表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/12

第4話

<サクリファイス>


 熱い。

 身体中が熱い。


 気がついてみると、身体だけじゃない。

 手も、足の指の先も熱い。

 そこだけではない。


 目も、頭も、そして脳みその中までも

 熱くてたまらない。


 息苦しく、そして身体全身に覆いかぶさるような圧力と、

天地を揺るがす振動が終わっ

たかと思ったら、目の前に閃光が走った。


 それ以前はすでに熱くて息苦しかったので、

目など開けてはいなかった。

だが、まぶたを閉じていても、強力な光が閉じたまぶたの下の

眼球に突き刺さった。


 次の瞬間、放り出されたように宙を舞った。

『飛行機で例えれば、「エアポケット」に入って落下した』

ような感じだろう。

 そう思うと、全身が下に叩き付けられた。

身体が、地面に落下していた。


 冷たい。

 突き刺さるように、身体中が冷たい。


 気がつくと、身体全身に大量の水がかかっていた。

シャワーのような水量の水が、身体に降り注いでいる。


 ようやく目をあける事ができた。

 ここは、どこだ? 俺は成功したのか?


 目を開けると、天を分厚く覆った雲が大量の雨を降らしていた。

 たぶん、これを「嵐」と呼ぶのだろう。


 雲で覆われた空から、大量の雨と風が降り注ぎ、

自分の身体にあたっている。あたりはとても薄暗い。

光がほとんどない。


 たぶん、これを「夜」と呼ぶのだろう。

 自分の鼻に、焦げ臭いにおいが入り込んでくる。

だが、同時に湿っぽい焦げ臭さだ。


 見ると、自分のすぐ近くに立つ木の一部が裂かれて、

焼けている。パチパチと音をたててくすぶっている。

自分が「落ちてきた」場所の、すぐ隣だ。自分が倒れている草原にも、

わずかな火でくすぶっている木から、火の粉が舞っている。


 とてもキレイだ。


 だが、そんな事をゆっくり眺めている時間はない。

俺は身体全身の痛みに耐え、ゆっくりと起き上がった。


-----------------------------


 冷たい雨が、焼け付けるように熱い俺の身体を冷やす。

話には聞いていたが「超時空間跳躍」は半端な物ではなかった。

指の先、髪の毛一本一本の先までが、焼けるように痛む。


 こんな思いをするのであれば、二度とこんな悲惨な

「超時空間跳躍」などしたいとは思わない。


 だが、その点、俺は安心していた。「超時空間跳躍」など二度としない。

 いや、二度とできないのだ。

 もう一度したいと思っても、それは無理な願いだった。


 強い雨が地面に激しく叩き付けられる。水しぶきが草原にあたって、

まるで踊っているようであった。大司教の計画書通りにいけば、

この木の近くに目的の建物はあるはずだ。


 この木……。

 なんて教えられたっけ?

 何の木だったっけ?


 超時空間跳躍の衝撃で頭が痛い。脳みそも焼けごげそうだった。

俺は頭痛に悩む、自身の脳を癒しながらも記憶を巡らした。


 この木……。

 そうだ、カシの木だ。


 超時空間跳躍の衝撃で、カシの木の一部が裂けている。

このカシの木から数十メートルいった所に、目指す建物がある。


 時は何時頃なのだろうか?

 闇夜の嵐で、そもそも時間などわからない。

 おそらく夜中だろうか?


 だが、それが深夜であろうと、早朝であろうと、

俺は計画を実行しなければならない。

大司教の命を受け、何が何でも遂行しなければならない。

 それが、俺に、エルグ・ノールに課せられた使命なのだ。


 闇夜に浮かぶ、ひとつの建物。

 草原の一角にポツンと立つ建物。

 けっこう大きな建物だ。

 たたきつける雨水で建物の輪郭が浮かび上がる。


 建物に「表札」が見える。俺は最初、

その角張った記号が良くわからなかった。

だが、その「文字」をしばらく見て、自分が勉強して覚えた、

ここの世界の言語である事を思い出した。


「吉田田吾郎兵衛」


 そこには、そう書かれていた。

 俺の目に、玄関の左側にある「窓」が飛び込んできた。


 今は深夜だ。

 おそらく夜中だと思う。

 なのに、玄関の左側にある窓の、ぽうっと、明かりがついていた。


 誰かいるのか?

 この建物の主「吉田田吾郎兵衛」がいるのだろうか?

 ならば、ちょうど良い。

 細かい手間をはぶける。


 俺は正面きって、行動に出る事にした。


 激しくドアをたたく。ドアを激しく、数十回たたいたところで、

玄関の明かりがつき、ドアがゆっくりと開いた。


 ドアが開いた、その先に見たもの。

 それは俺を見て、凍り付く「吉田田吾郎兵衛」であった。


 それも、そうだろう。

 彼が見た者。

 田吾郎兵隊衛が見た「俺」は彼にそっくりであったからだ。

俺も、少し驚いた。まさかここまで似ているとは思わなかった。

まるで鏡で自分を見ているかのようであった。


 だが、驚いていられない。

 いつまでも驚いていられない。

 俺はすぐさま、田吾郎兵衛の頭をつかみ、逆方向へと回転させた。

鈍い音をたてて、田吾郎兵衛が床に倒れていった。


俺はすかさず、中に入り確認した。


 大司教の指示によれば、この日、この時間、

ここには「彼」しかいないはずだ。

だが、万が一、誰かがいては計画が変更になる。

最悪の場合、全ての計画が無効化する。

 俺は床に倒れる屍を乗り越え、中に入った。


「おーい!」

 俺は玄関から暗い建物内に、大きな声を響

かせた。


「誰か、いませんかー?」

 数分待ってみる。だが、物音ひとつ、しない。

やはり大司教の計画書通り、この建物には、彼以外誰もいなかったのだ。


 今日から、俺が田吾郎兵衛だ。

 今日の、この瞬間から、 俺は田吾郎兵衛となった。

 本来の俺自身である「エルグ・ノール」に戻る事はできない。

「エルグ・ノール」に戻ろうと思っても、それは無理な願いであった。


 大司教の計画を遂行するため、時空間を超えこの場所にやってきた。

田吾郎兵衛になるため、「エルグ・ノール」の外見や容姿も捨てた。

そして今、完全にこの俺は、本来の自分「エルグ・ノール」をも

ここで捨てる事となった。


 もう「エルグ・ノール」には戻れない。

 二度と「エルグ・ノール」としての自分に戻れない。

 ここで「田吾郎兵衛」として生きていくしかない。

 ここで「田吾郎兵衛」として人生を全うするしかない。


 そもそも「元の世界」に戻ろうにも、それは無理な話であった。

 なぜなら、ここには「超時空間跳躍装置」などないのだから。


-----------------------------


 あたりを見回す。

 玄関の左側、明かりがついていた、窓の部屋だ。

足音もたてず、ゆっくりと入っていく。

 そこは応接室のようだ。なぜこんな真夜中に明かりがついていたか、

わかった。田吾郎兵衛が深夜、何をしていたかわかった。


 田吾郎兵衛は、ちょうど今、応接室の中央の壁に

「大きなのっぽの時計」を立て掛けようとしていたのだ。

届いたばかりだったのであろう。

たくさんの梱包紙や巨大なケース、作業用工具があたりに置かれている。


 その「大きなのっぽの時計」は買ったばかりの新品で、

応接室にカチカチと元気に大きな音を響かせていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