第10話
エルグ・ノールは驚いていた。
白髪が増えた髪は、もはや本当に黒い部分が消えてなくなっていた。
身体がよろめき、思わず腰がくだけそうになった。
「...テネブラグレンスカヤが、私の故郷、我々の故郷、
テネブラグレンスカヤが敵に、敵に滅ぼされただと? なぜだ?」
驚きと怒りに震えるエルグ・ノールの問いかけに、
黒騎士レフ・オラフは再度深く膝まつき、上目遣いで冷静に答えを続けた。
「ふいの出来事でした。我らが故郷テネブラグレンスカヤの
防衛体制は完全なる物でした。ですが、よもや敵が直接奇襲による
本土攻撃をかけてくるとは、誰も予想をしていませんでした。
結界を割られたテネブラグレンスカヤは、なだれ込む敵の総戦力により、
もろくも壊滅してしまいました...。」
黒騎士レフ・オラフは冷静であった。
どちらかと言うと、哀愁をこめて暗く静かる過去形の口調であった。
だが、エルグ・ノールは違った。
エルグ・ノールにとっては過去形ではなかった。
彼は、突然感情が爆発したかと思うと、意識を失うかのように、
感情の起伏が激しく乱れていた。
「大司教は? ミレンコフ大司教はどうしたのだ?
ミレンコフ大司教であるなら、敵に襲われる前に、
脱出できるはずだが?」
エルグ・ノールの、救いを求めるような問いかけに、
黒騎士レフ・オラフは静かに首を振った。
エルグ・ノールは、混乱の極みを迎えていた。
何があろうと、何が起きようと、計画遂行のため、冷静に、
正確に行動して来たエルグ・ノールであったが、
この時ばかりはそうは行かなかった。
「...そんな...そんな、バカな!
....それでは、私は、俺はいったい、これまで、何のために、
してきたのか...? 俺がしてきた事は、...無駄だったのか?
俺は、いったい、何をしてきたんだ...?」
自問自答に陥るエルグ・ノールに、黒騎士レフ・オラフは
休みを与える事なく、たたみかけるように口を開いた。
「我々の計画は、失敗です! エルグ・ノール様!
我々のマザーである指導者、リサ・F・マコロフ・ヴェーテル様を
復活・再生させる計画は、失敗してしまいました!」
「何を!」
黒騎士レフ・オラフの報告に、エルグ・ノールは怒りをぶつけた。
それは、怒りをぶつける相手が違う事を、エルグ・ノール自身は、
もはや理解できていなかった。
黒騎士レフ・オラフは、怒りを自分にぶつけてくるエルグ・
ノールの態度に気をとめず、報告を続けるため、口を開いた。
「我々の計画は、敵にみやぶられてしまいました!
彼は、私より先にこの世界に超時空間跳躍してきた、
あの白騎士は、敵のデストロイヤーです! あの白騎士は、我々の計画で言う
妹の綾乃を殺しに来たのではありません! あいつの目的は、
あのデストロイヤーの目的は、理沙様その物の抹殺です!」
「何?!」
エルグ・ノールの今度の言葉は、黒騎士レフ・オラフに怒りを
ぶつけるものではなかった。
エルグ・ノールは、事の顛末に驚きを隠せなかった。
だがその直後、発生した事態に、エルグ・ノールは
それ以上に驚く事となった。
それは、彼が住む、田吾郎兵衛が住んでいる、
我が家であるコテージから、強力な閃光と爆発音が響き、
理沙と綾乃がいる応接室付近から火柱が上がったからである。
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<発動>
綾乃は驚いた。
それもそのはずである。
自分の目の前にいた、美形の「白騎士」が、ロン毛で面長の、
ちょっと自分好みの「白騎士」が、今まで眠っていたソファから、
いつのまにか立ち上がったかと思うと、予想もしない状態になった。
切れ長の目をつり上げて、悪鬼のよのうな形相を浮かべ、
口元に笑みを浮かべたかと思うと、突然、顔がまっぷたつに、
頭が左右に割れてしまった。
なんでそんな事になっているのか、考えているヒマもない。
白騎士の頭の中から、「大砲」の顔が現れたのだ。
腰を抜かして、倒れ込む綾乃。
次の瞬間に白騎士の頭から現れた「大砲」から、
強力な閃光が走り、あたりに轟音が轟いた。
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理沙は驚いた。
それもそのはずである。
今まで眠っていた白騎士が、わけのわからない事を言って
突然起き上がった。そうこうしているうちに、白騎士の身体から、
二本の腕が飛び出して、合計四本腕になった。
これって、何かの仏像であったっけ?
そう思う間もなく、白騎士の顔が左右にふたつに割れて、
そこから出現した「大砲」の先端から、強力な閃光が走り、
こちらに向けて発射された。
強力な閃光が、二人を包む。
自分も綾乃も、もうこれでおしまい?
そんなバカな! と思ったが、この世の終わりは来なかった。
理沙は再び驚いた。
よく見ると、黒い影が自分の目の前に立ちはだかっていた。
その黒い影は、自分だけではなく、隣にいる綾乃の事もカバーしていた。
この黒い影は、何?
そう思って、爆音と衝撃と、眩しい光の中、目を凝らしてよく見ると
理沙は先ほど以上に驚いた。
スカッシュだ。
スカッシュである。
理沙と綾乃を身を呈して守ってくれている、この黒い影の正体は、
スカッシュであった。
しかも!
