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迷宮と魔法。

遅くなってすいません。

「ねぇ……オリジン?」

「はい、どうしましたか?」


 怒気を孕む声音で話し掛けてくるシレーナ。僕は特に何も怒らせる事はしていないので首をかしげる。


「な、なんで……私の顔を貴方の手で覆ってるのかしら?」



 僕とシレーナは侯爵の屋敷から出ると、すぐ人気のない脇道に入って行った。この行動に何をどう考えたらそうなるのか、意味を勘違いしたシレーナは顔を真っ赤にしていた……のだが。


「いや、その……マスターの顔だと、少し動きづらくないですか?」

「ま、まぁそうね。一応追われてる身だし……」


 深い溜息をつき、物憂しげに空を見上げるシレーナ。

 自分が彼女の立場ならと……同情を禁じ得ない。そんな事を言ったら止めてくれと言われそうなので言わないが。


「ですから、僕のまほ、《《魔術》》で姿を変えようと思って……」

「そんな魔術、聞いた事ないわよ?」

「そうなんですか? でも奇跡を起こす術が魔術とマスターが言ったんじゃないですか」

(そりゃあ魔術じゃないし……)


 僕は内心、そう思いながらも未だ納得しきれていないマスターをどうにか宥めて魔法の詠唱を始める。


「『永遠の美を我が元に。千差万別を投影す。』【プロジェクション】」


 光属性上級魔法【プロジェクション】。

 魔法の使用者の記憶より引き出した顔を対象者に投影する。魔力のコーティングによる変身とも言い換えられる。術者の練度が高ければ高いほど魔力を隠す事も可能になる。

 効果時間はほぼ無限。ただし使用者の魔力供給の停止か対象者の魔力の上書きにより効力は切れる。



 僕の赤い籠手の僅かな隙間から魔力が湧き出る。

 その魔力がシレーナの顔を覆う魔法陣を書き上げた。六芒星の白金色の魔法陣から温かな光が溢れ出ると同時に、視界を奪う眩い光に包まれる。

 そしてその光が消え、僕の手にあった魔法陣も消えている。


「……出来た」

「ほんと?ちょっと見せてよ」

「良いですよ、えっと……」


 満足げに僕は両手に収まるくらいの手鏡をアイテムボックスから取り出して、シレーナに渡す。


「ん……結構、東洋チックな顔ね?」

「お気に召しませんでした?」

「あ、そう言う訳じゃ無いのよ。私より綺麗な顔に少し嫉妬してるだけ」

「そうですか……良かったぁぁ」


 肩で切り揃えられている黒髪、端麗な眉に形の整った鼻。頰には程よく赤みが差している。

俗に言う美人である。

 

この顔は僕の姉を軸に色々イメージしたものだ。

 

 僕の姉は5歳離れていて、23歳。

 18歳の時、買い物の途中でスカウトされ、ソロでアイドルデビュー。その後は鰻登りで有名になり一年目でドラマの主演を務め、様々なバラエティ番組にも出ている。

 僕とは真反対の花の人生を歩んでいる。

(まぁ、一番残念だったのはブラコンなんだよなぁ……マジでしつこいくらいくっついてくるし……)


 僕はそう前世に思い耽っている時。


「で? この顔は誰なのかしら?」

「え……?」

「私が寝てる間に、私に内緒で?こんな綺麗な人に会ってたの?」


 姉の顔に笑みを貼り付け、目の笑っていないシレーナ。般若の化身が背後に控えているように見えたのは幻覚ではないはず。


「いや、それは……僕の、姉です」

「あ、お姉さんなのね……綺麗過ぎない?」

「まあ……自他認める美人でしたからね……」


 僕の言葉にキョトンとした様子で僕を見るシレーナ。僕は姉の顔で上目遣いで見てくるシレーナにやめなさいと、彼女のローブのフードを被らせる。

 むー、と唸る声に僕は苦笑いをする。


「っていうか、マスターだって十分綺麗ですからね?」

「な、ななっ……お、お世辞なんて、上手ねオリジン」

「僕は世辞が一番嫌いなんで。」


 兜を外してまで言う僕。どれだけ本気か分かったのか、それ以降血の気がなくなりそうなほど顔を真っ赤に染めたシレーナは一切口を開こうとしなかった。僕らはギクシャクし、無言のまま冒険者ギルドへと赴いた。



 西区の大通りを通り、まだ朝早いというのにさまざまな露店が出店していて賑わいを見せる中央広場を抜ける。そして北区、冒険者ギルドへ続く大通りへと歩みを進めようとした時。


「お。オリジンじゃねぇか」

「おはよう!」

「昨日ぶりね」

「……元気か?」

「その、昨日はすいませんでした……八つ当たりしてしまって」


 矢継ぎ早に声を掛けてくる、顔見知りの冒険者たち。僕は既に冒険者内で顔が、というか正体がバレてしまったが、未だ市民にはバレていない。


(箝口令を敷いてくれたのかな?)


