表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

プロローグ&一話

この作品は、数年前に書き始めた完全なる制作途中のものです。作品の冒頭であるプロローグと1話だけを公開します。この先、この作品の続きを書くかどうか定かではありません。読んでいただいた皆様の反響に基づいて検討したいと思います。

 プロローグ


「マジで……ヤバ……かも……」

 その少年の表情は、ゾンビのようにやつれていた。

 頭上でジリジリ焼き付ける直射日光。数えきれない光りの帯が収束し、乱反射をおこしている黄金色の粒子たち。

 一粒一粒が連携し一つの集団を作ったとき、そこは見渡す限りの大海原を彷彿とさせる壮大な黄金パノラマを展開する。

 吹き付ける風でさえ、その素肌を焦がさんばかりに吹き付け、噴き出す汗さえも熱を帯びた熱波は瞬時に蒸発させる。

 人は、炎天下の中に居続けては命に関わってくる。ましてや、水分補給をしなければそれだけ死期が早まる。

 そうと知ってか知らずか、灼熱のダブルパンチを受け続ける少年は虚ろな眼差しをただ前方だけに向け、歩みを刻んでいく。

 けして厚くないラバーソールは、細かな粒子の塊である砂地にすっぽり沈み、楕円形の足跡を形成するものの、浜辺の砂のように一瞬で形跡を失ってしまう。

 揺らめく陽炎。

 方角を知る術のない彼にとって、方向感覚を失ったことは致命的な深手を負うことと大差ない。

 息遣いが整えられる許容範囲を超え、餌をねだる犬のように忙しなく胸部を上下させる。

「飲み物……何でもいい……飲み物、くれ……」

 喉は渇きを覚え、体は水分を求めている。

 唇はささくれしたようにカサカサしている。

 何故、ここにいるのか?

 どうやって、ここに来たのか?

 根本的なことを思い出させるだけの思考力さえも、この空間の凄まじいほどの影響力を前にして急激に低下してしまう。

 それでもなお、身体を制御している感覚は休ませる事を知らないかのように動かし続ける。

 それが本能か、あるいは自身の意志の賜物なのか……知る者は、ただ一人……

「くっ、そっ……たらふく……水……飲んどきゃ……よかった……」

 限界に達した全細胞は一気にパワーダウンを起こし、ちりちりに熱せられた砂上にその身体を倒す。


FORTUNE 1


 ホバークラフトに乗って、数十キロ、今日の収穫ポイントは砂漠地帯にある通“見えざる遺跡”

 私の父さんから聞いた伝説として語り継がれている説話。

 その昔、私達が住んでいた世界は多種多様な文化が混在し、精密な機械群が溢れる文明社会が存在していた。日々の生活を進歩した文明に依存していた人々は、それぞれに備わっている身体能力を使うことなく安易な考えのもと生活していた。

 唯一の道楽といえば、巨大コロセウムを舞台とした意志を持つメカロボット達の格闘ぐらいだった。全てのものはそれら戦い傷ついた機体、バラバラに四散する部品(パーツ)やオイルといった機械のおぞましいすがたを目にし、人々は狂喜乱舞した。

 だが、日々の暮らしに疑問を抱き、打ち破った人物が現れた。機械という万能の金属に依存し、人間としての本能が退化した世界を一転させる男が。

 伝説の(グラ)闘士(ディエーター)シャープス・ダットン!

 彼こそ、機械に洗脳されてしまった世界に一条の光りを射し込んだ英雄である。

 それまで、意志を持つメカロポットばかりが決闘を演じてきたが、シャープスは生身の肉体に簡素な防具を身に纏い、颯爽と計算づくされたメカに戦いを挑んだ。

 誰もが機械の絶対的権力の前に倒れると思った。所詮、生身の人間が冷血で感情を見せない機械に勝てるはずがないと。人々は口を揃えて言った。

 だが、シャープスは人々の予想を裏切り勝ち続けた。ばったばったと巨大な体躯をしたメカロボットを打ち倒し、何の迷いも怯えも見せない姿勢で挑む姿に人々は次第と魅入られ、何の感情もなくただ眺めていた戦いに感動と興奮を覚えていった。

 シャープスの人気は次第に規模を拡大し、遠方からもその勇姿を一目見ようと訪れる人々は止まることを知らなかった。人々は彼から人間としての威厳や勇気をもらい、生きる喜びを知り生活を送るようになった。

 それから百年。有耶無耶になってしまった顛末から、推測として、反感を克った機械たちと人間達が反発し、それが戦争へと続いたのだと伝承されている。

 シャープス亡き後、衰退したその世界で再びコロセウムが開催されるようになった。参加する者は、偉大な英雄シャープスに敬意を示し、その後戦いを開始する。

 そんな剣闘士達のため、捜索費や改造費用をもらって私達親子は生活を営んでいる。

「あ〜ぁ、何だか砂ばっかり見てて、飽きてきちゃった」

 特等席に陣取って座る助手席の左側は父さんで、私の右側には開放感で満ち溢れる風景が広がっている。しかし、出発してから数時間、目的としている場所は遥か遠くにあるようでいつになっても着く気配がない。

「まぁ、黄色い砂ばっか見てりゃぁ、飽きてくるのも無理はねぇよ」

 実の父をお世辞にもなんて、という台詞を言いたくないけど、父さんの外見は格好良いなんて言えない。けど、仲間中では、『ジャンク屋のロイ』と呼ばれるくらい機械には詳しい。今私達が乗っているホバークラフトでさえ父さんと私が作ったものだから、それは証明されるはず。 

 機械についての広い知識と、ロボット犬にも匹敵する機械捜索の腕は一端の同業者さえ舌を巻くほど。その娘の私も、遺伝子には否めずそれなりの知識が備わっている。まぁ、物心ついたときから商売の手伝いをしていれば、自然と身に付くよね。

「でも、こんなに遠出までして探すだけの価値がなきゃ、嫌だよ」

「そう腐るなトーラン。俺達だって、商売しなきゃメシの食い上げになっちまう。価値の問題してる前にな、報酬さえもらえりゃぁいいんだよ」

「何か、がっかり」

「何がだ?」

「だって、ジャンク屋のロイが、内容よりお金が先だぁ、なんていうんだもの、格好良くないよ。その道を極める人間なら、『金の問題じゃねぇ、俺のポリシーに関わる問題だ。依頼すンなら、希望以上のものを見つけ出してやらぁ!』って言ったら、格好良いのに」

 一部分だけ父さんの理想像をモノマネで演じてみる私。さすがに喉を絞めつけて出す濁声は、繊細な喉を痛めちゃいそう。

「若いヤツらばかりそんな陳腐な台詞を並べんだよ。年を重ねて、一人前になって初めて、『あっ、やっぱり金が無いと、生きていけないわ』って気づくんだよ」

 父さんも負けじとモノマネをしたみたいだけど、どこか気持ち悪くて追及できない。でも、父さんの考え方も一理あるかもしれない。

 天地がひっくり返ってしまいそうな大きな戦乱があった後なのだ、ポリシーがなんだのと粋がるより、まず己の懐を温めてからでも遅くないだろう。

「でも、父さんと一緒にいられるだけで、私、幸せだよ」

「ヘッ、嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。アイツ(・・・)にも聞かせてやりたかったなぁ」

「アイツって?」

 ポロっと零した一言を、私はすかさず追及した。

「なっ、なんでもねぇ」

「意地悪。隠さなくてもいいのに。へるものじゃないんだし」

「何でもねぇったら、ねぇんだ」

「もったいぶらないで、教えてよ」

 焦った時の父さんは、すぐ表情に出てしまう。本当、表裏のない性格なんだから。

 運転している父さんに、私は狭いスペースをものともしないで腕に擦り寄る。

「おい、運転中だ。寄るんじゃねぇ」

「嫌だよ。教えてくれるまで、ずっとくっついちゃうんだから」

 注意散漫に陥ってしまうほど、父さんの腕に頬擦りして私は答えてくれるようねだった。父さんは迷惑がっているけど、私はこうしてるだけで答えてくれなくても嬉しくて満足しちゃう。体臭がどうのこうのより、機械のオイルの染み付いた匂いが私には心地よかったりする。

 刹那、車体を襲う奇妙な揺れ。

「うおっ!」

「キャッ!」

 異常を瞬時に感じ取った父さんは、急いで停止させる。

「どうしたの?」

「分からん。分からんが、一応調べてみる」

 いそいそと職人らしい目付きに様変わりして、父さんはホバークラフトを降りる。

 私たち親子が作ったホバークラフトは比較的車体の大きさを抑えて設計している。後部には埋もれたジャンク品を取り出すためのアームが備え付けられ、その操作パネルは運転席とは別個にある。

