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第9話

<運命>


 スカッシュは少し気が落ち着いてきた。

自分の主人である田吾郎兵衛の様子がおかしい。

ひょっとしたら、良からぬ何かが起きるかもしれない。

 そう思うと、今すぐにでもここを飛び出して、

田吾郎兵衛の後を追いたかった。


 だが、自分にはそれができない。

 自分の使命を、守らなくては行けない。


 そう自分に言い聞かせたスカッシュは、応接室の片隅に座り込んだ。

応接室の中では、ソファに白騎士が静かに眠りに落ちていた。

 その横で、理沙と綾乃は、何やらヒソヒソ話をしている。

二人の声は、小声であったため、良くは聞こえない。


 スカッシュは犬である。


 元から人間の離す言葉など理解できるはずもない。

しかし、もしスカッシュが理沙と綾乃の話す内容を理解できたとしたら、

スカッシュはきっと、自分の耳を疑った事であろう。


 綾乃は、自分の手に持つ布袋から、ひとつの小物を取り出した。


「...なんだろう、これ?」


 布袋から出てきた物ー。


 それは、すっぽり手に入るくらいの小さな石板であった。


「...石板...?」


 それを四つの眼でのぞき込む二人。石板の表面に書かれている文字を

見た時、二人ともその目を細めた。


「...えっ?」

「...何これ?」


 それは、見た事もない文字であった。


 二人が、これまで見た事のない文字が、手のひらサイズの小さな石板に

びっしりと彫り込まれている。


 どこの国の言葉か、わからない文字。


 二人はその文字が、世界中の、どこの国、地域でも使われていない物で

ある事を直感した。なぜそれが「どこの国の文字ではない」と、

断言できるのか二人は説明できなかった。

 だが、自分たちが今、見ている文字は、とても「この世」の物とは

思えなかった。


「...何かしら、これ? ...文字? 記号?」


 綾乃が手に持つ石板に、理沙は目を丸くしてのぞき込んだ。

綾乃は、困惑した様子で、手に持つ石板を指でいじりはじめた。


 綾乃の頭の中で、何かがひらめいた。


「...私、私、これ読める!」


 だが、それがなぜ可能なのか、なぜ見た事のない文字が読めるのか、

綾乃には、どうしようにも説明はできなかった。


 理沙は、綾乃の言葉に飛び上がった。

 よく「飛び上がる」と言葉で表現される時がある。

実際は本当に「飛び上がる」わけではなく、表現として例えられる事がある。

 だが、理沙は違った。本当に飛び上がったのだ。


「えっ? 何? 綾乃、本当?」


 手に持つ小さな石板を、小さな指でいじりながら、

綾乃はずっと文字を見つめていた。


「説明はできないけど、何かこれ、読めそうな気がするのよ。」


 その横で、じーっと理沙がのぞき込む。

綾乃は、しばらくの間、「文字の行間」を指で触りながら、

そして口を開いた。


「...何か...何か、詩のような事が、書いてあるわ...。」


 綾乃の口が、ゆっくりと開く。


「暗殺された、我らの指導者、ここに眠る。

我ら、指導者の人格遺伝子を抽出す。

指導者を復活させるため、異空の壁を超えよ。

敵に気付かれぬよう、そこで彼女を、復活させよ...。」


 綾乃が、その次の文字を読もうとした時、その横で理沙が割って入った。


「...彼女? ここで言う指導者って言うのは、女の人なんだ...。」


 しばし沈黙が続く。

 夜もふけ、フクロウも鳴くのを忘れてしまった深夜。


 応接室内に、大きなのっぽの古時計の音が響く。

そのソファで眠る、白騎士がわずかに動いた事に、

綾乃や理沙は気がつくはずもなかった。


-----------------------------


 月夜の光が二人を照らす。


 今日は三日月だ。

遠くに理沙と綾乃が住む小さなコテージの明かりが見える。

二人がいる付近は薄暗く、あたりの木々のシルエットがかろうじて見える程度だ。


 だがそれは、エルグ・ノールと、黒騎士レフ・オラフのふたりにとって、

十分すぎる明るさであった。


 気がつくと、エルグ・ノールは黒騎士レフ・オラフに

ゆっくりと近づいていた。

ふと、それに気がつき、エルグ・ノールは歩くのを止めた。


 いったん、自分の呼吸を整え、自分の「使命」と「現在」の整理をはじめた。


「...俺は、大司教の指示した計画通り、時空間を超え、この世界にやってきた。」


 黒騎士レフ・オラフは身動き一つせず、彼の言葉に意識を集中した。


エルグ・ノールは続けた。


「敵によって崩御なされた、我らテネブラグレンスカヤの偉大なマザー、

リサ・F・マコロフ・ヴェーテル様の人格遺伝子を、

この世界の子供に植え付け、計画通り、二人の女の子を育ててきた。

...全て、予定通りだ。」


 自分の目の前でひざまずく黒騎士レフ・オラフに、

ひとつひとつ確認するように言葉を続けるエルグ・ノール。

黒騎士レフ・オラフは、かしこまった表情で、エルグ・ノールの

言葉ひとつひとつに小さくうなずいていた。


「...全ては、予定通りだ。計画通りに事は進んでいる....。

我らの偉大なるマザーの人格遺伝子を受け継いだ、彼女は....

