あなた
「君…名前は何て言うの?」
冷たい雨の降る夜、私を見つけたあなたは
月の光を背に受けて、にっこりと笑っていました。
「おいで、髪の毛拭いてあげる」
あなたは、暖かい部屋の中で
大きなタオルを広げて待ってくれています。
私はというと、肩に届くか届かないかの無造作に切られた髪を
拭きもしないでここに立っているので
あなたがそういうのも分かります。
なので、あなたの所へとぼとぼと歩いていくのです。
「お湯熱くなかった?」
私の髪を拭きながら、相変わらずにこにこ、にこにこと笑いながら
あなたは聞きます。
私は首を縦に振るだけです。
「そっか、良かった。
あ、ドライヤー持ってくるの忘れちゃった、ちょっと待ってて?」
そう言うと、私の顎にするっと指を這わせて
にこっと笑って、そして部屋を出ていきます。
「......」
静かになった部屋の中で、私の呼吸音が聞こえます。
あなたがどこかの扉を開けた音が聞こえます。
私の体を巡る、血の音が聞こえます。
私の、心臓の音が、聞こえます。
「...また、変な事考えてた?」
いつの間に戻ってきていたのか
リビングの入り口に立ってこちらを見ているあなたは、にこにこと笑っています。
私は、あなたを見つめます。
「大丈夫だよ。なんにも心配することないんだよ」
あなたはゆっくりと近づいてきて
私の頭を撫でます。
髪をすいて、目じりをなぞって、唇を触ります。
「怖いこと、なんにもないからね」
そうして、にっこりと笑って私を優しく抱きしめてくれます。
私は、そんなあなたの笑顔がいちばんこわいのです。