 それよりも前方には荷物をストックできるスペースがあり、何もなければそこを寝床代わりに使う。

 ほとんどをこのホバークラフトと一緒に生活しているため、あちこちガタがきている可能性もある。

 砂ばかりが周囲を取り囲んでいるような場所に停止し、父さんは車体の後方に回り込んで地面と一番近くに接している空気を包んで浮かせる部分を点検する。検査方法としては、患者を診る医者のような目視や打診が一般で、精密機器を駆使した検査などは大きな都市へ行かなくてはできない。そんな機材がない私達は、できるだけ注意深く目を皿のようにして見る以外、対処方法がない。

「父さん。分かった原因?」

「何か下に潜っちまったのか、それとも何かにぶつかったのか……」

 運転席から身を乗り出して後部を見渡したけど、まだ点検が終わらないようで声は聞こえても姿が見えない。

「ねぇ、早くしたほうがいいんじゃない。依頼人が怒っちゃうかもよ」

 大声を上げて先を急ぐよう父さんに声を掛けても、返事が返ってこない。

「もう、仕方ないんだから」

 私だって父さんの血が流れた一端の同業者。まだ一人前として認めてくれないけど、これでもホバークラフトを一緒に作った人間。私にだってできることがあるはず。

 そうと決まれば、行動あるのみ。

 颯爽と降りて、私は父さんのもとへ急ぐ。

 砂漠へは何度も来たことはあったけど、熱風の吹き付けるこの場所はどうも好きになれない。

「ねぇ、何か見つかった?」

 車体の下部に潜り込んで、何かをしている父さんの姿を見つける。

「おう。何か、鉄クズみたいなもンが引っ掛かってるみたいだ」

 車体の中心部近くまで潜り込んで、父さんは引っ掛かったあるモノを除去する。数分が経過して、やっと出てくるとホバークラフトの通行を邪魔したものを持ってくる。

「こんなモンが刺さってたから、揺れちまったらしい」

 機械汚れのこびり付いた手で見せてくれたのは、円筒形をした手の平サイズの筒だった。

「何、コレ?」

「光線刀の発生装置らしい。何でこんなモンがこんな場所にあるんだ」

 手にとって、私は嘗め回すように円筒形の物体を見回す。銀色の筒身、上部から中がのぞけるようになっていて、下部には小さな半球状の出っ張りがある。

「どう使うの?」

「そのケツの部分に触れれば刃が出る。最近、街で出回ってるものに似てるが、何か違うな」

 二人で光線刀を見ていると、どこからか呻きに近いか細い声が聞こえてくる。

(うっ……たっ、たすけ……)

「きっと、通りがかった誰かが落としたんだろう。まったく、ろくなことしねぇなぁ」

 ぶつぶつ文句を呟く父さんを尻目に、私は試しに作動させてみる。

 バチバチ ヴンッ!

「うわっ!」

 何の前触れもなく飛び出した群青の光の刃は、私が想像していたものよりもかなりショボかった。

「えっ、嘘。何だか、短くない?」

「ホントだな。出回ってるヤツは、もとよりも刃のほうが長いはずだ。不良品だな」

(なっ……なぁ……)

「まぁ、原因が分かったことだし、もう行こうよ。遅くなると、作業時間が削られちゃうし」

 飛び出した刃を戻す。

「そうだな。この暑さじゃ、ろくにできねぇしな」

(ちょっ……と……)

 喉の奥に刺さった魚の骨を取り除いたように、ホバークラフトの進行を邪魔していた元凶がなくなり仕事に戻れる。

「さて、捜索現場に向うか」

「ちょっと待ったあぁぁぁぁぁっ!」

 突然轟く絶叫に近い雄叫び。辺りには私達以外人はいなかったはず。私と父さんは、それぞれの席に戻り周囲を見渡すものの、誰も確認できない。

「やっぱり、気のせいかな」

 釈然としないまま父さんはエンジンをスタートさせ、ホバークラフトの下部に空気の層を作り出す。

「気づけっつうの!」

 半分怒気を含んだようなテナー調の男の子の声が、吹き付けてくる熱風に乗ってかすかに聞こえる。

「誰かいるのか?」

 父さんも聞こえたらしくて、再び外を見渡す。だけど、その発生源を特定はできない。

「やっぱり気のせいだよ。エンジン音しか聞こえない」

「そうだな、気のせいだな」

 意見が一致して、もうその声には耳を貸さないことにした。

「おい! こら! ちょっと待てぇぇ!」

 声の主は、苛立ちを露にして運転席のある父の方に向ってきた。

「俺を無視して行くつもりかよ。人でなし! 野蛮人! トウヘンボクっ!」

「何だい兄ちゃん。どこから来たか知らんが、気をつけるこった。砂漠は、弱きものなど跡形もなく飲み込んでしまう。ちゃんとした装備と準備をしないと、たちまち干乾びちまうぞ」

「へぇ〜そうなんですか。勉強になります」

 父さんの真面目な態度に触発され、突然現れた鮮やかな紺色の瞳を持った男の子は、バカ正直に納得している。

「って、おい!」

 でも、ツッ込みを入れる限りではそんな余裕はないらしい。

「何でい? 人がせっかく親切丁寧に教えてやったのによお、どうかしたのか?」

「教えに関しては文句なんてありません。ただ、俺が、言いたいのは……」

 その続きを言おうとしたのに、男の子は目を回したようにその場に倒れこんでしまった。

「おい、言いたいことって何だ?」

「父さん! そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。倒れちゃったんだよ、どうしよう」

 運転席から見下ろして、砂漠の熱せられた砂の上でのびてしまった男の様子を伺う父さん。

「助けてやるぞ」

「こんな所で行き倒れさせるわけにはいかないもんね。さすがは父さん」

「いや、コイツが言おうとしていたことが気になるんだ。死なれちまったら、目覚めが悪くてたまんねえからな」

「何か的が合ってるような、合ってないような……」

 私と違う解釈だけど、どっち道、男の子を助けるようだから一安心。


 突然現れて突然倒れた男の子を、まだ荷を積み込む前のスペースに寝かせ目的地に向う。目的地へはだいぶ距離があるのは計算していたので、その分の食料や飲料水などはあらかじめ持ってきている。

 近くの食料品店から買い揃えた材料で、この日のためにと私が作った料理ばかり。エヘッ、もちろん、父さんに食べてもらうため。また誉めてくれるかなぁ。

「トーラン、腹ごしらえするか」

「そうしよう、そうしよう」

 待ってましたとばかり、荷物置き場と繋がる通路を使って置いてある手作料理を取りにいく。

 逸る胸の鼓動を抑え、嬉しさで満ち溢れる顔を輝かせ父さんに食事をさせてあげる。走行中だから、そのままの体勢で食事ができることを考慮し、私は状況にぴったりの料理を作ってきた。

「特製のサンドウイッチに、プルフ草で包んだから揚げだよ」

「おう、なかなかいい匂いがするじゃねぇか。いただくか」

「さあ、どうぞ」

 二人でも食べ残してしまいそうな量を作ってきちゃって、どうしよう。父さん、結構食べるからいいよね。

「量が多くねぇか?」

 サンドウイッチを一つ渡した時に見えたみたいで、あまりの多さに目を丸くする。でも、食べてほしいな、全部。

「おっ、なかなか美味しいじゃねぇか。だがよ、俺とお前が食うには多すぎるから、あの兄ちゃんが起きたら食わしてやれ。多分、ありゃあ行き倒れだ。間違いねぇ。危ねぇ所を、俺たちは救ったらしい」

 結局、全部食べるには至れず、余ってしまった料理を行き倒れ寸前だった男の子にあげることにした。でも、どうして行き倒れるまであんな所にいたのかなぁ。

 あまり揺れることがないボバークラフトの荷物置き場で、横たわっている男の子を見つけ、私は飲料水の入った容器と食事を届けた。

 初対面の時は冴えない顔で怒り散らしていたけど、行き倒れ、命の危機まで陥った姿を見ると不憫でならない。

 どんな人物であっても、人一人の命を救えたことには変わりない。

「この人、とても辛い目に遭ったんだね」

 男の子の側に食事を置き、私は屈んで顔を眺める。若いって感じがするけど、私よりは年上みたい。

「うん、何の音?」

 聞き覚えのある音。それも、毎日聞くような懐かしくて、耳障りな音。

「どこから聞こえてくるの?」

 辺りを見渡しても、誰も寝てなんかいない。父さんなら、起きてるはずだし……まっ、まさか!