「よく分かりましたね、おはようございます。ガルディンにイースさん。グランさん、カヅチさん。アウルさん、僕は気にしていないので大丈夫ですよ」


 僕は兜、ロープ越しに笑みを見せる。その雰囲気を感じ取ったのか、ガルディンたちはニッと小気味良い笑いを漏らす。

 僕から視線を外したガルディン。僕と同じローブを羽織る頭2つ分小さい人物を見つけた。


「で、そこの嬢ちゃんは……」

「はい。御察しの通り、僕の主人(マスター)です」


 僕がそう紹介すると、呆気にとられた表情をする一同。我に返ったガルディン達は予想と全然違ったのか、全員が意外そうな顔で僕らを見比べている。

(まあギャップじゃ無いけど僕には勿体なさ過ぎるマスターですし……)


 ローブを被ったシレーナは、ペコリと音が鳴ってもおかしくない挙動で頭を下げる。


「初めまして、このような姿ですいません」

「い、いや。こちらこそ、気にしないでくれ。おたくの使い魔に無理言ったんだが……ここにいるってことは」

「えぇ、私のオリジンを貸します」


 使い魔の主人というのは傲慢な人物だと思っていたのかなんだかはっきりしない様子だったのだが、ころころ表情を変える。僕を仲間に出来ると分かった途端、40代に見える厳つい風貌に似合わない少年らしい純粋な笑みを浮かべている。


「マジで!? 嘘じゃねぇよな!?」

「も、勿論です」

「ちょっとガルディン、その子引いてるわよ」

「あ、あぁ。すまない、柄にも無く興奮しちまってよ」


 コホンとわざとらしい咳をすると、シレーナに話しかける。


「で、嬢ちゃん。名前は?」

「…………」


 僕は使い魔契約の副産物、念話を使ってこっそり彼女に言付けする。


「レーナよ」

「よろしくな、レーナ」

「えぇ、こちらこそガルディンさん」


 冒険者ギルドまで各々が談笑していた。

 朝の冒険者ギルドは落ち着いた様子で、厳つい冒険者みたいな人たちはいなかった。


 そして冒険者ギルドを通り越して、より北にある地下迷宮(ダンジョン)へと歩みを進める。

(昨日の報復にでも来ると思ったが……考えすぎか? 敵意感知(エネミー・フィール)はオンにしておこう)


 ガルディン達と合流してから約30分。漸く目的の場所に着いた。

 地下迷宮(ダンジョン)。

 地殻変動によって自動的に生成された人工の迷宮。何が目的で創られたのかはまだ解明されていない。その解明を求めて度々学者が出入りしている。

 そしてなにより、ここで湧くモンスターの生命器官である魔石。それは人々の生活に役立つモノで高値で売買されている為、力のある冒険者からしたら一攫千金を狙える場所でもある。

 アウストラリスだけでなく、確認されているだけで世界に10カ所あるという。

 アウストラリスは全20階層から出来ているようで、未だ踏破されていない。 ガルディン談


 冒険者達の集まる広場を抜けると、2人の冒険者に護られた門まで歩く。するとギルドの受付嬢だろうか、豊満な体つきで優しい笑みを浮かべる綺麗な黒髪の女性が僕らの前に出てくる。


「あら、ガルディンじゃない」

「おっす。これから迷宮探索なんで書類頼むわ」


 ガルディンの身内なのだろうか、どこかリラックスしたような雰囲気が出ている。その彼女が怪訝そうな眼で僕らを値踏みしてくる。


「はいはーい……あら、そこの2人は……?」

「俺の仲間。魔術師なんで冒険者じゃないんだが」

「いいわよ、でも責任はあなたが取るのよ?」

「ありがとな! 恩に着るぜ!」

「だ、け、ど! 第五階層まで。これだけは譲らないわ」

「分かった分かった! じゃあ行ってくる」


 無理矢理僕らから引き剥がすと、僕らの肩を掴んで先に行くようにどんどん歩いて行く。流石に心配なので聞いてみる。


「本当に大丈夫なのか?」

「まあ……任せとけば、大丈夫だ」


(絶対ダメな奴だろ……)



