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虹の橋を渡るまで  作者: 上野暢子
2/7

2 家族になれた日

【ラッキー(生後三カ月)のつぶやき】

 そして、アタシはいよいよ右大腿骨骨折の手術の日を迎えた。動物病院まで、ママとおばちゃんが一緒に来た。

「大きな手術ですので、五日間の入院となります。入院期間中でも、いつでも、会いに来ていただいて構いません」

と獣医さんが言った。

 ママはそれを聞いて泣き出した。アタシとそんな長い間、離れたくない、大きな手術だから不安だと言う。

「いつでも会いに来ていいんだよ」

と獣医さんが何度も言って、やっと納得した。アタシのこと、そんなに好きなの?

「明日、来ます」

ママは泣きながら言った。そして、おばちゃんとママは診察室にアタシを置いて、名残り惜しそうに帰って行った。アタシはその様子を見て、ふと、思い出した。怪我をして動けなくなったアタシを置いて、猫の母さんときょうだいが何度も後ろを振り返りながら去って行ったあの時を。その途端、アタシはものすごく怖くなった。また捨てられたんだろうか。

「待って!」

とアタシは叫んだ。置いていかないで。その声が聞こえたのか、ママがひょこっと診察室に顔を出し、

「明日、来るよ」

と言った。本当だろうか。


【幸(小六)の日記】

 今日、ラッキーの大たい骨の手術があるので、ラッキーを連れて、母さんとじゅういさんのところへ行った。大たい骨の手術はとっても難しい手術。ラッキー、一人で大丈夫かな。五日間も入院するみたい。ラッキーはひとりぼっちになってしまう。

「明日、来るね」

って言ったけど、私と母さんが診察室から出ると、ラッキーは

「みぃ!」

と大声で鳴いた。

猫語がわかればいいのに。ラッキーに不安はないのかな。


【ラッキーのつぶやき】

 大腿骨の手術は麻酔がかかっている間にすべて終わったので、何も感じなかった。麻酔が覚めて見たら、右脚はつま先から脚の付け根までしっかりギプスの中で、左脚は全体を包帯で巻かれていた。これだと後足は使えない。前足だけで動く練習をしなくちゃ!

 夜になると、他の入院患者のいるところに抱いて連れて行かれた。大きな犬が一言「ワン!」と吠えたので、アタシは震え上がった。犬は大嫌いなのだ。アタシはその犬に向かって「ふわー!!」と威嚇した。

「大丈夫だよ」

と獣医さんが言う。そして、私を檻の中に入れた。ふかふかの布が敷いてあり、小さなトイレ、そして、お皿の中にはおいしそうなごはんが!でも、お腹はすいてなかったし、疲れていたのですぐに寝た。明日、ほんとにママが来てくれるのかな、アタシの今の姿にママはびっくりしないかな、などと考えながら。