 視線を横たわる男の子に向けて、今度は注意深く耳を澄ませてみる。かすかだけど、確信の持てる規則正しいブレス。

「この人、寝てるの?」

 確認の意味でもう一度耳を澄ませると、間違いなく寝息をたてている。

「気絶したんじゃないの?」

 安心感が押し寄せたが、同時に間の抜けた脱力感も同時に私を包み込んだ。

 

 それから目を覚ました彼、名をセイムというみたい。起きたばかりなのにものすごくお腹が減ってるみたいで、余った食事を残さず数分の間に平らげてしまった。

「くは〜っ、いやぁ、久しぶりに食べると味なんかお構いなしに食えちゃうんだなぁ」

 容器に入った半分以上の量の飲料水を、まるで滝を流し込むように喉に流し込む。脱水症状を起こしかけているにしても、度が過ぎるほど一気に飲み干した。

「ちょっと、全部食べたっていうのに、マズイって言うの! 失礼しちゃう」

「あの料理、キミが作ったの? いやぁゴメン。そんな失礼なこと、作った本人に言うなんて知らなかったんだ。いつもなら、誰もいないところでぼやくんだけどね」

 この人、私にケンカ売ってるの!

 堂々と父さんのために作ったサンドウイッチを食べたうえ、平気で文句を言うなんて信じられない。

「あなた、全部食べたっていうのに、文句を付けるなんてヒドイんじゃないの。もう、行き倒れたって何も作ってあげないんだから」

「そう固いこと言わないでさ、ポジング・ボジング」

「何それ? どこかの方言か何か?」

「俺の大好きな言葉だよ。ボジング。ポジティブ・シンキングの略で、何事も前向きに考える。その姿勢が好きなんだ」

 ポジティブねぇ。砂漠で干乾びそうになることが、積極的(ポジティブ)なのかなぁ。

 何を考え、何を思っているのかさっぱり分からない。そんな、行き当たりばったりな性格でここへ来たのなら、バカが付くぐらいおめでたい人間に決まってる。

「それよりさ、アレ、見かけなかった?」

「何よアレって? それだけじゃ、分かんないって」

「ほら、アレだよ、アレ」

 セイムは必死にジェスチャーを使い探し物の形を表現する。しかしながら、言ってることが支離滅裂に近い人間の言うことを、真に受けてまで協力するのも気が滅入っちゃう。

「ん〜もう、通じないやつだな。アレだよ、円筒形の筒。お尻のとこに、半球状の出っ張りがあるやつ」

「もしかして、コレのこと?」

 どんどん話を聞いていくにつれ、さっき拾ったものに特徴が似ていた。

「おぉぉっ! どこで見つけたんだよ、それ」

「これが車体の下に潜り込んで止まっちゃったの。だから、あなたを拾ったわけ」

 案の定、走行を邪魔した異物が彼のものだった。まったく、迷惑なものを放っておくんだから。

「どこでこれ買ったの? 不良品つかまされるなんて、あなたらしくっていいんじゃない?」

 嫌みったらしく言ってやった私。こんな、見るからに怪しいものを売り付けられ、さぞ悔しいだろうに。

「失敬な、不良品かどうか保証できないけど、買ったんじゃない。自分で作ったんだよ。ガラクタを寄せ集めて、一からつくったんだよ」

 憤懣をみなぎらせ、彼は歯切れよく言う。

 バカにしているようにしか聞こえないと思うけど、この光線(レーザー)(ブレード)が手作りなんて信じられない。この彼からして、機械の部品からこんな武器を作り上げたことが不思議でならない。

「へっ、へぇ〜、自分で作ったんだ。そうか、そうだよね」

「何だよその顔。まさか、信用してないないな?」

 図星。でも、そんな考えを悟られないよう必死に堪える。でも、よくよく考えると、そんな必要性なんてないじゃん。

「そんな〜、信用してないなんてないよ。あなたみたいな、訂正、あなたらしい仕上がりになってるじゃない」

「そっ、そう? いやぁ、苦労したんだよ。そこら辺に転がった部品かき集めて、二・三日ぶっ通しで作った最高傑作なんだよ。やっぱ、

苦労した甲斐があるよなぁ」

 コイツ、どこまでノーテンキなの。普通なら、文句の一つや二つ出てもいいのに。

 数分しか会話をしてないのに、この男、セイムの性格が半分くらい分かった気がした。

「おい、もうすぐ目的地に到着するぞ。戻って来い」

 運転席からの父さの声に、一時忘れていた仕事内容を思い出し急いで特等席に戻る。

「なぁ、目的地って、何だよ?」

 体力が回復したのか、両足で歩行して私たちが座っている席まで聞きに訪れる。

「おう、元気になったみてぇだな」

「私たちの仕事現場」

 やっと目的地の外観を目視できるまで来ていた。

“見えざる遺跡”

 その名の通り、この遺跡は過去の世界を封じ込めたかのようにありありと昔の様子を物語っている。

 定説によると、この一帯に広がる砂漠地帯には昔、文明社会が存在していたらしい。復興が進んでいる今の都市よりも規模は小さいものの、確かに文明の香りを今に伝えている。見えざるというのは、一年の間この周辺は激しい磁気嵐が発生するポイントと重なるため、下手に近付いてしまうと全ての機器が影響を受け、たちまち使い物にならなくなってしまうのである。

 嵐だけあって、金属に吸い付けられるように、磁気を帯びた砂の粒子が人目に付かないようカモフラージュする。自然というコントロールの出来ない環境が覆い隠しているのだ。

 だから、こんな風に人間の前に姿を出すこと自体珍しいらしい。

「さて、取り掛かるとするか」

「了解!」

 セイムは物珍しそうに眺めているけど、構っている暇なんて持ち合わせてない。

 助手席を勢いよく降りたのと同時にホバークラフトはバックし、180度方向転換してまたバックする。

 その間に私は目測で周囲を見渡し、捜索ポイントを決定する。決定したと同時に、サイドミラー越に確認する父さんの腕でホバークラフトをポイントまで操縦する。そこでも、私は距離感がつかみにくい事を考慮して合図を送る。

 さすが親子の為せる技。これほど息のピッタリ合うコンビは、どこを探しても見つかりっこない。

 私の先導のもと、ホバークラフトは寸分の狂いなく指定場所に止まる。フッ、いつもながら素晴らしい腕前。自分でも惚れ惚れしちゃう。

 休む間もなく、父さんはクレーンの操縦パネルに向かう。私はクレーンがポイントに来るよう下で指示を出す。その様子をセイムは

ポカ〜ンとアホ面を下げて見ている。何を考えていることやら。私の腕前に惚れるなよ。

 重厚なクレーンのアームが砂を磨り潰して動き出し、周囲に心地いい機械音を奏でる。

「もうちょっと右、右、右……うん、その辺り!」

 傾ぎながらも見事に動いたアームの先端に取り付けられているワイヤーを引き出し、引き上げるジャンク品に取り付ける。

「いいよ、引き上げて!」

 ここからが勝負どころ。機械の部品といっても大小様々。それに、百年前というヴィンテージが付くとなると脆いものもある。商品を傷めるわけにはできず、慎重に慎重を重ねて作業をする必要が纏わりつく。

 固唾を飲んで部品がそのままの原型を保つことを祈りつつ、目を離さず引き上げる様を見守る。

 慎重にワイヤーを巻き上げ、クレーンは左回りにホバークラフトへ戻る。その間に荷物置き場の天井を開きそこに納める。

「ゆっくり、ゆっくりだよ……」

 父さんも私も思うことはただ一つ。無事に荷を積める事だけ。

 固唾を飲み込む父さん。その音が聞こえてきそうなほど、緊張感が張り詰めている。かなりの腕の父さんであっても、荷を積む瞬間ばかり動悸が激しくなる。

 ギッ ギィィィッ

 ワイヤーの軋む嫌な音が波紋する。どうか、無事でいて。

 ホバークラフトの上空まで到達する。あの大きさならすっぽり入るだろうか。

 金属の擦れる音が不安感を掻き立てる。あぁ〜っ、聞いてられないっ!

 アームが沈んでいく。その後、微妙に車体が砂に沈む。成功した!