 地下迷宮第1階層

 土のような壁には人為的に付けられた魔力を源とした人工灯が取り付けてあり周囲は明るく照らされている。


「レーナにオリジン。お前たちの戦力を教えて欲しい。」

「あまり言いたくないけど、私はゼロに等しいわ。」

「僕は何でもやります。斥候から遊撃、前衛に後衛……壁役も、出来なくはない」


 僕らの戦力が掴めたのか、顎から手を離し僕らを見る。


「じゃあ最初はアウルと一緒に後方支援を頼む」

「了解した」


 僕らは後方、アウルの隣まで下がりそれぞれが準備を始める。

 ガルディンたちはそれぞれの得物の調整を開始、そしてそれぞれが持ってきた物を確認しあっている。


 僕は時空魔法から魔装剣オルタナティブを取り出し、ステータスを確認している。



 ステータス


 名前:オリジン(ロアノス)

 種族:人族(ヒューマン)(使い魔)


 職業 :神装騎士(ホーリーナイト)

 レベル:21


 体力:19563/19563

 魔力:5234/5234


 筋力:964

 耐久:1023

 敏捷:856

 知力:1011


【魔法適正】

 火 水 土 風 光 闇 無 雷 氷 時空 聖


【固有スキル】

 ・剣技透写(強制発動)

 ・――――(任意発動)


【スキル】

[戦闘時強制発動]

 ・魔法攻撃強化(マジックブースター)

 ・物理攻撃強化(マテリアルブースター)

 ・被ダメージ軽減(オールダウン)

[常時発動](任意選択)

 ・異世界言語習得(アナザースピーカー)

 ・身体能力上昇(ブースト)

 ・魔力感知(マジック・フィール)

 ・敵意感知(エネミー・フィール)


【装備】

 武具:魔装剣・オルタナティブ


(ふむ……耐久値が伸びたな……)



 レーナことシレーナは先の受付嬢から渡された各モンスターの要点がまとまっている、所謂攻略ガイドを読み進めている。



 アウストラリス地下迷宮

 

 第1〜3階層主要モンスター一覧

 ・小鬼(ゴブリン)  D〜Eランク

 体長1mほどで二足歩行をする人型魔獣。皮膚は緑色をしており、原始的な服を着ている。地上では基本的に30〜40体の集団で生活し暗い洞窟や洞穴に住む。人間の6歳児ほどの知能を有する。危険度は低いが、自前の毒を塗った短剣を得物として使う個体もいる。

 雄のみ誕生する。


 ・食屍鬼(グール)  Dランク

 体長1m60cmほどで二足歩行をする人型アンデット。皮膚は腐り、夥しく潰れた頭。雄と雌の2種が存在する。

 墓を掘り返し屍や人間の体を食べるのは食欲を満たすためだけでなく、性的快楽を求める為らしい。


 ・骸骨騎士(スケルトンナイト)  Dランク

 体長1m80時の巨体で二足歩行をする人型アンデット。名の通り、鎧を着て剣を得物とする骸骨。

 個体差はあるが、初心者でも剣をある程度使える者なら難なく倒せる。

 実はEランクのモンスター、骸骨(スケルトン)が迷宮に飲まれた武具を身につけた姿。


 ・牛頭人身(ミノタウロス)  Dランク

 体長約2mの巨体で頭からは短めの2本の角が生える人型魔獣。よく獣人と間違えられるが、ミノタウロスはれっきとした魔獣。雌雄の区別はある。得物は自身の拳、直径2mの大木を悠々に貫く力を持つ。