普通の「犬」なら、化物と化した白騎士の大砲の直撃を受けて、普通で
いられるはずがない。普通の「犬」なら、黒こげになっているはずだ、
きっと。
しかし、スカッシュは違った。
「大砲」の直撃を受け、スカッシュの身体は、さすがに黒こげになっていた。
だが!
黒こげになったスカッシュは、無事であった。
手入れをしてあげて、とてもキレイであった体毛は、見事に焼けこげて、
その跡形もなかった。
だが、黒こげになった体毛の下から覗かせているスカッシュの身体は、
普通ではなかった。
金属?
銅製?
「素肌」を露出したスカッシュの身体は、とてつもなく、強く、
固い物質でできていた。
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スカッシュは驚いていた。
自分の身体の異変の事ではない。
自分の目の前にいた「白騎士」の頭部が「大砲」になった事でもない。
自分が身を呈して、理沙と、そして綾乃を守る事は当然の事と
思っている。
スカッシュが驚いた理由。
それは、大きなのっぽの古時計も焼けこげて、部屋全体が出火している
応接室の窓を突き破って、黒騎士が飛び込んできたからだ。
その瞬間を見たスカッシュは、なにがなんだかわからず、
さすがに驚いてしまった。
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黒騎士レフ・オラフは驚いていた。
それは、理沙と綾乃がいるコテージの応接室が燃えていたからでは
ない。閃光と爆発を確認するや、黒騎士レフ・オラフは猛スピードでダッシュした。
身体が揺れる。
地面が揺れる。
息が苦しい。
彼は、この世界に到達してまだ十数時間しかたっていない。
まだ、ここの世界の状況になれてはいない。
だが、そんな事を言っている場合ではなかった。
彼は「騎士」としての任務を遂行しなければならなかった。
自分が住んでいたテネブラグレンスカヤが消滅してしまったとしても、
自分の所属した「物」への名誉をかけて、戦うしかなかった。
ジャンプ一発、宙に舞った黒騎士レフ・オラフは身体を回転させて、
燃えさかる応接室の窓をつきやぶって、中へ飛び込んだ。
身が軽い!
この世界は、自分がいた「非A世界」より、少し動きやすいようだ。
身をかがめて回転した黒騎士レフ・オラフは、黒こげになっている
大きなのっぽの古時計のすぐ横に着地すると、状況を確認した。
黒騎士レフ・オラフは驚いていた。
犬のスカッシュが、攻撃体系の「戦闘犬」になっていたからではない。
黒騎士レフ・オラフが驚いた理由は、自分の戦う相手「白騎士」の
姿が一変していたからだ。
白騎士の頭部は左右にまっぷたつに割れて、「頭」があった
ところには「大砲」が露出している。身体から、左右にもう二本の
腕が飛び出していて、手足含めると全部で六本になっていた。
「白騎士」は、動物のように四つん這いになり、
頭部の大砲の発射準備を、再度整えていた。
「...これは! 俺が見た事のない、新しいタイプ?」
黒騎士レフ・オラフは、驚きながらも背中に背負っていた
二本の剣を取り出し、満身の力をこめて「人間大砲」に変形した
「白騎士」に振り落とした。
だが、効かない。
自身の剣が割れて折れる事はなかったが、
閃光を走らせて拮抗するしかなかった。
「何をやってるんだ? 早く逃げろ!」
黒騎士レフ・オラフの視界のぎりぎりに、応接室の片隅で、
戦闘の様子を見ている理沙と綾乃の姿が目に入った。
黒騎士レフ・オラフは、人間大砲と化した白騎士の動きを止めるので
精一杯であった。
「ワン!」
ほぼ同じタイミングでスカッシュが吠えた。
黒騎士と同じようにスカッシュは、理沙と綾乃に早く応接室を出るよう
促したようだ。理沙と綾乃は、別に戦いを観戦していたわけではない。
あまりの出来事に、腰が抜けて、固まっただけなのだ。
黒騎士レフ・オラフとスカッシュ双方から、同時に命令されたようで、
理沙は不愉快であった。
何よ?
私が悪いわけ?
そう思って、「人間大砲」の白騎士を観察してみる。
もはや彼は「人間」の呈をなしていない。
六本足のよつんばい体型で黒騎士レフ・オラフに体当たりしている。
何よ、これ?
これが、敵?
これが、私を殺しに来た、いわば「敵」?
じょうだんじゃないわ。
そう思ってにらんでいると、綾乃が理沙の手を握って引っ張った。
「お姉ちゃん、早く!」
綾乃に手を引かれ「敵」を睨みつけるように応接室を出る理沙。
黒こげになって朽ち果てた応接室のドアまで来たとき、理沙は思わず叫んだ。
「二人とも! そいつを、その化物を早く片付けてちょうだい!」
その言葉に、黒騎士レフ・オラフとスカッシュは、同時に答えた。
「...まかせてください! 俺は、そのために、ここに来た!」
「ワン!」
黒騎士とスカッシュの息はピッタリ合っていた。ひょっとしたら、
この二人は「絶妙のコンビ」なのかも知れない。
あっ、「二人」じゃない。
「一人と一匹」だった。