「やったぁ、積み込み完了!」

 緊張感が解れ、嬉しさと喜びが体の隅々まで広がる。この感覚が父さんの手伝いをしてて一番の爽快感を与えてくれる。

「よぉ〜し! トーラン、この荷を慎重に梱包するぞ」

「了解!」

 操縦パネルから合図を送っている父さんに、とびっきりのスマイルを見せる。そして、すぐさま次の作業に入る。

 荷物置き場に置かれたジャンク品は、クレーンに繋がれ不安定な体勢をとっている。このまま積み込み走行してしまえば、大事な商品が傷ついてしまうほか、最悪の場合は破損してしまう可能性もある。その危険性を最小限に食い止める作業の中に、梱包というものが含まれる。

 慎重に上部に付けられたワイヤーを外し、その上から全体を覆うように特殊な繊維で編み込んだ黄色の布を被せる。この繊維は、主に炸裂した破片などから器材を守るために作られたもので、最近では部品などの精密機器の梱包にも使用されている。

 引き上げたジャンク品の形に添うように父さん一緒に包み、その上から運びやすくするためフック付の止め金を巻きつけ完成。これで後は持って帰れば、お金が手に入る。めでたし、めでたし。

「けっこうちょろかったな、今回の依頼」

「そうだね。いつもなら、もっと時間を掛けて捜索するのに」

 長年に渡りこういった仕事をしていると、自然と手応えというものが感覚として体に染み付き、職人魂を磨いている。そう、その感覚が充実感を与えてくれない。

「お〜い、ちょっと!」

 久しぶりに聞いたような気がする、とんちんかんなヤツの声。運転席の方から聞こえてくる。

「ちょっと行って見て来い」

 父さんの指示を仰ぎ、一段落のついたこの場から運転席に向かう。そんな時、どこからか砂を擦り合わせるような音が耳に届く。

「何、どうかしたの?」

 運転席の隣、私の特等席を横取りしたセイムは目を細め前方を指差している。何か見えるのか。

「さっきから、モゾモゾ動いたのがこっちに向かってるんだけど」

「モゾモゾ動くもの?」

 そんなもの聞いたことがない。だが、自分でも確認する必要があると思って、私は運転席から乗り出し双眼鏡を覗く。

 すると、遠方からごわごわと砂埃を巻き上げる一団がこちらへ向かって来る。

「あれ何!」

「ねっ、来てるでしょ?」

 呑気にもほどがあるくらい、セイムは紺色の瞳を欠伸の涙で潤している。

「何でそんな呑気に構えてんのよ! あ〜っ、もう!」

 構ってる時間さえないのに、このどっしりと構える態度。イライラしてくる。

 この事態を急いで伝えるべく、荷物置き場の父さんのもとへ駆け出す。あれは一体なんなんだろう。

「父さん! 何か分かんないけど、大群がこっちに向かって来てるよ」

「何でい、何かって?」

 この会話だけじゃ把握するはずもなく、確認のため運転席に向かう父さんの背中を追う。

「あっ、ありゃぁ……」

「どうしたの、何か知ってるの?」

 双眼鏡を覗いたまま、父さんは絶句した。一体、大群でこっちに向かって来るのはなんだろう。

「ありゃ、(サンド)(アル)(マジロ)だ」

「えっ、こんな場所にアルマジロがいるの?」

「ああ、噂に聞いちゃいたが、まさかあちらから現れるとは思わなかったぜ。砂鎧鼠。あいつらは昔、ここいらにいた人間達に作られたナノマシンさ。ここいら一帯に形状記憶合金の粒子をばら撒き、アルマジロになるようプログラムされた合金は、普通は砂と同化して分からんが、外部から敵が侵入してくると察知して姿を変え、襲い掛かる防衛兵器。人っ子一人いなくなったってのに、今の今まで仕込まれたプログラムに従うなんざ馬鹿げてるぜ」

 防衛兵器。彼らは、戦争があったことや守るべき人達がいなくなったことさえ知らず、今日私達を侵入者と見なし、過去にプログラムされたマニュアル従って行動している。

「ってことは、ここにいたら危険ってことじゃないか!」

 ここでの反応は人並みだったけど、ギャップの大きさは尋常じゃないって思った。

「ここにいたら奴らの餌食になっちまう! すぐに発進だ。トーラン、荷物置き場のトコ、チェックしてこい!」

「りょ、了解!」

 善は急げ。そんな言葉が当てはまるけど、そんな余裕ある訳もなく、急ぎ足で荷物置き場の様子を確認しに行く。父さんが最後の後始末をしていたおかげで、積み込んだ荷が崩れる心配はなさそう。出入り口のハッチを閉め、ロックする。

 行ったと同時に、父さんが運転するホバークラフトはエンジン音を上げゆっくり動き出す。足を取られながらも、確実に歩を鉄製の床に踏みしめ操縦席に戻る。

「どう、何とか撒けそう?」

 運転席の父さんの顔を覗き見ると、いつもの優しい表情は姿を隠し、男らしく険しい表情で覆われている。やっぱり、カッコいいなぁ〜。

「さて、俺達が作ったコイツ(ホバークラフト)が勝つか、アイツ(サンドアルマジロ)らが追いつくか……」

 父さんは、走らせるホバークラフトのサイドミラーでサンドアルマジロとの距離を目測する。こんな精悍な顔つきをしたら、他の女の子達が放っておくはずないだろうなぁ〜。

 ホバークラフトは、一目散に“見えざる遺跡“を離れ、サンドアルマジロの反対方向へ走り出す。

 アルマジロの数は砂漠の砂と同化してて確認できないし、相手のスピードに勝てるか心配になってくる。

「ねっ、大丈夫だよね? このホバークラフトって応戦する武器とかついてるよね?」

「あるわけないだろ! 大体、こっちは民間の小企業だぞ。そんなものに金掛けてられるか!」

 妙に説得力のある一言。こんな状況でよく言えるなと、半分尊敬の意を送りたくなる。

「じゃあ、あいつ等に攻めて来られたらどうするんだよ?!」

 セイムの一言に私と父さんは見詰め合ってしまう。キャッ、恥ずかしい! って、言ってられないって。

「どうしよう!」

「どうしよう!」

 ほぼ同時に声を荒げ、士気が下降してしまう。大変な事態になってしまった。

「よしっ、こうなったら俺の出番だな」

 何を思ったのか、のほほんと座っていたセイムが突然立ち上がり、通路を塞いでいる私に手で退くようジェスチャーする。

 何よいきなり。緊急事態だっていうのに、どこへ行くのよ。まっ、席が空いたわけだし、これで父さんの顔をじっと見てられるし、側にいられるし嬉しいかな。

 席を離れたセイムというと、案内さえしてないというのにどんどん進み、クレーンの操縦パネルのある後部まで行ってしまう。一体、

どうしようというのか。直にでもサンドアルマジロを見たいのか。

「やばいぞ! アイツら早い」

 父さんが発した危機感。私も思わずその様子を確認するため、窓から身を乗り出して見る。熱風を切って進むホバークラフトから見た光景は、一体のアルマジロの姿を確認できるまで距離を詰められている。

 砂と同化しているとあって、身を守っている皮膚は模様を取ってしまうと区別できなくなってしまう。前足と後ろ足には見た目可愛らしい爪が付いている。

 だが、その可愛さと裏腹に、強靭な手足からホバークラフトさえ凌ぐスピードを生み出している。まさに、防衛兵器の名に相応しい

働きをしている。

「まずいよ、追いつかれちゃう」

「くっそおぉぉぉ! このエンジンじゃ太刀打ちできないのか!」

 父さんが吠えた。こんな時の父さんは、周りが見えなくなってしまうほど集中している。隣に私がいることさえ分からなくなってしまう。でも、カッコいいよなぁ〜

 その時、突然ホバークラフトが揺れた。車体の後部付近に、とうとうサンドアルマジロが追いついたらしい。

「嘘っ! もう追いついちゃったの?!」

 もう一度後方を確認してみると、アルマジロの群れが固まって車体に体当たりしている。

「クソッ! 振り切れねぇ! トーラン、これを使ってアイツらを追い払うんだ!」

 懐から取り出したのは、第一印象から銃だと認識できる。それにしては、どこか歪な格好をしている。

「そいつは、高圧(スタン)電気(ライト)(ガン)って言うんだ。撃つと電気玉が発射して、命中すっと痺れちまう。護身用で使うんだが、非常事態だ。充電が切れるまでぶっ放してこい!」

 武器と励ましの声を私にくれた父さん。私だって機械技師の端くれ。機械を使いこなさなくては、一人前とは認められない。

 両手で受け取った私は、決心を固めて父さんと一瞬だけ目を合わせて頷く。そして、攻撃されている後部へ走る。

 使い方なんて教わらなくったって、受け継がれる父さんの血が私にも流れている。だから、何とかなる。いや、なんとかしてみせる!

 固い決意と、父さんや父さんと作ったホバークラフトを守るため、私は向かった。


「あれ? どうしてここにいるの?」

 車体の後部、クレーンのある操作パネルまで来てみると、さっきいなくなったセイムがいた。

「どうして来たんだよ、ここは危ないぞ」

 何となく性格が変わったような……明らかに、口ぶりはさっきとは変わっている。

「あっ、あなたこそ、ここにいたら危険じゃない」

「分かってるけどさ、恩返しをしたいと思ってね。助けてくれたお礼を、ね」

 ニコッと微笑みセイム。こんな状況でも、彼は何かを貫こうとする姿勢があるみたい。

「お礼? どんなことするの?」

「こうするのさっ!」

 ビシッ バリッ

 刹那、一頭、いや、一体のサンドアルマジロが軽々と砂地を蹴って乗り込んでくる。その瞬間を、彼はいつのまに手にした鉄製の道具を使い叩き落した。静電気が発生したかのような、短時間のスパークが私の目の前で起こった。当たったサンドアルマジロは、原型のまま風に揺られる木の葉のように、静かに群れの中へ消えていった。

 いっ、今のは、何?