理沙は、十七歳を迎えた...。」


「理沙」の名前を口にした時、エルグ・ノールの、

田吾郎兵衛の表情が、重く、曇りだした。握る拳も、

かすかに上下に揺れだしている。


「...彼女が...理沙が十七歳を迎えたとき、妹が...妹の綾乃が、

デストロイヤーによって殺される....。

そう言う計画だ! その通りだろ!」


 田吾郎兵衛にしては、エルグ・ノールにしては、感情をあらわに、

興奮した面持ちで、黒騎士レフ・オラフに言葉を投げかけた。

だが、黒騎士レフ・オラフは意に介せず、

エルグ・ノールの言葉を静かに拝聴していた。


「...そう言う計画だ! 暗殺された、我々の女性指導者を

復活再生させるため、極秘裏に練られたプログラムだ!...そうだろう!」


 エルグ・ノールは、半ば黒騎士レフ・オラフに八つ当たりしていた。


 何がそうさせたのか、エルグ・ノール自身はわからなかった。

なぜ、エルグ・ノールが八つ当たりしたのか、

黒騎士レフ・オラフにはわかっていた。


 だが、それは今問題点では、ない。


「その通りです、監視者センチネル殿。」


 激高している「上官」のエルグ・ノールに対して、

黒騎士レフ・オラフは、そう答えるしかなかった。


 エルグ・ノールの不条理な怒りは収まらない。


「...先に、先にこの世界に超時空間跳躍してきた、あの男が、

あの白騎士が、予定通りに妹の綾乃を殺すデストロイヤーではないのか? 

だとしたら、なぜ、なぜ君がこの世界に

ジャンプしてきたんだ? なぜ君が、この世界に、ここにいるんだ?」


 やっと! やっとエルグ・ノールに事実を告げられる。

本当なら素早く伝えるべきではあるが、全てが「本物」である事を

確認した上でないと「報告」すらできない。


 自分の目の前にいるこの男が「エルグ・ノール」である事を

確認できなければ、伝える事などできない。

全ては「敵」のだまし討ちかも知れないのだから。


 黒騎士レフ・オラフは、やっと、解き放たれたように、口を開いた。


「...違う! 違います! エルグ・ノール様! 

我々の世界は、我らが故郷テネブラグレンスカヤは、

敵によって滅亡してしまったのです!」


 エルグ・ノールの髪が白くなった。


 この世界にやってきて、相当の時間が経ち、

自身の髪の毛も白髪が交じるようになっていた。

だが、この時、エルグ・ノールの髪は、見事に白く変化してしまった。


「...な、何を?...今、なんと言った...?」


-----------------------------


 高原にある山奥の、このコテージ。今の季節は夏の終わりであるが、

夜になれば少し肌寒い。高い地方であるがゆえに、夏の夜でも涼しく、

そして空気が乾いている。


 スカッシュは、夜の空気を敏感に感じ取り、乾いた自分の鼻を、

もう何度もなめている。季節は、もう秋。自分の身の回りの環境が、

徐々に変わりはじめている。


 だが、自分の目の前で、ヒソヒソ話をしている理沙と綾乃の様子を見た時、

それがただならぬ事だと、時が経つにつれ、敏感に感じはじめた。


 綾乃は先ほどから、田吾郎兵衛が忘れていった「大切な」

石板の文字を自分の指でなぞり「解読」を続けている。


 綾乃の口が、続けて開かれる。


「...彼女が十七を迎える時、暗殺者が来る。.....

だが、それは、悲しむべき事では、ない。.....我らが指導者を

再生するため、.....妹を殺させよ。.....歴史を再現し、

同じ人格を形成するために....。」


 時が止まった。


 二人は、その言葉の持つ意味を、完全には理解はしていなかった。

だが、どういう事なのか、おおよその事は把握しはじめた。


 綾乃の口がかすかに震えていた。


「...これって、何?.....まさか、誰の事.....?」


 見つめあう二人。


 理沙と綾乃は、お互いの目を凝視して動かなかった。

いや、どちらかと言うと、動けなかった。


 指導者の人格を再生するための、姉?

 同じ人格を形成するために殺される、妹?


 何の事か、わからない。

 何の事か、わかりたくない。


 こんな変な「作文」、ただの「創作」であって欲しい。

 そう願い合う二人は、お互いの目を凝視するしかなかった。

 だが、その背後で、緩やかに動く影が、ひとつあった。


 スカッシュは、その異変に気がつき、鼻をなめるのを止め、

ゆっくり動く物陰に、徐々に警戒態勢をとりはじめた。


「...思い出した...。」


 二人の背後で、ゆっくりと動き出したのは、

先ほどまでソファで眠りについていた「白騎士」であった。


 白騎士は、見つめ合う二人に全く気がつかれずに、

その背後でいつのまにか起き上がり、

まるで冬眠から覚めたクマのように、

仁王立ちしてターゲットを見下ろしていた。


「...俺は...俺は、思い出した...。」


 仁王立ちする白騎士に合わせて、対峙するスカッシュは、

爪を立て、牙をむき、徐々に攻撃態勢を整えていた。


「...俺は、...俺は、...お前を殺しに来たんだ...!」


 白騎士の指差す方向、それは綾乃ではなかった。

 ここに書かれていた「詩」の「予言」が正しいのであれば、

その指先は、綾乃に向かうはずであった。だが、「暗殺者」として、

ここにやって来た白騎士の指差す方向、

それは「予言」とは異なる対象ー理沙に向けられていた。


 あまりの衝撃に、声も出ない理沙と綾乃。

二人の変わりに、声を出した物は、理沙を守ろうと攻撃態勢を

とるスカッシュのうなり声であった。

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