2.ヒロインは程よくスケベ
『エロかわいい女の子が嫌いな人間は存在しません!』
空の色がゆっくりと青くなっていく。
町の影をはわくように日の光があざやかに昇ってきた。
早朝4時59分。
ベランダから山吹色の日差しがレースをすり抜けて、平和そうに眠る少女のよだれを照らした。
夏の暑さのためだろうか。だらしなく布団代わりのタオルを跳ね除け、パジャマを脱ぎ捨てて、汗でベトベトのシャツとパンツだけになり、薄っすらと腹筋の割れたお腹を丸出しにしてスヤスヤと寝息を立てていた。無駄な脂肪と重要な脂肪のついていないスレンダーな体つきで手足はすらりと長い。ショートヘアが寝ぐせと汗で爆発していた。
小麦色の肌に浮かぶ汗が外から差し込んだ光でキラキラと輝いて、その寝ぞうの悪さはどこか官能的だ。いや、実に眼福。
ややあどけなさが残る整った中世的な顔立ちだろうが今は見る影もない間抜け面をしている。
5時丁度。
目覚ましのベルがやかましく部屋中に響いた。
少女はベッドの上で数回寝返りを打つとうめき声を上げながら枕もとの目覚ましを叩く。
静かになった部屋でしばらく心地よいまどろみを味わった後、ゆっくりと体を起こして目覚ましのスイッチを切った。
大きく背伸びをしてからのらりくらりとベッドから立ち上がる。
脇に置かれた木製のシンプルなドレッサーの前に座るとよだれを拭いて鏡越しの自分に微笑みかける。
(うはぁ、えっろぉーぃ。乳首浮いてる)
濡れた下着を脱ぎ捨て、隣のタンスからタオルを取り出して体の汗をふき取ると赤と白のジャージに着替えた。
彼女は大きな欠伸を何度もしながらリビングへと向かう。
冷蔵庫に入れられたゼリー飲料を秒で飲み干すと毛糸で結ばれた鍵を首から下ろして、そろりそろりとリビングを後にして玄関を静かに空けた。
「いってきまんぼー」
小声でつぶやくと音を立てないように鍵を閉めた。
マンションのエレベーターで1階まで降りると駐車場で軽くストレッチを始めた。
空の色が明るくなり始めるころ、ゆったりとした速さで町外れの方へと走り始めた。
今日は天気がとても良い。快晴だ。
彼女の名前は野咲 麻妃という。
見た目は小柄でボーイッシュな褐色の美少女。
特技は占い。
趣味はスポーツと人間観察とエロ画像集め。
好きなことはHENTAI。
性格は、読んでいけばわかる。
30分ほど走ってマンションに戻ってくると空は水色に変わっていた。また簡単なストレッチをしていると、彼女に気づいた住人たちが声をかけてくれた。
朝の挨拶も彼女の日課の一つだ。
中にはゼリー飲料やお菓子をくれる人もいた。
マンションだからといって人付き合いができないわけではない。
名前も知らないおばさんからお年玉をもらったこともあった。
髪をかきあげながらエレベーターで7階の自分の家へと向かう。
無い胸元から鍵を取り出して玄関を開けると奥から味噌汁の匂いがした。
「ただいまー」
「おかえりなさい。お湯、もう沸いてると思うからぁ!」
(味噌汁ってことは、今日はご飯か)
あさひは玄関をあがると汗でぬれたジャージと下着を脱ぎながらバスルームへと向かった。途中、寝起きの弟と父が寝室から目をこすりながら出てきた。
麻妃はスッポンポンのままおはようと声を掛けたが、自分や母と違って寝起きの悪い二人は目をシバシバさせながら「うぃー・・・」と返すだけ。
洗濯機の中に服を放り込んで麻妃は風呂場に入った。
全身をさっさと洗ってからおっさんのような唸り声を上げて湯船につかる。
肩まで浸かり、ヘリに両腕を投げ出し、クリアブルーのクジラを浮かべてしまりの無い笑みを浮かべた。
(うぇへへぇ~い、あたしゃぁ自由だぁ)
風呂をあがって時計を見れば時刻は6時を軽く過ぎていた。
タオルで体を拭き、鏡を眺めながら髪を面倒そうに乾かして寝癖を整えていく。
「・・・・・・そろそろうっとうしくなってきたなぁ」
「麻妃! いつまでお風呂入ってるの! 間に合わなくなりますよ!」
「はーい! いま髪乾かしてんの!」
髪を乾かし終えると洗濯機に用意されていた夏服に着替える。
スカートのチャックを上げながらリビングに入るとぼさぼさの頭が二つ並んで座っていた。