「ふっ、危ない、危ない」

 セイムは、軽い屈伸運動をした後のような爽快感に満ちている。手にした円筒型から出ている群青色の光の束。それは、ホバークラフトの走行を邪魔し、持ち主セイムに返したレーザーブレード。このちんけな武器が、サンドアルマジロを撥ね退けたっていうの。

「まったく、いきなり仕掛けてくるなんて、ルール違反だっての」

「まっ、まさか、その武器でやっつけっちゃったの?」

「そうに決まってるだろ。素手で殴ったように見えるか?」

 私の聞いた愚問に、セイムは少し憤懣(ふんまん)気味に答える。

 だって、そんなちっこい(多分、手の平ぐらいの長さ)ブレードで飛び込んで来るアルマジロにヒットするなんて、信じられないんだもん。

「そういえば、人の手がスパークなんてしないよね」

「そうだろ、って言ってる場合じゃない! まだ追い返したわけじゃないんだ。ここは危険だ、キミはご自慢の特等席に戻ってろ」

「何よ、その棘のある言い方! 私だって、自分の身ぐらい守れよ」

「守るも何も、護身する武器がないじゃないか」

 と、また、一頭のアルマジロが捨て身に飛び込んでくる。そこを、私はさっき父さんから預かった銃で撃ち落す。と、まではいかなかった。

「あれ〜?」

 私の勘が正しければ、このまま引き(トリガー)を引けば電気の小さな球体が発射して命中するかしないか分かんないけど、確実に発射したはずなのに。

「ウソ〜っ、出ないはずないのに……」

 打ち落とすはずのサンドアルマジロは、空中で縮こまって体を丸くし急降下する。砂とはいえ、記憶合金で構成された防衛マシン。

直接体のどこかしらに当たればダメージを受ける。

 サンドアルマジロの軌跡を私はじっくりと見ていた。ぶつかるって思うのに、何故か体は危険を回避するはずの本能が働かず、じっと杭のように止まっている。心がそうしているのか。現実から逃避しようとする弱い心が。

「う、あうっ……」

 見上げ続けているのに突然視界が陰る。

 ビシッ バリッ

 また空気が、景色がスパークする。私の前に立ちはだかったのは、セイムだった。

「使えない武器なんて、ただのおもちゃだ。使いこなせないなら、こっちに来るな」

 彼の本旨として言いたいことを私は悟った。私を傷つけないように、優しく遠まわしに伝えたかったのは、

?足手纏いだ。女子供は下がってろ?

 そんな気配をさせないように言うつもりでも、私の心にははっきりとしっかり伝わった。

 やっぱり、自分の命を削って人は何かを守ろうとする。その言葉を照らし合わせれば、守ろうとしているのは、私や父さん、そして

このホバークラフト。そして、武器を手にして危機から守ろうとしているのは、セイムなんだ。そんな彼の足を引っ張るようなことを

私はしていた。加勢するのではなく、余計に事態を悪化させている私。

 どうしようもない私。

 何もできない私。

 他人に迷惑を掛けてばかりの私。

 そんな人間に誰かを守る資格なんて、無い。

「……」

 返す言葉さえ生み出すことができず、へたり込んでしまう私。私には機械の技術を取ってしまえば、何も無くなってしまう。そんな今の心境だった。

「どうした、お腹でも減ったのか? さっき食べたんじゃないっけ?」

 影を作っている男、セイムが冗談ともとれない下手な笑いを繕ってくる。でも、笑える状況じゃないよ……

「……明るくしようとしてるでしょ?」

「分かった? 何事も、ポジングってこと」

「根が明るいあなたなら、その言葉が通用するけどね……」

 複雑な思いが、胸の奥深くで竜巻のように渦巻いてるような気分。いろいろな感情がごちゃごちゃになって、目を回しそうなくらい

あれこれ襲い掛かってくる。

 へたり込んだままの私は、両手でも収まりきらないスタン・ライト・ガンを見下ろす。こんな機械銃が使えないなんて……と、思った瞬間、トリガーの上に細かいミミズのような文字が彫ってあって、更に上にはボタン程度の大きさのスイッチがある。

『使い方の分からん機械音痴な君へ。ここを押すと一発充電完了。あとは、好き勝手に撃ってくれい』

 ナニィィィィィィィィ!

 いっ、いくら使い方が分からないからって、本体に説明を彫りこむなんて、チョー人を見下してる。でも、父さんなら許せるよっ。

「セイム……私だって人の一人や二人、守れないはずないよ」

「どういう意味さ?」

 その間にアルマジロを二・三体跳ね除け、牽制をしているところで私はゆっくりと立つ。

 諦めモードに入っちゃいそうになったのに、父さんったら、意地悪なんだから。

「こんなの、誰でも使えるってこと!」

 弱気な私から一転、今にも誰かを殴りそうな勢いで銃身を握り締め、左手の人差し指で乱暴にスイッチを押し付ける。

 ヴンッ ピィン

 これが充電完了の合図らしい。

「さぁ、どこからでもいらっしゃい!」

 私の挑発にでも乗ったかのように、勢い良く今度は三体のアルマジロが空中を舞う。

「私と、父さんの愛の結晶を、誰にも傷つけることなんて許さないんだら!」

 ビュイィィィィン バシュッ

 銃口を蒼天高く向け、寸分狂いなく襲い掛かるアルマジロ達に放たれた電気球。周囲を眩い閃光が迸り、ミサイルが標的に命中したかのような光のドームが形成される。

「キャァァァァッ!」

「うあぁぁぁぁぁ!」


 所変わって運転席。一人、後ろを危惧し続けている父さん。

「トーラン、大丈夫か……やっぱ、心配だ」

 武器を持たせ、サンドアルマジロ達からホバークラフトを守るように任せたが、やっぱり気掛かりでならない。危険だと分かってなおきながら、女である前に一人娘のトーランを行かせるなど親として失格だ。もし、ケガでも負ってしまったのなら、なおさら追い詰められてしまう。あぁ、なんてことをさせたんだ。

 後悔の念で押し潰されそうな父さんは、操縦桿を握りため息を一つ。

「おわっ!」

 突然襲う違和感のある揺れ。砂が隆起した山をかすめたのと違う横揺れが、運転席、車体を覆う。

 不信感に駆られた父さんは、意識をしっかり保ち左右に目配せし異常がないかを確かめる。左右にないことを知ると、追い掛けているサンドアルマジロの姿を窺う。

「んっ? いないじゃねぇか」

 サイドミラーに映し出されていたのは、ホバークラフトの車体と後ろに伸びていく砂埃。不審者として追い掛けられていたはずなのに、どうして姿を消したのか。

「トーランが、上手いこと追い返したんだな」

 疑惑が確信に替わり、もう敵の追っ手がないことを悟ると走らせるホバークラフトを停止させる。

 また、静寂な砂の世界が広がった中に止まる一台の車体。追っ手を逃れ、やっと一息吐ける。

 車体の受けたダメージ程度を把握するため、

父さんは運転席を離れ、クレーンの操作パネルのある後部へ行ってみる。

「どうしたんだ、一体……」

 父さんが目にしたもの。それは、狭い空間に倒れた私達だった。


 どうして気絶なんかしてるんだろう。別に目を回したわけでもないのに、こんな広くもないスペースで意識を失ってるんだろう。

 流れているはずの景色がいつの間にか静止像になってるし、目を開けて最初に見たのは逆さになっている父さんの姿だった。

「……あっ、父さ、ん?」

「トーラン! お前……」

 どっ、どうして怒ってる目なの。それに、起こっている自体何か変。私、サンドアルマジロの魔の手からホバークラフト、うんん、父さんを守ったはずなのに、どうして不機嫌なの。

「どっ、どうしたの?」

「お前……まだ真っ昼間なんだぞ。その上、素性の知れないヤツと、こんな所で……」

 不機嫌さが増していく様子が、年輪を重ねた渋い表情に現れてくる。一体、何の理由で……

「えっ? 私は、ただ……」

「しらを切る気だなトーラン父親が側にいるってぇのに、情けない。ひっじょ〜に情けない!」

 なっ、何が情けないの。父さんにどんなヒドいことを私はしたっていうの?

