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第1話

<落ちて来た男>


 最初、二人は何がなんだかわからなかった。

花々が咲きみだれる、急な丘陵の坂道を数十メートル走った時であった。

急激な閃光と強烈な衝撃波が一体となって、二人に降り注いだ。

地面に打ち付けられた二人が見た物は「空が裂け」、

そこから「強烈な光」が降り注ぎ、

その光の中から「人」が落ちて来る光景であった。


 空から落ちてきた人は「落ちる」と言うより、

雪のように、羽根のようにゆっくりと降ってきた。

それはまるで「天使」のように。


「天使」だったら、まだ良かったのかもしれない。

「空から落ちてきた人」には羽根は生えてなかった。


 滞空時間はどのくらいであったのだろう。数秒? または数分?

 もはや時間など問題ではなかった。人が、空から降ってきたのである。


 ゆっくりと落ちてきた証拠に、それが着地した際に、

わずか程度の音しか聞こえてこなかった。

落ちたのであれば、もっと激しい音がしたであろう。


 どのくらい経ったのであろうか? 

あまりの出来事に、腰が抜けて動けない理沙。

 あわててあたりを見回すと、妹の綾乃も少し離れた場所で、

落ちてきた人を、ものすごい大きさで見開いた目で、見つめていた。


 予想もしない衝撃の展開に、二人は驚いていた。

何よりもその驚きを、よりいっそう大きな物にした理由が、ひとつあった。


 落ちてきた「人」は「男」であった。


-----------------------------


<邂逅>


 普段おとなしいスカッシュが騒がしい。

特に吠える事なく、従順で人懐っこい犬のスカッシュが吠えている。

それも仕方ない事なのかもしれない。

「空から落ちてきた男」は、理沙と綾乃の住む家に運び込まれた。

理沙と綾乃の住む「家」。

それは人里離れた山奥の、小さな、少しおしゃれなコテージ。


 二人はここで生活していた。もちろん、ちゃんと学校にも通っていた。

学校までの通学路は、片道一時間半。いくら元気で若い二人とはいえ、

起伏の激しい山道を毎日歩くのは、結構つらい事あった。

だが、今は夏休み。足腰が痛くなる「山道の通学路」を歩かなくて済む。

しかし「空から落ちてきた男」の出現は、二人の日常を見事に破壊した。


 先ほどからスカッシュが鳴き止まない。

警告を上げるかのように、ずっと吠え続けている。

 これが家々が隣接した都会であったら、大変だ。

「犬がうるさい」との苦情が炸裂した事だろう。

だが、ここなら大丈夫だ。

なぜなら、ここは人里離れた山奥のコテージなのだから。


-----------------------------


「よしよし。」

 このコテージの主人、田吾郎兵衛が吠え立てる

スカッシュをなだめている。スカッシュが吠え立てる理由は、

ただひとつ。「空から落ちてきた男」が原因であろう。


 スカッシュは「空から落ちてきた男」に警戒しているのだ。

普段からこのコテージで、たくさんのお客さんに接しているスカッシュは、

見ず知らずの人に吠え立てる事などしない。

 たとえ、どんなに不愉快で失礼な「お客様」であっても、

スカッシュは常に大人しく振る舞っている。

 なのに、今回に限って、「空から落ちてきた男」に限って、

ずっと吠え続けている。スカッシュがまるで、

「そこにいる男は普通の男ではないよ。」と警告しているかのようだ。

スカッシュは、玄関近くの応接室に寝ている男が「空から落ちてきた」

事実を知るわけもない。

 だが、どっちにしても、ソファに横たわる男は、「普通の男」ではない。

 なぜなら、「空から落ちてきた」わけだから。


「どうしたんだ、スカッシュ。」

 そう言いながら、田吾郎兵衛はスカッシュをなだめ、

そして応接室の様子をそれとなく注視している。

田吾郎兵衛の手はスカッシュの背中をなでていたが、

