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第5話

<降臨>


 今日は日差しが少し柔らかい。

 季節は、夏。

 ここは、人里離れた山奥のコテージ。


 ここは、いわば「高原」なので、乾いた空気だ。

湿度もそんなに高くはない。

 ここは、絶好の避暑地だ。なのに、ここ数日、お客さんは誰もいない。

 お客さん、と言えば、昨日「空の裂け目から落ちてきた」彼だけだ。


 足下をさわやかな風が吹く。今日は絶好の散歩日和だ。

直射日光の下ではじりじり肌が焼けて痛いが、木々の下なら大丈夫だ。

 そうこうしていると、彼らの目前に、カシの木が見えてくる。


「いろいろ悩み事があったら、散歩が一番! 

ここの大自然に触れて、気分をリフレッシュした方がいいわ!」


 綾乃が少し、小走りに、みんなを誘導していく。

先頭に綾乃、続けて「記憶喪失」の彼、遅れてスカッシュに

引っ張られる理沙、そして田吾郎兵衛と続く。

「ちょ、ちょっと! スカッシュ! そんなに引っ張らないでよ!」


 犬と言えば、散歩。犬は毎日かならず散歩をさせてあげなくてはいけない。

スカッシュは毎日ちゃんと散歩に連れていかれていた。

だが今日は、まるで数日間家にこもっていたかのように、

力強く、元気に走っていた。


 たずなを持つ理沙は、必死であった。

「もー、スカッシュったら! あんまり太陽の下走ると、肌が黒く

焼けちゃうんじゃない! 私だって女の子なんだから、自分の肌、

気にしてんだから!」


 だが、スカッシュは理沙の言葉など気にしていなかった。

元気に走るスカッシュに引っ張られて、

理沙はどんどん別の方向へと走らされている。


 これではまるでスカッシュが、理沙を「彼」から引き離そうとしているみたいだ。

スカッシュに振り回されている理沙を見つめて、彼はふと、足を止めた。

 自分のほおに風を感じる。

 自分の真上から降り注ぐ夏の日差しが、どこかまぶしい。

 彼は、歩くのを止めて、何か考え事をはじめた。


「何か、思い出した?」


気がつくと、綾乃は彼の視線に入っていた。

手には小さくもキレイな花々。綾乃はそっと彼に差し出した。


「...いや、特に、何も...。」


 彼はそうつぶやいて、綾乃から受け取った花々をじっと見つめた。


「その花、何の花だか知ってる?」


 綾乃の無邪気な問いかけに、彼はふと目線を上げた。

見ると、ちょうど花越しに、綾野の目が見える。


 見下ろすように綾乃を見る、彼。

 見上げるように彼を見る、綾乃。

 目と目が合う二人。


 思わず、綾乃ははずかしくなり、視線を足元へはずした。

本当だったら、その花の花言葉を言うつもりであったが、

もはやそんな状態ではない。


 顔が赤くなる。

 頭が熱くなる。

 これって、まさか、恋?

 運命の恋のはじまりっ?