 私を哀れみの目で見ている姿が、なんとも痛々しくてこっちまで悲しくなってしまう。

「ねぇ、どうしちゃったっていうの?」

「俺はな、人の個人的なことに関しちゃ文句は言わねぇ。ましてや、最愛の娘でもだ。だがな、真っ昼間からこんな開放感満点の場所でヤるのは許せん」

「えっ、何をヤるって?」

 父さんが何を言っているのかさっぱり分からないまま上半身をもたげると、自分の目を疑ってしまう状況であることにやっと気づく。

「うわぁ〜っ!」

 驚いた私。こんな姿を見れば、父さんだってきっと驚くはず。

 砂漠という生きるものにとって過酷な場所を、できるだけより良く過ごすためには身なりを整えることから始まる。私の今の服装は、

俗に言う?砂漠スタイル?というもので、主に通気性や直射日光から身を守るように作られ、全身白衣のような白色で統一してある。

その上、未熟ながら私のあまり色気を感じさせない脚を隠すように、纏っているスカートは大きなスリットが入っている。そうなると、

脚でも組んだら私の太ももが見えちゃう。

 もう一つの原因は、上半身を覆っている服装にあった。通気性、直射日光、蒸し暑さから開放されるためには薄着しかない。でも、隠すことを隠さなきゃ露出狂として扱われちゃうし、そこの調節が一番大変なんだよね。薄い生地の衣装を選んで長袖に仕上げてあるんだけど、アクセントなのが胸元。茶色の皮紐を解いちゃうと、これまた成長してない胸元が半分くらい見えちゃうから物凄く大変。

そんな?物凄く大変?な格好を今の私はしているから、父さんが目を丸くするのも無理はない。

 見事に靴の先から若さ溢れる御御(おみ)(あし)が露出して、どんな拍子でなったのか分からないほど胸元は露になっていた。

 最悪なことに、そんな考えに行き着いてしまう最大の原因は、あと数センチで私の脚に触れちゃいそうな距離にセイムが倒れてたから、とんでもないことになっちゃってる。

 胸元を片手で覆い、もう片方の手で露になった脚を慌てて隠し、後退りするようにずるずる下がる。

「こんな今日会ったばかりの男と、何もヤっちゃいないだろうな?」

「とっ、当然でしょ。サンドアルマジロに追っかけられてた状況で、そんなことできると思うの? 彼氏ができたら、とっくに父さんに教えてるよ」

 何か説得力のない言い訳をしてる私。事実、セイムとは何もない。神に、空に、何でもいいから、とにかく誓って何もない。

「そうだよな。父さん命のお前が、こんな若い男とあるわけないよな。それに、体中、すすだらけだしな」

 スス?

 はっとした私は、思わず衣服に付いたすすを見やった。

「あれ? どうしてすすなんかついてるの?」

「多分、原因はこれだな」

 見当がついてる様子の父さんは、何かを探すように床に目を配っている。そういえば、スタン・ライト・ガンが見当たらない。

 まだ気絶しているセイムをほったらかしにして、私は不自然に火照ったせいで呆然としてしまって何もする気が起きなかった。断じて、疚しい行為があったからではない。

「おっ、やっと見つかったぞ」

 父さんの声にハッとして向いてみると、かなり離れていた。探し物を手に戻ってきた父さんは、やっぱりと言いたげな顔をしている。

「はぁ、トーラン、お前は力加減というものを知らないのか?」

「銃を撃つのに、力加減なんているの?」

「コイツだけは例外だ。この銃は、充弾倉(バッテリーパック)に充電されている。それを弾として発射するには、トリガーを引く。ココが問題だ。一般の

火気は、引き金を引くごとに弾が発射されるが、この銃は引き金を引きっぱなしにすると、それだけ電気球がでかくなって、充電を使い切るまでそいつはでかくなり続けるんだ。ほら見ろ、充電ゲージが空っからだ」

 把握部分には充電残量を示すゲージがあって、そこには停止した機械のように発光して表示していない。ということは、私は、充電されている全ての電気を一つの弾に収束し、サンドアルマジロに放ったってことになる。でも、その瞬間が覚えてないんだよね〜。

「でも、そんなこと教えてくれなかったじゃない、意地悪ぅ。分かってたら、乱暴に扱ってなかったよ」

「そこは……俺の娘であるからして……加減ができると思ったんだよっ!」

 変に年甲斐もなく逆ギレを起こし地団駄を踏み鳴らす父さん。ちょっと、これだけはやって欲しくないよ……

「じゃあ、ものすごく大きくなった電気球のせいで、私とセイムは気絶しちゃったんだ」

 はぁ〜良かった。これで、セイムとの不純異性交遊が潔白だってことが証明されて。これで心置きなく、父さんを一途に好きでいられる。

 心底安心していた矢先、やっと気絶していたセイムが起きるなり、髪がしわくちゃになった頭を何度も振る。相当、電気ショックが

効いたらしい。

「あれ? ここは」

「俺のホバークラフトの上だ、兄ちゃん。調子はどうだ?」

 さっきまで不謹慎に扱っていたのに、コインをひっくり返すように具合を尋ねている。

「いやぁ、びっくりしましたよ。突然体が痺れちゃって、お陰でなんか体が軽くなりましたよ」

「おお、そうか。この銃が健康器具として使えるのか。すごい発見になるぞ」

 そんな治療方法がどこにあるんだって、二人にビンタを食らわせたいと思ったんだけど、私の寛大な心にある自制心は押し止める。

「そんなわけ、ないでしょ……」

 呆れて物も言えない状況に追い込まれる私。二人は、いい発見ができて喜んでいるけど、どこが嬉しいのか発端が分からない。

 気づけば、地平線の彼方に大きく存在感を示していた夕日が沈もうとしている。灼熱地獄だったこの地も次第に涼しくなり、体感温度もそこそこに動きやすくなってくる。

「もうじき陽が沈む。どこかいいポイントを見つけて、野宿するか」

 いち早く提案する父さん。長年の経験上、夜間の走行は危険と隣り合わせであることを知っている。その上、夜間は視界が利かないため、サンドアルマジロのような敵がいつ襲撃してくるか分からない。それらを考慮して、今日のところは野宿となる。

「私、野宿大好き!」

 こんな人気の無い砂漠で父さんと二人っきり。こんなベストな状況など二度とないよね。その上、私が父さんのために料理を作ってあげて、焚き火を囲ってお食事タイム。案外、砂漠って夜になると冷えるから、『寒くなったね』とか言っちゃって、くっついて食べさせてあげる。くぅ〜っ、なんてロマンチックなの。今日は、とことん甘えちゃおうかな。

 一人ムフフな私を差し置いて、邪魔者(セイム)は慌てた様子で父さんに縋り付く。

「こっ、これから野宿するんですよね、そうですよね。そうなると、食べるものは……どうなるんですか?」

 チッ、こいつがいたか……

「心配すんな。たらふく食っちまうだけの量は積んじゃいないが、兄ちゃんが困らない程度ならある」

「そうですか。いやぁ、すいません。飯まで食べさせてもらえるなんて、感謝の言葉が見当たりません」

「感謝なんてしなくてもいいさ。あの続きさえ聞かせてくれればよ」


「さっきからちょろちょろ付け回して、何か俺に用か?」

「へっ、知れたことよ。?孤立の闘士?と呼ばれるお前を倒せば、俺達の名声がぐんと上がるもんさ」

 黒い外套を纏ったグレイ色の瞳の青年を、三人の俗に言うチンピラが夜陰の行き止まりに追い詰めていた。人通りの少ない時間帯、出歩くほうも無警戒ではいられるはずはない。しかし、光と闇。昼と夜が表裏一体であるように、善があるところ悪も存在している。

