった。私は雑巾で早速掃除をし始めた。猫は吐くものだというけれど、これはあまりにひどすぎないか。ラッキーの顔は元気そうに見えるんだけど・・・。でも、動物は病気でも元気に振る舞うって言うし。

 母が帰って来て、ラッキーの最近の吐き気について話すと、一応、動物病院に行ってみようということで、嫌がってギャーワー言うラッキーを無理矢理ケージに押し込んで車に乗った。

 足の治療が終わってから、ご無沙汰していた先生のところへ行った。

 診察結果は、腎不全の初期だと思う、とのこと。とても怖い病気だそうだ。治療は、腎不全が進行するのを遅らせる薬しかなく、今機能していない腎臓はもう治すことができないそうだ。

「でも、まだ初期ですからね」

そして、先生は、ラッキーはちょっと脱水気味だからと点滴と腎臓の数値を知って確定診断をつけたいとのことで採血をした。ラッキーはおびえきっていた。

 家に帰ってきたら、ラッキーはすぐに机の下にもぐってそこでじっとしていた。

 これからは腎不全と二人三脚で生きていかないといけない、私が頑張らないといけないと思った。


【ラッキー(九歳)のつぶやき】

 アタシは最近なんだかちょっと気持ち悪くなることが多い。なんでだろうな。段々このアタシも年老いていくからかな?

 気持ち悪くなるだけでなく、吐いてしまうこともある。ママが心配して、アタシの憎む動物病院へ連れていかれた。獣医さんの顔に吐いてやろうかと思ったが、ちょっと身長が足りない。

 獣医さんはアタシの病気を腎不全だと言った。ジンフゼン??この世は訳のわからん言葉だらけだ。

 アタシが吐くのはどうやら、腎臓の悪いものをこしておしっこにする機能が腎不全によって、機能しなくなりつつあって、それで悪いものが体中をめぐるからだそうだ。

 腎不全を少しでも遅らせる水薬は、ママが無理矢理でも飲ませるので、いやいや飲んでいる。それでも症状は進んでいるような気がするけど?

「猫ちゃんは七、八歳になるとみんな腎不全になりやすくなります」とエライけど、はた迷惑な獣医さんは言った。そして、今日も点滴をやった。アタシも春が来れば十歳になる。病気の一つ二つはあっても仕方ないのかも知れない。

 家に帰るとぽかぽかの上で幸せ~に眠った。


【幸(二十一歳)の日記】

 今日はラッキーの通院日。これからは十日に一回くらい点滴と様子見のため、ラッキーを動物病院に連れていくことになった。母は今日は帰りが遅いので、私が自転車に嫌がるラッキーの入ったケージをくくりつけて動物病院に行った。

 この前の血液検査の結果が出ていた。やはり、腎臓の数値は悪い。腎不全という診断はほぼ確定となった。余命を聞いたが、色んな猫ちゃん達がいるから分からないと言われた。腎不全の初期だとまた言われた。また点滴をしていただいた。そして、先生に言われた。「水分の摂取量を増やすため、そろそろ缶のごはんに切り替えてもらえますか」。

 ラッキーはうちに来てからかりかりばかり食べていて、缶のごはんは食べたことはなかった。診察が終わると一旦、家にラッキーを連れて帰り、自由にした後、ペットショップへ向かった。そこで「腎臓ケア」と書いてある缶のごはんをとりあえず五個買って帰った。

 家に帰って、お皿に缶エサを試しに入れてみたら、ラッキーは鼻をひくひくさせて近付き、食べ物と分かったのか、少しずつ食べ始めた。良かった。ラッキー、たくさん食べて病気に打ち勝たないとね!


【ラッキー(九才)のつぶやき】

 今日もまた、あの動物病院に行った。アタシは「何とかの初期」という病気だと言われたけど、何だったかな?忘れちゃった。いつものように点滴をした。家に帰った後、ママが新しいごはんをお皿に入れた。これ、何?良い匂いがするけど、今日はもしかしてアタシの誕生日かなんかの記念日?それなら、ありがたくいただこう。もぐもぐ。おいしい!