その視線はぶれる事なく、応接室に注がれている。

スカッシュは、そんな田吾郎兵衛の様子を把握しているのだろうか。


 突然、応接室とは反対方向の厨房から、

理沙が騒がしく玄関へと駆け込んできた。

「おじさん、おじさん!」

 突然の物音に田吾郎兵衛は、少し背を正し、驚きの表情を上げる。

「ああっ、びっくりした。 どうしたんだ、あわてて。」

 そんな田吾郎兵衛の表情に構う事なく、理沙は続けてまくし立てた。

「救急箱! 救急箱、どこだっけ? さがしても見つからないのよ!」

 田吾郎兵衛は一息ついて、理沙に答えた。

「救急箱はおととい、応接室に置いておいたじゃないか。」

「えっ? そうだっけ?」

「よく見て、よく思い出して。先々週に泊まりにきた親子連れの男の子が、

裏のカシの木から落ちてケガして、手当したじゃないか。」

「......。あっ、そうだったっけ。」

 理沙は、やさしく答える田吾郎兵衛の目を見る事なく、

速攻で応接室に吸い込まれていった。


 大きなのっぽの古時計が、カチカチと響く応接室。

そこの中央に置かれたソファに、「男」は眠っていた。

「空から落ちてきた男」は息を殺したかのように、

長めのソファで眠りについていた。

 あわてて応接室に駆け込む理沙。


「救急箱、ねえ、救急箱はどこ?」

 気がつくと、すでに綾乃が救急箱を見つけていたようだ。

消毒液や脱脂綿を使って「男」の傷を手当していた。

「うっそーっ! あったならあった、って言ってよねー。

家の中走り回って、探してたのよ!」

 ちょうど、男の右腕を消毒していた綾乃は、

理沙の怒った顔をチラリとも見る事なく、答えた。

「見つけた、って言ったわよ。なのにお姉ちゃん、

私の話を聞きもしないで、応接室を飛び出して。」


 男の右腕は、無数の擦り傷や、やけどで傷だらけであった。

筋肉も、結構ついている。

 そう。それは、まるで「戦士」の右腕のようであった。

 綾乃と同じ部分を見ていた理沙は、無性に腹が立ち、

不愉快になってきた。


「ちょ、ちょっと、綾乃ったら! 私にも手当させなさいよ!」

「だめよ、お姉ちゃん。お姉ちゃんは雑だの。」

「な、な、なに言ってるのよ? 失礼な!」

 顔を真っ赤にする理沙をよそに、綾乃はていねいな指使いで

「男」の右腕を消毒していく。


 彼は、どこから来たのだろう?

 なぜ、こんなに身体中が傷だらけなのか?

 彼が落ちてきた「空の裂け目」の向こうには、

いったいなにがあるのだろうか?


 綾乃は一人「想像」にふけていた。

だが、そんな綾乃の「想像」を、理沙が現実に引き戻した。

「ちょっと! ねえ! 私にも消毒させなさいよ!」

 それはわけのわからない要求であった。

綾乃は仁王立ちする理沙の顔を見る事なく、口を開いた。

「包帯、取ってくれる?」

「えっ?」

 理沙は、ふいに口を開いた綾乃のセリフに腰がくだけた。


 彼の身体を消毒する作業を、

 私にゆずってくれない、綾乃。

 人の話を聞いていない、マイペースの綾乃。

 本当にこれが、妹なのだろうか?

 妹にしては、ずいぶん失礼な態度であった。


 だが、理沙はそんな事を考えるのを止め、

さっきから探していた救急箱から、包帯を取り出した。

「これで、よし。終わったわ。」

 満足そうな綾乃は、すっと席を立ち、さわやかな笑顔で理沙を見つめた。


 なんて不愉快な子!

 これが本当に私の妹?


 そう思いながらも理沙は、

綾乃が空けてくれた「彼」の隣の席にそそくさと腰を下ろした。


 最近ではあまり見た事のない「肉食系の男」。

 学校でも、あまり見かけない「肉食系の男」。

 その清閑な顔立ちと、束ねられた長い髪が、

まさに「異邦人」そのものであった。


 それもそのはず、彼は「異邦人」であった。

なぜなら、彼は「空から落ちてきた」のだから。

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