「ほう、俺を倒す気なのか。それも、三人で。何とも、小心な奴らだ」

「いっ、いくらでもほざけ! 倒せばいいんだ。どんな手でもな」

 貶され向かっ腹が立つ状況だが、青年の放つ威圧的な雰囲気に気圧され、虚勢が本当に虚勢になる。

 三方を高い塀が取り囲むようにしてそびえ立ち、唯一の通路を三人の男達が塞いでいる。こんな優勢な位置を陣取っているはずが、男達の焦燥は計り知れない。

「どんな手を使うんだ。まさか、腰にぶら下げた玩具でも使う気か?」

 冷静に告げただけというのに、男達は慌てふためき一斉に腰に目をやる。

「玩具かどうか、お前に試させてやるぜ!」

 虚勢を振り切り、男達は腰に差している金属製の円筒形の筒を振るう。それぞれ利き腕に持ったと同時に、筒から青白い光の帯が突き出る。

「そんなもので俺が倒せると思うのか。たかが三人で」

「うるせえ! お前ごとき屁でもねぇ!」

 それぞれ武器を持った男達は、恐れを振り払うかのように飛び掛る。この時点で、黒い外套の青年はまだ武器を出していない。身構えもしなければ、身動き一つさえ起こさない。

 刹那、大気の変動が起こる。

「……終わったな」

 ため息のような一言をもらした時には、立ち位置は鏡に映るように変わり、状況も容姿も様変わりしていた。

 背丈ほどの大剣を軽々片手で持ったまま振り返ると、さっきまで追い詰めていたはずの男達が地面で伏せている。それも、寸分狂わず急所を射止めている。

 瞬時の出来事の間に、黒い外套の青年は一体何をしたのか。これでは、お互いに何が起こったのか分からない。ただ知るのは、青年あるのみ。

「また、無益な殺害を起こしてしまった……」

 研ぎ澄まされた大剣に映る自分の姿を見据え、青年は祈りそして剣を収めた。


 灼熱地獄だった昼間とは打って変わり、太陽の沈んだ砂漠はシンとして静まり体感温度は低下する。

 小高い砂丘の陰にホバークラフトを停車し、質素だけど楽しい嬉しい夕食を取る。

「いやぁ、旨いですね。とにかく味付けに凝って美味しい料理もいいですけど、火にあぶって味付けは塩だけのも、これはこれでおいしいですね」

 砂漠で拾ったのが運のツキだったみたい。どうしてこんな見も知らない男のために、私は下ごしらえして料理を作ってるんだろう。

 せっかく、父さんと二人っきりで夕食が食べられると思ったのに、この男を拾ったお陰でサンドアルマジロには追われるわ、武器の使い方を誤っていらない心配をかけるわで、もう本当さんざんな一日になった。

「分かるじゃねぇか兄ちゃん。やっぱ、料理は、しんぷるいずべすとに限る。訳の分からん味付けされる食材も、かわいそうなもんだからなぁ」

 父さんは一日の疲れを癒すため、持参してきた酒を一人飲んでいる。出した肉の串刺しを酒の肴にして、時々、セイムにも酒を勧めるけど断っている。

 結構気がきいてるじゃない。父さんならまだしも、他人様の面倒なんか見れないし見る気もない。

 かなりお酒が入ったらしく、父さんの顔は日焼けしたみたいに真っ赤に染まって、呂律も回らなくなっている。

「もう下ごしらえはいいから、お前もこっちに来て食べろ」

「は〜い」

 熾した(おこ)焚き火を台所、明かり、暖房として使う周りで、父さんと厚かましくも一緒に食べているセイムの所に行く。

「いやぁ〜拾ってもらって、その上昼飯も食べさせてもらったし、その上更に夕食も一緒にありつけるなんて、ありがたいことばかり続いて怖いくらいです」

「ヘッヘッ、そんな怖がらんでもいいさ。取って食うようなマネはしねぇよ」

 もう、今の父さんなら、何を言われても怒らない状況まで陥ってるみたい。あぁ、あま〜いひとときが水の泡に……

「さぁ、もっと食った食った。若いもんは、食欲旺盛でなきゃいけねぇ」

「えっ、父さんもういらないの?」

 完全に酔いがまわっている父さんは、最後の一杯を一気に呷りむくっと立ち上がる。

「なんか疲れちまったみてぇだ。一足早く眠らせれもらうぜ」

 お酒の入ったビンを片手に焚き火から離れ、一人ホバークラフトへ向かう。

「兄ちゃん、あの話の続きは今度聞かせてくれや」

「えっ、あっ、はっ、はい……」

 本人さえ分かっていないような曖昧な返事を返し、両手の串刺し肉を頬張る。

「ちょっと、人の分まで食べないでよね」

 ここぞとばかり、夕食のお肉をほったらかしにしセイムに一言残し、眠りにつこうとする父さんの後を追いかける。

 案の定、でろでろに酔った父さんの行動は危なっかしくて、側で手を貸さなければいけなかった。フフフッ、これはチャンス☆

「ほら、危ないじゃない。まったく、私が付いていないといけないんだから」

「すまんな……って、まだ、老いぼれてなんか、なぁ〜い!」

 私の肩に腕を回して肩を貸しながら、父さんはうわ言とオーバーに片腕を振り回す。

「そんなに暴れないでよ、倒れちゃうじゃない」

 寝床に使う荷物置き場に着き、父さんを床に寝かせる。寝心地は良くないけど、体に染み付いた感覚のおかげかせいか、冷たく固い床の上ならどこでも寝れちゃう。

「すまんな。まだメシ食ってないんだろ?」

「いいんだよ。私の大切な父さんのためなら、一日抜いたって平気だもん」

「まぁ、大概は挫折するがな」

 寝ながらヘラヘラしてる父さんに、毛布を掛けてあげる。くぅ、私って優しいっ! 絶対、後で添い寝しちゃおっと。

「ちゃんと掛けて寝るんだよ。風邪引いて倒れちゃだめだからね」

「それは、親が言うことだろうが」

「そうだね。おやすみ……」

 予備の毛布を枕代わりにした父さんは、あっという間に睡魔に襲われ豪快なイビキを始める。

 さてと、早く食べ終わって片付けて、父さんと一緒に……

 これから控える計画を実行するためには、動き出さなきゃいけない。まず、夕食を済ませないと。

 ホバークラフトから戻ってみると、焚き火の側にあった串は綺きれいに消え、一つの皿に重ねて置いてあった。

「あっ、ちゃんと残してくれたんだ。てっきり食べたって思った」

「言われた通り残しておいたのに、お礼もなし?」

「うんん、ごめん。ありがと」

 砂漠を撫でるひんやりとした風に寒さを感じ、焚き火の側に寄る。

「お父さん、寝たの?」

「うん。あっという間にね」

 私が食べてる横で、セイムはせっせと守ってくれた手作りのレーザーブレードを手入れしている。無機質な金属製(メタリック)素材の円筒形をしたそれを、所持してるボロ布で磨いている。

「それにしても、スゴイ数の星だな!」

「えっ、星?」

 ふとセイムが口にしたので、私も思わず空を見上げる。

 雲も何も遮蔽物のない暗闇から、淡い点滅を繰り返してる明るさの違う様々な色の星達。見上げてみると、その数の多さに圧倒され星達が落ちてきてもおかしくないと思う。

「そうだね。気づかなかったけど、こんなに多くの星が空一面にあるなんて、信じられないよね」

「こんなにはっきり見えたの、久しぶりだよ」

「そういえば、父さんが言ってたんだけど、私達が生まれる前って星がみえなかったんだって」

「ウソだろ? こんなに明るく見えるのに、前までみえなかったって!?」

 本当にセイムには信じられないようだった。

「それまで、機械文明が発達してたでしょ。そのために、空は有害なスモッグで覆われてて、何年もの間、星はおろか太陽光まで差し込まなかったんだけど、機械文明が滅びて何年か過ぎてようやくスモッグが消えて、こうやって空が見えるようになったんだって」

「へぇ〜、それまでは太陽なんて見れなかったのか。さぞかし寒いんだろうな。俺、寒いの苦手」

 苦い顔をして、セイムは武器を眺める。

「それよりすごいのが、どうやって有害なスモッグを消したのかってことなの。どうやったと思う?」

 私が質問してみると、セイムは信じられないほど悩みだした。あまり考えるということをしないみたいで、みるみるうちに眉間に皺が寄っていく。

「えっと、機械の文明は滅びたわけだから、人間は……どうやったんだ? あぁぁぁ! 分かんねぇ!」

 腕を組んだり顎を撫でたり、頭を掻きむしったり、頬をつねったり? しながら、自分に備わってる英知を振り絞ってセイムは考える。仕草を見てるだけでも面白いけど、これ以上苦しんだら頭の血管が破裂するんじゃないかと思って、仕方なく答えを教えてあげる。