 そう、一人で盛り上がる綾乃の気持ちとは裏腹に、

彼女に気持ちはかすかに粉砕された。


 意を決して、再度彼の目を見つめようと視線を上げた時、

彼は何事もなかったように、手に持つ花と、

無表情にただただみつめていた。


 彼の視線が自分ではなく、花に注がれている事に、

綾乃は少し不満に思った。

 だが、気にはしなかった。

 時間はまだ、ある。

 彼に出会ってから、まだ二十四時間も過ぎてはいなかったからだ。


「...そうよね。何もあわてて思い出す必要はないわ。

時間をかけて、ゆっくりと。それでいいんじゃない?」


 彼に出会って、まだ二十四時間過ぎてはいなかった。

なのに、綾乃は変だった。自分の心の奥で、動く何かを、そっと感じていた。

綾乃は何を思ったのか、突然、突拍子もない事を口にした。


「...実はね、私とお姉ちゃん、本当の姉妹じゃないんだよ。」


 突然の告白に、手に持つ花を見つける男の表情が少し曇った。


「...な、何を急に! 何でそんな事、突然話しだすのよ!」


 理沙は綾乃の突然の告白を阻止しようと叫んだが、

スカッシュの力強い動きに引っ張られてそれを止める事ができなかった。

スカッシュがまるで理沙の事を邪魔しているようで、不満に残った。


 綾乃が力強く反論した。


「...だって、そうじゃない。...おじさんに育てられて、とても感謝してる....。

この山奥の、自然に囲まれた、コテージのお仕事も、とても楽しいし。」


 だが、綾乃の告白している内容と、それを口にしている綾乃の表情が

アンバランスであった。綾乃は、まわりの雄大な自然のように、

さわやかな表情を浮かべていた。


 突然の告白に、動きを止め、表情に困っている男に対して、

綾乃は振り返り、愛くるしい笑顔を浮かべ、続けた。


「...私と、お姉ちゃんは、本当の生みの親を知らない。...あなたと同じね。」


 おかしい。間違っている。

 そんなにさわやかに、うれしそうに語る内容の話ではない。

 理沙は不愉快であった。

 重大な、自分たちのプライベートの情報を、

いくらなんでも簡単に話すべき内容ではない。

たとえ彼を、記憶喪失の彼を、慰めるためだったとして、

そう簡単に話すべきではなかった。


 なぜなら、彼は「何者」で「何しに来た」のか、まだ誰も知らないのだから。

 ましてや理沙は、自分も彼の事が気になっていたのに、

綾乃に先を越され、よりいっそう不愉快になっていた。

理沙は、自分を綾乃や彼たちから遠く離れた場所へと導いたスカッシュ

にも不満であった。だが、理沙以上に無愛想な表情を浮かべる人物が、一人いた。


 田吾郎兵衛である。


 田吾郎兵衛はつねに距離を取り、みんなからは離れていた。

だが、田吾郎兵衛は、まるでわざと距離を取っていたのかのように思えた。

自分の表情を理沙や綾乃に、悟られないかのように。

綾乃の告白を田吾郎兵衛はどう思っているのだろう?


 理沙はとても気になった。だが、スカッシュに引っ張られ、

あまりに距離があるため、それを確認する事ができなかった。

田吾郎兵衛は、まるで観念したかのように、遠く空を見上げ、

そしてつぶやいた。


「...とうとう、この日が来てしまったか...。」


 遠い空から、視線を元に戻した田吾郎兵衛の表情は、

今までにないほどの厳しい物に変わっていた。

だが、理沙は、あまりにも遠く離れていたため、田吾郎兵衛のつぶやきも、

彼の表情の変化も、確認する事はできなかった。


 理沙と綾乃の住む、山奥のコテージの裏山。

数分ほどゆるやかな坂道を歩いた先に、小高い丘がある。

きれいな草原がひろがる、そこには、ランドマークとしての役割も持つ

カシの木が立っている。


 樹齢はどのくらい経つのだろう?


 理沙も綾乃も、その点は特に気にもしなかった。

高さ二十メートルもあるだろうカシの木の、ちょうど真ん中ぐらいが

黒くなっている。まるで雷に撃たれたかのように、黒ずんでいる。


 だが、生命の生きようとする力は、無限だ。

どんな事があっても、しっかりと生き延びようとする。

黒く焼けたところから、天高く伸びようとする幹は二手にわかれ、

それぞれが空高く目指している。

 まるで、途中で運命がわかれ、それぞれが二つの道を歩んでいるかのように。


 空から落ちてきた男を導く綾乃は、ふと突然走り出し、

カシの木を通り過ぎた。草原の中腹まで走り抜けた綾乃は、

ふいに男の方に振り向いた。


「ここが、私たちが昔通っていた学校!