【幸(小六)の日記】

 今日、家に走って帰り、ランドセルを床に置くと、母さんに言った。

「母さん、ラッキーが待ってるよ。早く病院に行こう」

母さんの車に乗って動物病院に向かった。

 じゅういさんは、手術は成功したと伝えた。母さんは

「どうもありがとうございます」

とお礼を言った。

「先生、ラッキーはどこですか?」

と私は聞いた。私達は診察室に入った。しばらくすると、遠くの方から、「みぃみぃ」と鳴く声が聞こえて来た。

そして、引き戸をがらりと開けて、じゅういさんの腕に抱かれてギプスだらけのラッキーが現れた。

「ラッキー!!来たよ!大丈夫?」

私はじゅういさんの手からラッキーを受け取り、ぎゅっと抱きしめた。

「気をつけてよ」

と母さん。

ラッキーと会えたのがうれしくて、涙が出て来た。ラッキーは不思議そうな顔をして、私を見ていた。

私は、ラッキーが大好きだ。


【ラッキー(生後三カ月)のつぶやき】

 約束通り、ママとおばちゃんがお見舞いに来た。ママはアタシをぎゅーっと抱きしめてくれた。ママはなぜか泣いていた。アタシの心の中を温かいものが流れた。

 アタシはこの時、アタシとママ、おばちゃんは本当の家族になれたと思った。嬉しかった。アタシはもう不安と孤独で怯えることはない。アタシは名前の通り、ラッキーだ。


【幸(小六)の日記】

 五日間は思ったより短くて、ラッキーの退院の日が来た。ケージの中にラッキーを入れると、ラッキーは

「みぃみぃ」

としばらく鳴いていたけど、あきらめたのか、おとなしくなった。

 お会計でラッキーの手術代を、母さんが払ったけど、すごい額でびっくりした。でもラッキーのケガがちょっとずつ治ったらいいな。左あしの神経も元通りになればいいな。

 家に帰ると、ダンボールにタオルとペットシーツをしいたベッドにラッキーを乗せてみた。

「ラッキー、お腹すいてない?」

と言って、お皿に少し猫のエサを入れてラッキーに近づけてみると、ラッキーはガツガツ食べだした。それを見て、私と母さんは笑ってしまった。その後、ラッキーはすぐに寝てしまった。

 起きると、ラッキーは段ボールベッドが気に食わないのか、「みぃみぃ」鳴き出した。手術をしたところが壊れてしまわないように、あんまり動いてはいけないから段ボールで作ったのに、ラッキーときたら、もうあしが痛くないからか、平気で前足だけで段ボールから逃走する。そして、家の中を前足だけで、後足は投げ出したままで走り回る。と思ったら、どこでもあっという間に寝てしまう。

 あまりにもはげしく暴れるので、母さんが心配してじゅういさんに電話した。やっぱりあんまり暴れるのは良くないみたいだ。

 ラッキー、ダンボールの中でおとなしくしといてね。


【ラッキー(生後三カ月)のつぶやき】

 長い五日間が終わり、アタシは自由になった。ママとおばちゃんが迎えに来て、車で家に帰った。

 家のリビングに段ボールで作ったアタシ用のベッドがあった。四方八方を段ボールで囲まれ、何も見えなくて退屈。アタシは段ボールから脱出することにした。アタシが使えるのは前足だけ。段ボールに爪を立て、少し上ったら落ちた。失敗だ。もう一度トライする。さらに深く爪を立て何とか顔だけ外に出た。さて、もう一歩と反対側の足の爪を立てる。すると、段ボールがアタシの重みでひっくり返った。いつの間にかアタシの体重は随分重くなっていたのだな。アタシは段ボールもろとも転んでしまった。さすがに大きな音がして、おばちゃんにも、ママにも聞こえたようだ。

「あ!脱走犯!」

とおばちゃん。アタシは慌てて、力の限り前足を動かして速く逃げた。

「犯人が逃げた!」

と今度はママが言う。犯人とか脱走犯だなんてアタシそんなに悪者?

 アタシは玄関の靴入れの下に隠れた。ママとおばちゃんはしばらく探していたが、すぐ見つかった。そして、また段ボールベッドの中に入れられた。さらに、もう一つ段ボールを重ねてガムテープなるもので貼り付け、おりを高くしてアタシが脱走しないようにした。今に見てろ!アタシは絶対脱走してやる!が、さっきの大脱走で疲れたのか、アタシは気付かないうちに眠ってしまった。


【幸(小六)の日記】

ラッキーは元気が良すぎる。前足だけでどこにでも行ってしまう。せっかく二重にしたダンボールもラッキーは前足だけで上ってしまい、気付いたら外にいて私の方を見て「みぃみぃ」と鳴いた。母さんと

「ラッキーじゃなくて、ゲンキーと呼べば良かったかもね」

と言った。

 良いことが一つあった。ラッキーの左あし。神経はどうやら切断はされていないらしい。昨日、母さんがラッキーを診察に連れて行ったけど、その時、ラッキーの左脚に触ると、かすかに反応したみたいだ。右あしも早く良くなりますように。



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