【幸(二十一歳)の日記】

 ラッキーは、缶のエサを食べてはくれるけど、食べる量が少ない。喜んでかぶりついているみたいだけど・・・・・。最近はだいぶやせた。心配だ。


 ラッキーは徐々にやせ細り、三・二キロあった体重は最終的に半分の一・六キロになってしまった。


【ラッキー(十歳)のつぶやき】

 今日、ママに言われた。

「ラッキー、お誕生日おめでとう」って。そうだった。アタシはこの時期に産まれたんだ。十歳だ。もう十年も生きているんだ。病気はあるし、最近ちょっと食欲がわかなくてやせちゃったけど、まだまだ生きれるぞ!アタシはできるだけ、ごはんをたくさん食べた。


ラッキーの生き続けたい気持ちとは裏腹に、病気はラッキーを圧倒しつつあった。

 

【幸(二十二歳)の日記】

 ラッキーがごはんも食べず、横たわっているだけなので、自転車に乗せて動物病院へ行った。

「腎不全はどんな具合ですか」

と聞くと、先生は言った。

「状態を見る限り、末期です」

ついにこの日が来てしまった。それも、予想していたよりずっと早く。最初に「初期です」と言われてからわずか数カ月。腎不全進行抑制のために飲ませていた薬は効き目があったのだろうか?

「この状態から回復した子はいますか」

とお聞きすると、先生は

「いることはいるけど・・・・」

と言われた。

「難しいんですね」

とりあえず、点滴だけしていただき、もうあとは何の処置もしないことにした。

この動物病院に来るのも、今日が最後かもしれないと思った。


【ラッキー(十歳)のつぶやき】

 アタシはもう動けない、立てない、遊ぶことなんてとてもできない。今、家の床の上に敷かれたぽかぽかの上に寝ていて毛布をかけてくれている。五月なのになんだかちょっと寒い。時々ものすごく気持ち悪くなって吐きたいが、吐けない。


【幸(二十二歳)の日記】

 ラッキーは今晩ダメかもしれない。ラッキーは今、ぽかぽかの上で横たわっている。真っ黒い目は開いたり閉じたり。時々、全身がけいれんする。腎臓が動かないため、体中に毒素が回って苦しいのか、時々

「アオー!アオー!」

と叫ぶ。私はどうしてやることもできない。ただそばにいてやることしかできない。前にどこかで読んだが、ペットにとっては飼い主が人生のすべてなのだから、死ぬ時は見守ってやってほしいという文章を思い出した。

 私はラッキーの寝ているぽかぽかのすぐ横に布団を敷いた。そして、たとえ夜中に亡くなっても絶対看取ってやるんだと思った。

 寝る時間が来た。私は布団の中から手を出して頭をなでてやりながら、いつの間にか眠ってしまっていて、ラッキーの「アオー!」といううなり声で目が覚めた。ラッキーのうなり声を聞くと、可哀想で、何度も安楽死を考えた。でも、動物病院が嫌いなラッキーを最期まで連れていくのはためらわれた。やっぱり家が一番に違いない。

 ラッキーがうめく度に私はラッキーに話しかけた。

「ラッキー、もう頑張らなくていいよ」「もう逝ってもいいよ」

ラッキーには通じているのだろうか・・・。

 そんな寒い時期でもないのに、ぽかぽかの上にいるというのに、ラッキーの体はいつもの温かさがなくなってきていた。体温が下がっているのだ。

 けいれんは定期的に起こり、苦しそうだ。どうしてこんなに苦しまなければならないのだろう。神様、早くラッキーを迎えに来て。

 数時間後、隣の部屋で寝ていた母が起きて来る。ラッキーのうめき声で目がさめたからだそうだ。そのまま二人で座ってラッキーを見ていた。

 そして、また何時間かが過ぎていった。



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