...といっても、小さな分校で、とってもこじんまりしてたんだけど。」


 突然昔話を始めた綾乃に、男は少し戸惑う。

なぜなら、綾乃が指差す場所には、分校など何もない。

建物の土台もなければ、ただただ悠然と草原が広がるだけである。


 その戸惑いをかき消すかのように、綾乃は続けた。


「私たちの住む家からも近くて、便利で、とっても大好きな分校だったんだけど、

とりこわされちゃった。ここら辺に住む人たちも、いなくなっちゃったし。

昔は、ここら辺に、いっぱい、友達もいたんだけどなあ。」


 カシの木の下で一休みする田吾郎兵衛は、綾乃の言葉を注意深く聞くも、

自分の目にはいる、すぐそばの「黒く焼けた部分」に視線が行ってしまう。


 スカッシュに強引に引っ張られて、別方向に行きかけている理沙も参戦した。

「...懐かしいわね、この草原。分校の跡地。そして、大きな、このカシの木。

いろいろいっぱい、思い出がつまってるなあ。」


 そういって理沙はカシの木の方へ目を送る。

すると田吾郎兵衛のけげんそうな表情が目に入る。

距離は結構離れていたが、理沙の目には田吾郎兵衛の表情が

しっかりと確認できた。


「......思い出...。」


 理沙の耳に、男のつぶやきが風に乗って聞こえてきた。

見ると男は、まだ体調が優れないのか、そう口を開いた後、

ふらふらっと身をよろけた。


「あぶない!」


 理沙はすぐさまにも駆け出して、

よろけて倒れそうな彼を助けにいきたかった。

だが、理沙の腕には力強く引っ張られた結果、スカッシュのたずなが絡まって、

思うように動けなかった。これではまるで、スカッシュが意図的に理沙を、

綾乃や彼たちから離しておきたかったようだ。


 よろける彼は、彼よりも二倍小さい綾乃が支えに入った。

当然、自分の二倍近くある大きな男を、綾乃は身をくずしながらもフォローした。


 理沙はちょっとくやしかった。

 重い石のように動かないスカッシュをズルズルと引きずって、

ようやく理沙は彼らの近くへと歩み寄った。


「無理しない方が、いいんじゃない?」


 理沙はのぞき込むように、二人を見下ろした。

綾乃の両腕と身体の一部が、彼の肌に触れている。

理沙は正直、うれしくはなかった。


「あんまり彼をひきずり回しちゃかわいそうだ。ちょっとここで休んだ方がいい。」


 いつのまにか田吾郎兵衛がそばまで近づいていた。

たしかさっきまでカシの木の下にいたはずなのに、

いつのまに駆けつけたのだろう。

そっと見上げた理沙の目に、どこか遠くを見ているような、

冷たい田吾郎兵衛の表情が少し引っかかった。


「ごめんなさい。大丈夫?」


 肌と肌がふれあう二人。

 綾乃は小さな自分の身体全身で大きな彼の身体を支える。

 理沙はそこに自分も割って入りたかったが、もちろんできるわけはなかった。


 カシの木の下まで歩いた二人は、そして木陰に腰を下ろした。

高原とはいえ、夏の日差しはやさしくはない。


「ごめんなさい。気がつかないで。まだ、あなたの身体の調子、

良くはなってないのよね。変な事言って、

歩かせちゃって、ごめんなさいね。」


 二人を囲むように見守る田吾郎兵衛と理沙。

あいかわらずスカッシュは、重しのように理沙の動きに制限をかけている。

理沙は腕に絡まったたずなをほどこうとするが、

まるでパズルのように複雑だ。


 いつしか、それを外す事もあきらめ、木陰にたたずむ彼のその姿に、

視線が奪われていった。


「ごめんなさい、本当に。でも、私がここへあなたを連れてきた理由は、

ここを見せたかったの。この分校跡地。」


 そういって、綾乃は自分たちの目の前に広がる草原を指差した。

