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第三話

【留守番中の野々宮萌香】




萌香ほのかちゃん!」

 弾んだ声で登場したのは、2年の都築木葉つづきこのはだった。

 彼女は図書部と掛け持ちで卓球部に所属する小柄な女の子で、私とは違っていつでもニコニコとしていた。

 まるで笑顔が形状記憶されているようだ。

 初めて会ったとき、そう思った。そして、目が離せなくなった。女性に恋愛感情を抱いたりはしないが、誤解を恐れずに言うと、私は木葉を一瞬で好きになったのだ。

「図書の仕分けご苦労様! 手伝うよ!」

 図書部の活動は鬼退治だけではない。他の中学校では図書委員がやるような仕事も図書部の仕事だった。ちなみに、ここ恵智中学校には図書委員はない。

「いいの? まだ部活中でしょ?」

「大丈夫~抜けてきた~」

 あっけらかんと笑い、木葉は私の脇をすり抜ける。そしてカートに積まれた昼休みに返却されたばかりの本を手に取った。

 木葉が動くと、まるでイチゴのような、砂糖菓子のような甘い香りがする。

 本当に、何もかも私とは違う。

 私も、香水、つけようかしら?

「佐藤ちん達は? 鬼退治?」

 木葉の声にハッと我に返る。

「え? ええ。えっと、なんか安物黒縁眼鏡の、色の白いひょろっとした、顔に特徴のない、浦安先輩の幼馴染の1年男子と、一緒に行ったわ」

「え! もしかして新しい部員?」

 返却された図書を指定の位置に戻しながら、木葉は嬉しそうに瞳を輝かせた。

「どうなのかしら? 佐藤先生は見えないって言ってたから……でも、玉様が連れて行けって」

「見えないって、五行の力を持ってなかったってこと? でも玉様が連れて行けって言ったの?」

 木葉の首をかしげる些細なしぐさも可愛い。

 その時だった。

「その通り!」

 高らかな声に不敵な笑みをたたえた玉様が、図書室に舞い戻ってきた。玉様と言うより王様だ。

 そんな玉様は赤い瞳を持ち、髪は金髪。透き通るような肌で天使のような風貌をしている。

 ああ……

 本当…

 可愛い!

 あの小さくて細い肩を抱きしめたい!

 あの柔らかそうなほっぺを頬ずりしたい!


 抑えきれないほどの衝動を私は強い理性で蓋をする。

「凌太朗が見えないと言ったようにあいつ、あの、かなむとか言う少年は五行の力を持っていない。だが、凌太朗と同じ力を持っているんだ」

 玉様は、なぜかふんぞり返って言った。そんな玉様の頭を木葉は撫でる。

「一緒? 佐藤ちんの力って鬼斬りの力のこと? その子鬼斬りなの?」

「鬼斬りって特殊な力なんじゃないの?」

 聞く私に玉様はニヤリと笑って言った。

「奴らは、今、鬼斬り神社にいる。行くか?」






【鬼を切り裂く光】






 闇の深淵。

 いや、なんとなくかっこいい言い方をしたけどね。

 とにかく、ふと気づくと俺は光のない世界にいたわけだ。

 音だけが聞こえる。

 ぼえー。ぼえー。

 言い表すのは難しいけど、なんか洞穴から風が抜けてくるときのような、高く、低くとどろく音。

 よくよく聞いてみると。それは音じゃなくて声だった。

 声は言う。

「この体、なんて居心地がいいんだい? お前、ろくな人生歩んでないだろ? じゃあ、いらないね? この体、私におくれよ」

 失敬な声だ。

 ろくな人生じゃないなんて。

 いや、そうかもしれないけど。

「そうだろ? さあ、もう何もかも忘れて、私に身をゆだねなさい」

 ああ。

 うん。

 それも、いいかもね。

 な~んて、一瞬思ったけど、それって俺がいなくなるってこと?

「お前の体はなくならない。お前の意識は体から解放され永遠に、悩みも苦しみもない彼方で漂うのだ。すばらしいだろう?」

 え? え?

 それって、なんか素敵なことのように言ってるけど、要は俺の意識を追い出して俺の体を乗っ取ろうとしてるってことじゃん?

 いや、いやいやいや。

 無理だわ。

 俺、まだ死ねないし。

 小遣いたまったら、アイドルグループ「FURIFURI」の握手会に行くんだ!

 押しの「烏丸はな」ちゃんに会うんだ!

 それまで死ねないんだよね!

「やめろ! お前は苦しみの中に存在する陰の者だ! 光を持つな!」

 ああ!はーなん!

「やめろ! 眩しい!」

 あ「はーなん」って、烏丸はなちゃんの愛称ね。

「うううぐわあああ!」

 はーなん!

 会いたいよぉお!



**********



「はーなん!」

「あ、目ぇ覚めた」

 状況を理解するのに、時間が必要だった。

 しばらくお待ちください状態だ。

「佐藤っち。かなむ、起きた」

 相変わらずぶっきらぼうな言い方で、有君は障子の向こうに声をかけた。

 そこは古臭い、こじんまりとした和室だった。

 灯りを取るのはなぜか和ろうそく。

 静かに障子が開いた。

 初対面の時とは別人のような、陰鬱な表情で登場した佐藤先生はそれが普段着なのか着流し姿だった。

「かなむくん。具合はどうだい?」

「え? すこぶる、いい気がします。スッキリしたというか? 俺、寝てましたか?」

 よほど意外な返答だったのだろうか? 佐藤先生は目を丸くし、笑った。

「ふふ。君、意外と大物なのかな~?」

 そう言って俺の脇に座った佐藤先生は、下を向いたまま黙り込んでしまった。

「鬼斬りの背負っている業と言うもんが俺にはどんなもんなのか分かんないけど、別に変わんないんじゃないの? 五行の力を持った俺たちと?」

 沈黙を縫うように、有君が言葉を発する。

 佐藤先生は言葉の意味を噛み締めるかのように、静かに瞳を閉じた。

 鬼斬りとか五行とか和製ファンタジーではありきたりのキーワードだが、何か俺に関係あるんだろうか?

 佐藤先生は静かに、静かに深呼吸を一つし俺を真っすぐに見据えた。

「そうだね。説明しないといけないね?」


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