「フッ、フッ、フッ、降参みたいね。まっ、あなたみないな人が、柔軟な思考能力があるとは思えないもんね」

「うぐっ、悔しいが、反論できない……」

 苦虫を噛み潰したように、悔しさを堪えている。

「じゃあ、教えてあげる。それはね、自然(ナチュ)の(ラル・)(パワー)が有害な物質を中和して、空気をキレイにしたんだって」

「ウソだろ〜、信じられるかって」

「ウソじゃないよ。父さんが言ってたんだから」

「何か、信用していいんだか自信が持てないけど、あの人が言うからにはそうなんだろう。いや、そうなんだ。そうに決まってる!」

 大袈裟なリアクションをしながら、セイムは一人変に納得している。私の父さんを信用してくれるのはいいけど、素直な反応には見えないんだよねぇ。

「それより、どうして砂漠の真ん中で倒れてたの?」

 その間に食事は終わり、空となった皿を足元に置く。

「どうしても知りたいの? あんまり言いたくないんだけどな……」

「どうして隠そうとするかなぁ。せっかく拾ってあげた上に、介抱までしてあげた命の恩人に隠し事をするの?」

「だってさ、聞いた途端に絶対白い目で見るに決まってるからさ、言いたくないんだ」

「そんなの、聞いてみないと分かんないじゃない。それに、反応は人それぞれだし」

「でもなぁ……」

 どこまでもセイムは言いたくないようだ。

「じゃあ、障りだけ教えてよ。教えたくないところは省いてもいいから、支障がない程度にね」

「……しょうがないなぁ」

 渋々了解したセイムは、愛用の武器を後ろに隠し切り出した。

「剣闘士シャープス・ダットンって聞いたことないか?」

「ええ、もちろん。コロセウムに現れた偉大な英雄でしょ?」

「そう、機械文明に支配された世界で、独り生身の人間として戦った英雄。その勇気、意志は虐げられていた人々の心に希望の光を灯し、機械たちから解放した勇敢な男。その彼が戦ったコロセウムを、俺は目指してるんだ。彼同様、生身の人間として」

 とてつもなく大きな夢と同時に、こんな男が出れるわけもないのにと、半ば呆れ果ててため息が漏れる。

「あのね、コロセウムを目指すとおっしゃいましたが、あの場所には選ばれた者しかいけないことをご存知? そこまで至るには、コロセウム運営委員会が定めた大会を勝ち抜かなきゃいけないんですけど」

「えっ、そうなの? ポジング精神でなんとかなるよ、きっと」

 世間知らずもいい加減なくらい、この男はあっけらかんとしている。

「そんなちゃっちい精神なんかで、通過できるような関門じゃないって」

「そんなこと、知ってるさ……」

 と、急に表情が険しくなる。何よ、何なの、この真剣さは。

「参加者の三百人に一人しか辿り着けない、難関だってことは百も承知してる。でも、俺は、英雄と呼ばれたシャープス・ダットンが戦った場所に、行ってみたいんだ」

 瞳に宿る強い意志。勇敢な戦士のような気迫漲る顔。それは、さっきまでメシのことばかり考え、ヘラヘラしていたセイムとは似ても似つかない。

「……」

 私はそんな男らしい表情に見惚れて、じっとセイムを見据えていた。私らしくない。こんな、私とたいして歳の違わない男に気があるなんて。

「んっ、俺の顔に何かついてる?」

「えっ! いっ、いやぁ、別に何とも……」

 あぁ、どうかしちゃったみたい。こんな、カッコイイ表情は父さん以外いないと思ってたのに。

「もしかして、白目でも剥いてた?」

「はぁ?」

「時々物凄く考え込んでると、知らない間に白目になっちゃうんだ。やっぱ、気持ち悪いよなぁ」

 やっぱり元のセイムに戻ると、胸のドキドキ感はあっという間に冷めちゃう。こんな男に憧れを抱くだけ無駄みたい。

「そういうことに、しといてあげるっ」

「えっ、何か言った?」

「な〜んでもない」

 やっぱり魅力を感じるのは、父さんのような年上の男しかいない。セイムに憧れが芽生えちゃったら、その時はかなりの病気ね。

「そういえば、あなたっていくつなの?」

「いくつに見える?」

「そうね、十七ぐらいじゃないの。私とあまり変わらないみたいだから」

「おぉ〜近いねぇ。残念でした、八十一で〜す」

 ぜんぜん近くないじゃない。何が八十一よ。父さんより年上のはずないじゃない。

「え〜っ! ウソでしょ! って、もっとましなことを言ってよ」

「ちぇっ、引っ掛からなかったか」

「引っ掛かる分けないでしょ、普通」

「つまんないの。俺の歳は逆だよ。十八」

 そうかと思ったけど、私より二つしか違わないのに、こんなに精神年齢が低いなんて先行きが思いやられる。

「そうですか。想像はつきましたけどね」

「何か、反応が冷たい」

「気のせいです。さっさと寝たらどうなの。夜が明けたらすぐに出発するからね」

「そんなに早く! もっとゆっくりしようよ」

「じゃあ、また地獄のような暑さを体験したいの?」

 この言葉が利いたのか、言葉を飲み込んだセイムは、黙ってホバークラフトの方向に歩いていく。

「あっと、あなたの寝床は運転席だからね。荷物置き場には近づかないこと。わかった?」

「りょ〜か〜い〜」

 力なく手を振ると、セイムは一つ大きなあくびをして運転席の方へと消えていった。

 さぁ〜て、後片付けと火の始末をしたら……うふふふっ☆

 妙な妄想の中、私が作詞作曲した鼻歌混じりに後片付けにはいる。もうこんな状態になったら、料理の一人前も百人前も一緒。どんなに苦痛と思うことも、お構いなしにこなせちゃう。だって、嬉しくてうずうずしてるんだもの。

 最後の工程として焚き火の火を消し、薄暗い中で一つ一つ指先で確認していく。うん、全て完了。後は……

「父さんと一緒に寝てるだけ……」

 この時だけは、それまで歯止めをしている自制心も全開。世間の視線なんて知ったこっちゃない。私の思うまま、為すがままにできちゃう。

 ホバークラフトの後部から荷物置き場に入り、簡単な照明灯しか照らし出すもののない場所で眠っている父さんを探す。

 足元まで光は届かず、せいぜい胸の下辺りまでしか視界に捉えられない。

 さぁ〜て、どっち側で寝ようかな。大きくて立派な背中にしようか、それとも父さんの寝顔を見ながらかな。う〜ん、どうしよう。

迷っちゃうなぁ。

「でも、お酒飲んじゃってるから、背中に寄り添って寝よう」

 起こさないよう細心の注意を払って、暗闇に慣れた瞳でやっと父さんに掛けた毛布が見つかる。

「お邪魔なセイムは運転席に追いやったし、やっと親子水入らずな時間が過ごせる」

 目の前にある嬉しさに耐え切れず、私はすぐさまに寝ている父さんの背中に擦り寄る。

「あぁ〜、あったかい背中☆」

 頬擦りをしようと顔を近づけると、奇妙な周期で聞こえてくる二つの寝息。確か、寝ているのは父さんだけのはずなのに、どうして……

 私は毛布に包まって寝ている人を確認する必要があって、恐る恐る毛布を払ってみる。

「うわっ!」

 虚をついて発してしまった口を覆い、これ以上声が聞こえないように後退りする。必死に今あった出来事を正当化しようと思っても、

中々そう簡単にはいかない。

 私が見たのは、特等席とばかりに運転席に追いやったはずのセイムだった。あろうことか、私の大事な父さんと添い寝してるし、二人で使うならまだ許せるけど、父さんに掛けたはずの毛布を独り占めしていたのだ。

 そんな状況を見た私の寛大な自制心では制御しきれず、蓄積した負の力はなおも増幅していく。

 セ・イ・ムゥゥゥゥゥ!

 一瞬意識が飛んでしまったかのように、私の意志をも凌駕した激怒の念に突き動かされ、セイムが羽織っている毛布を力ずくで引っ張る。

 が、しかし、ちゃっかりしてるセイムは、寝てもなお毛布を手放す気などなくしっかりと掴んでいる。となりに寝ている父さんが可愛そう。

「離しなさいよ、父さんが風邪引いちゃうでしょ」

 大声で怒鳴って奪い返したいとこだけど、熟睡してる父さんには迷惑なんてかけられない。でも、早く父さんに毛布を掛けてあげたい。

 強引に思い切って引っ張ってみると、案外簡単に取れたと思ったのに、反発して起こる力の暴走に逆らえず反対方向へ体が飛んでってしまった。

「いったっ……」

 毛布に全神経を傾けていたせいで、背中にかけての外側を強かに打ちつけてしまった。衝撃音は一瞬で、痛みをこらえる私以外誰に

も気づかれることはなかった。

 全身を毛布で包まれた私は、数秒間事態を飲み込めずじたばたした末にやっと這い出る。

 もう、何なの、私ばかり損して。

 やりきれない思いを噛み殺して、やっと寒さが身に沁みている父さんと、気が進まないけど、セイムのために毛布を掛けてあげることにした。

「もう……どこで寝ればいいって言うの」

 私のベストポジションをセイムに取られ、一番安心のできる場所を追いやられた私は、一体どうすればいいのか。

 とりあえず予備の毛布を手に持ち、薄暗い荷物置き場を当てもなく探す。絶対同じ場所に寝てたら、父さんにしか見ることを許せない寝顔をセイムにも見られる可能性がある。でも、父さんの側だけは離れたくない。

 結果、行き着いたのは、

「運転席で寝よう。朝日が出たら、一番に起きれるしね……」

 皮肉った一言を呟き、私はセイムを一生恨む覚悟を胸に妥協したのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