 何もない草原。本当に、ここに分校があったとは思えない程、

なにもない草原。


 綾乃は続けた。


「記憶喪失のあなたと、この取り壊された分校跡地は同じ。

あなたの『失われた時間』を無理して掘り起こす事はないわ。

大切なのは、『今』と、そして『これから』よ。」


 ないんだ。

 根本的に、ここには「分校跡地」などない。

 ここには「分校そのもの」はなかったんだ。


 田吾郎兵衛は、そう心で一人つぶやいた。

真実を彼らに伝えたかったが、それはできない。

何があっても、大司教の計画通り遂行しなければならない。

 田吾郎兵衛は、静かに、心の言葉を飲み込んだ。


 しばし続いた静寂を理沙が切り開いた。


「ねえ、ほら、この草原! 二人でよく遊んだわね。

二人でよくかけっこしたわね。」


 相変わらずスカッシュがしっかりと座り込み、重しのように動かない。

今度は綾乃が気を使って、理沙の方まで歩み出てくれた。


「本当ね。そう! そうよね! 懐かしいなあ。

この分校の校庭、運動会の時、徒競走でよく走ったわね。

ゴールは、あそこ! 私、いつも一番だったんだから!」


 そう言って理沙に近づいた綾乃は、元気に草原を走り出した。

一気に駆け抜ける綾乃の走る姿を、やさしい目で見ていた理沙の表情が、

突然曇りだした。


「あれ? そうだっけ? 運動会は隣町にある本校でやらなかったっけ?」


 理沙の問いかけに、草原と戯れていた綾乃が振り返った。


「学年が違うからじゃない?」

「...そうかなあ。」

「そうよ!」


 悩む事なく断言する綾乃。二人の記憶が異なる事に不満そうな理沙は、

しばし手を口にして考えていたが、記憶違いだと信じ、

明るい表情を浮かべて話題を変えた。


「...あっ、そうそう! 雨の日だったわね! 

たしか台風が来た時、綾乃と私は一緒に傘をさして、

ぬれながら帰ったわね!......あそこにあった校舎の玄関で待ち合わせして...。」


 理沙の気を使った問いかけを、綾乃は見事ぶっきらぼうに粉砕した。


「ちがうわよ、お姉ちゃん!」

「...えっ?」

「分校の校舎があったのは、こっち! そっちには体育館があったじゃない。」


 人の記憶とは、こんなに異なる物なのか? 

それが、年齢も重ねたお年寄りならいざ知らず、綾乃も理沙もまだ十代。

小学校時代の記憶とはいえ、こんなに異なる事に、

理沙は不可思議な気持ちに包まれた。


「...体育館? 体育館は...あっちだったでしょう...?」


 強気で発言していた綾乃は、この時初めて弱気な面を見せた。

綾乃も自分の記憶が正しいと信じていたが、

姉の理沙とは驚く程に記憶が異なる。


 こんな事なんてあるのだろうか?

 綾乃も、理沙と同じように、少し不安になった。


「...えっ? そうだった、っけ...?」

「...うん、...そうだった、はずよ...。」


 理沙は、自分の言葉に不安になった。不安そうな綾乃の表情を見ると、

ますます不安になる。

 たいした事ない事なのか?

 気にしなくても、良い事なのか?

 不安にさいなまれた綾乃と理沙は、思わず田吾郎兵衛の方を見る。

田吾郎兵衛は、二人からかなり離れていて表情が読み取れない。

だが、田吾郎兵衛は、彼女たちと全く異なる事を考えていた。


「...もうすぐだ。もうすぐで、大司教の計画が実行される...。」


 そう小さくつぶやいた田吾郎兵衛は、

近くに座る「空から落ちてきた男」をじっと見つめていた。


 さあ、立て! 立ち上がれ!

 早く立ち上がって、お前の行うべき使命を全うしろ!

 そのためにお前はここに来たのだろう?

 そのためにお前は時空を超えたのだろう?