 第二階層を守護する第一階層のボスモンスター




 どこか弛緩した空気が一気に引き締まる。

 迷宮内の漆黒の壁がパキリと音を立てたのだ。僕とシレーナはその方向を見る、僕は驚きに目を丸くし、シレーナは引き攣った笑みを浮かべている。


『ダンジョンのモンスターの湧きは壁からだ。』


 ガルディンの言葉に何処かアホらしいと感じていた僕らは少し肩身が狭い。


 軽い音が重々しい音に変わった瞬間、壁から暗視からでも分かる緑色の肌のモンスターが、剣を持つ骸骨がそれぞれ5体ずつ湧いた。


「んだよ、いきなり異常発生(イレギュラー)か」

「まあこの人数なら仕留められるさ」

「じゃあオリジン! 後方支援、よろしくな!」

「まったく……オリジンくんは臨機応変に対応して、ね?」


 アウルを除く4人はそれぞれの武器を持って、尋常ではない速度で距離を詰めていく。


「アウルっ!」

「『我が魔力は呼応する。猛る息吹よ、吹き荒れろ。』【旋風(カウィンド)】」


 グランの掛け声に素早く反応し、アウルは杖を掲げ、詠唱を開始する。

 綻びのない手のひらサイズの魔法陣が杖の先に生成されると、そこから3つの風の塊が魔法陣の大きさにそぐわない速度で射出される。


 その風の塊は卓越した魔力操作により、前方で密集して走るガルディンたちのすぐ脇を通り過ぎ、5匹の内の中央にいる3匹のゴブリンにぶつかる。


 胸の中心、ダンジョン内のモンスターの心臓である魔石を穿たれたゴブリンはギャァァ、と死に際に出る切ない悲鳴をあげ、死んでいく。


 その隙にガルディンたちは残りのモンスターに攻勢を仕掛ける。その間にも多数のモンスター達が湧き出ている。まるで《《入ってくるな》》と言わんばかりに。



「よっしゃ、《《俺》》もやりますよーっと」

「何をやるんですの?」

「まあ見ててくれや、先輩」


 戯けるような口調に怪訝な顔をするアウル。生真面目という言葉が似合うほどなので命のやりとりをしている仲間達に失礼ではないかと金色の瞳を細めて僕を睨んでいるが、僕は気づかない。


 僕はシレーナとアウルを背後に待避させ、アウルには僕の合図でガルディン達を退くように言ってあるので僕は嬉々たる笑みを浮かべ、両手を天に掲げ、魔法の詠唱を開始した。


「『我が放つは深淵を焼き滅ぼす光の刃なり。大海さえ斬り伏せる神の刃なり――』」


 リンリンと涼やかな音と共に掲げた両手の先には魔法陣と言うより、幾重にも重ねられた正八角形に解読不能の文字が入った黄金の輝きと蒼い輝きを放つ2つの陣が現れる。


「『――その双剣、担い手はここに。蛮行なる勇気を世界に示す――』」


 一言一句噛み締めるように言う。そんな僕の言葉に呼応するようにその陣は一回り二回りと徐々に大きくなっていく。それに加え、溢れ出す輝きも強くなっている。


「な、なによ……長文詠唱の魔術なんて……聞いたことない……」

「まさか……オリジン……」


 猫を被った言葉遣いでは無く、素の言葉遣いが出るアウル。使い魔(オリジン)と同調しているシレーナはオリジンが何をしようとしているのか分かった上で黙認している。


「『――冥界の神よ、深海の神よ。応え、讃え、恐怖せよ――』」


 先程までの涼やかな音が、ゴォンと体を震わせる重々しい音に代わり、巨大な魔力の奔流の収束に誰もが息を呑む。


「『――我が狂乱の観衆よ。我が蛮勇に応え、謳え、喝采せよ――』」


 前線で戦うガルディン達、ガルディン達と相対するモンスター達でさえ戦いを中断し、僕の方へ目を向け、恐怖する。


「ガルディンッ! 早く避けてッ!『我は神に請う。万撃を護る障壁を展開せよ。』【プロテクション】ッ!」


 誰もが動くこともままならない中、アウルの声に我に返るガルディン達は素早く脇道へと避ける。アウルは自身とレーナを護るために魔力による障壁を貼る。

(マスターに被害は与えないし……)


「『――我は神に叛逆せし者(ヘヴントレイター)。』」


 収束された魔力が言葉に呼応し、解放されおびただしいほどの魔力が渦巻く。その魔力の奔流は言葉が紡がれるごとに徐々に形づけられていく。

 最後の言葉が僕の口から漏れたときには具現化された魔力は、黄金の輝きを放つ長剣を、そして蒼い輝きを放つ長剣に形を変え、僕の両手に収まる。


「『――我が神を斬獲せし力、有象無象(すべて)を虚無に帰す。』」


 ニヤッと僕が悪い笑みをモンスター達に向けた瞬間に、それらの剣の柄に円形の魔法陣が出現する。


「【蒼金なる双熱剣(ユニゾンスイルデン)】」


 ボソッと呟く。それに呼応するように魔法陣が煌めくと、轟音と共に剣が射出され、レイザーの如く蒼と黄金の二つの魔力の波動砲が僕らの視覚と聴覚を瞬時に奪う。


 熱線にも近いこの魔法攻撃。

 地は醜いほど抉れ、モンスター達の亡骸は焼けただれている。モンスターの核である魔石さえも粉砕していた。


 この光景に誰もが言葉を失った。

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