 この俺と同じように。

 この俺と同じように、大司教からの命を受けて。


 だが、男は動かなかった。まるで石のように座り込み、頭を抱えていた。

田吾郎兵衛は、少しずついらだちを憶えていた。

そろそろのはずだ。このタイミングのはずだ。

俺の記憶に間違いない。大司教の計画からいけば、間違いない。


 だが、男は動かなかった。


 ただただ男は、そこに座り、頭を抱え、

ぼうぜんと地平を眺めているだけであった。


 おかしい。

 何かがおかしい。


 男がまったく動くそぶりを見せないので、

田吾郎兵衛は理沙と綾乃たちの様子が気になった。

あいかわらず二人は、昔の思い出話を、記憶違いの思い出話を繰り広げていた。


 おかしい。

 何かがおかしい。

 ここにたたずむ「空から落ちてきた男」の様子がおかしい。


 そう言えば「記憶喪失らしい。」と綾乃は言っていた。

田吾郎兵衛は、それを信じていなかった。

それは計画を実行するための「作戦」だと、田吾郎兵衛は思っていた。


 だが、それは間違いであった。

 それは、田吾郎兵衛の思い込みだったと、今気がついた。


「...まさか、記憶喪失は、本当の事? ...じゃあ、それでは計画が....。」


 その時である。

 合図が出た。

 だがその合図は、大司教の計画とは、異なる合図であった。


 一瞬、強く風が吹いた。


 足下を、まるですばしっこい野ネズミのようなスピードで、

強い風が吹き向けた。

 次の瞬間、轟音が響いたかと思うと、空高く天空の一点が強烈に輝いた。

次の瞬間、空に裂け目が走り、そこから閃光と轟音とともに、

「人」が落ちてきた。


「...敵か?」


 田吾郎兵衛は天空に出現した「人」を見て、身体が固まった。

体内の血管の血液が逆流するようであった。

身体中の毛穴から、空気が漏れていくのがわかる。

 呼吸も乱れ、胸が強烈に痛む。


「...なぜだ! なぜなんだ! 予定と、計画と違うじゃないか!」


 田吾郎兵衛は驚きを隠せなかった。そして田吾郎兵衛が、

驚いたもうひとつの理由。


 それはー。


「...俺も、...俺も、あんな風に落ちてきたのか...。」



 田吾郎兵衛は初めて見た。人間が時空を超えて跳躍してくる姿を。

 自分自身も昔、同じようにして「ここ」にやってきた。

だが「超時空間跳躍」を、客観的に見たのは、今回が初めてであった。


 驚きを憶えたのは田吾郎兵衛だけではなかった。

理沙も、同様に凍り付き、目の前で展開される出来事に驚愕していた。


 綾乃は衝撃の瞬間、地面に身を伏せていた。

身体を丸め、頭を押さえて伏せていた。

ゆっくりと顔を上げて目を開いた綾乃は、最初何が起きたのか、

よくわからなかった。


 綾乃の目に入ったもの。それは空を見て驚く理沙と、

田吾郎兵衛の姿であった。

 先ほどから草原に座って休んでいる男の表情が、

少し変わった事に綾乃は気がついていた。

だが、男も、田吾郎兵衛も、ここから遠くてよくわからない。


 綾乃は、近くにいる、自分の姉、理沙に声をかける事にした。


「...何? どうしたの?」


 中空を見て愕然とする理沙の姿が、綾乃の目に映り込む。


「...また、また、人が、落ちてきた...? 何で?」


 理沙のそのセリフに驚き、綾乃はみんなが視線を送る方向を目を向ける。


 人だ。

 人が、空の裂け目から、ゆっくりと落ちてくる。

 まるで天使のようだ。

 綾乃は「天使」を見た事はない。

 だが、「天使の降臨」とは、こんな感じの事ではないのか、

と言う気がした。


「...ひ、人?」


 ゆっくりと、空から駆け下りる人。

 黒く、黒光りする「人」は、以前落ちてきた「彼」とは異なり、

はっきりと自分の意志を持って、中空から「降下」してきた。


 先ほどから、じっと出来事を注視していたスカッシュが突然吠えだした。

それは、新たに落ちてきた人に警戒して吠え立てるのではなく、

まわりのみんなに、綾乃に、理沙に、警告を訴えるかのような吠え方であった。

スカッシュは、みんなに何かを伝えたいかのように。


 静かに、足下の草原に着地した人。

 それはまるで「黒騎士」のような格好をしていた。浅黒い肌、黒光りする甲冑。

 まさに、その姿は「黒騎士」であった。


「黒騎士」は、自分のいる場所、時間、状況を確認するかのように、

あたりを見回した。その視線は、まるで狙撃手がターゲットをロックする

かのようなスピードで、綾乃や、理沙の姿をすばやく捕捉した。


「リサ・F・マコロフ・ヴェーテル様は、まだ、無事か! 

良かった、間に合ったか!」


 驚きに包まれた一同を尻目に、空から滑空してきた黒騎士は、

他をサーチするかのような速度で他の対象物も、その目でスキャンした。


 綾乃、理沙、スカッシュ、田吾郎兵衛。

 そこまでスキャンして、黒騎士の表情が変わった。


「...何?」


 彼が見た者。

 黒騎士がスキャンして、衝撃を憶えた者。

 それは「彼」である。


 田吾郎兵衛の近く、カシの木の近くで、草原に腰を下ろし、

こちらを見ている白い男。今出現した「黒騎士」と区別するならば、

以前空から落ちてきた彼は身体全体が白い。

彼は対照的に、まさに「白騎士」と言えよう。


 黒騎士は、それを確認するなり、大声を上げた。

声を張り上げて、叫んだ。


「...なぜだ? なぜその男といる? なぜ、お前たちは逃げないんだ?」


 黒騎士は、綾乃や、理沙に向かって叫んでいた。

彼女たちは、それが自分たちに対して

発せられている事を望んではいなかった。

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