テーブルにはご飯がすでに用意されてある。目玉焼きに焼きサバと千切りキャベツの盛り合わせ、ご飯と味噌汁が置かれている。テーブルの中央にはポン酢。
弟と父は私服にちゃんと着替えてはいたが、頭は爆発したままで、もそもそと味気無さそうに食事をしていた。向かいに座っている母はきちんと髪をセットして食事を楽しんでいる。
母はパッチリと開いた目で麻妃を見ると隣の席に促した。
麻妃は母の隣、二人の向かいに座ると手を合わせてから食べ始めた。
ポン酢をサバの皮にかけ、端で皮を破って実に絡ませていく。ご飯の上に乗せて一気にかっ込み思いっきり口を動かしてかみ締めた。
香ばしい風味が口の中いっぱいに広がり、にんまりとしまりのない笑みを浮かべる。
母と弟はその様子をうれしそうに見ていた。
父はまだゆっくりできるのでコーヒーを飲んでから家を出る。
麻妃はまだ寝ぼけている弟の手を引きながら1階まで降りる。防犯ブザーがちゃんと鳴るかを確認すると父親譲りのくせっ毛を優しくなでてやった。
「穂波、いってらっしゃい」
「うん! いってきます!」
穂波は元気に小学校へと走り出した。母親譲りの運動神経であっという間に見えなくなってしまう。ポケットからイヤホンを取り出すと麻妃も駅のほうへと歩き出した。
マンションから歩いて15分もすれば駅のロータリーに着く。
駅にはパンをかじったり携帯をいじったりして時間を潰す白のカッターシャツが何人も見えた。夏の朝。駅は真っ白だった。
構内の待合席をみると、麻妃と同じ制服を着た女子高生が文庫本を読んでいる。よく見るとそれは文庫本ではなく、マンガ本に書店でもらえる紙製のカバーをあつらえたものだった。
彼女は麻妃に気がつくとさっさと足元に置いたカバンに本を直して立ち上がりスカートのよれを払った。
「クランさぁ、またそんなズルして。先生にばれたらセクハラされちゃうよ」
「いいのよ、ばれなきゃ。どうせ持ち物検査なんてタバコの吸殻とかが見つかんなきゃやらないだろうし、わざわざ女の本の中身まで見る変態はいないわよ。いたら社会的に殺す」
麻妃の忠告に彼女は眉をひそめながらはき捨てた。どうやら彼女は高校の教員にあまり良い印象を持っていないらしい。
彼女、山彦 紅嵐は麻妃の一つ上の学年で高校二年生。
彼女はいわゆる三白眼で肩下まで伸ばした黒髪と181cmの身長を誇る。
麻妃も168と女性にしては背の高い方だが二人には頭半分ほどの空きがある。
筋肉質な身体に豊満な胸と引き締まった尻。調和の取れたグラマーな身体の持ち主で、学校紹介のパンフレットにも起用される程だ。
校内でも有数の美女と呼ばれていた時期もある。
趣味はぬいぐるみ集めと少女漫画。頭の中身はメルヘンである。
彼女目当てで入学を希望する男子は少なくはない。
しかし本人はその一つ一つに強いコンプレックスを持ち、唯一筋肉だけは男のようにつけたいと考えていた。
彼女が校内で有名なもう一つの理由がそこにある。
いざ試合となれば大人の男であろうが物怖じせずに相手がすくむ程の怒号を放ち突進する。
試合前の凛とした表情やしなやかな足運びからは想像もつかない強引な力技と一瞬の隙を突く鋭い一撃を器用に使い分けることから、将来も期待され、ニュースやバラエティで採り上げられることも度々あった。
ただ、顧問も彼女自身の指導内容も至って普通のものなのだが、そのあまりのインパクトゆえに彼女目当てで入部した部員は長くは続かない。
【我が校の英雄】 【紅蓮の鬼女】 【おっぱいのついた怪物】 【豪乳】 【血の嵐】 などの強烈なあだ名が複数存在し、ニュースやバラエティ番組でも似たように取り上げられるため、それがさらに彼女のコンプレックスを強めていた。
基本的に男子を怨んでいるらしい。
ただしイケメンは別。
その反面、女子部員の結束は非常に強く、今の女子剣道部は歴代最強といわれている。
麻妃とは幼稚園のころからの幼馴染で胸や武勇伝でからかわれるたびにひどく落ち込む彼女を慰めてやっていた。
麻妃は少し胸に対して敏感なところがあったが紅嵐に対しては怒る事は無かった。
「私ね、正直この半分もいらないの。胸板がほしい、あっ! 他意はないのよ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・うん、そうだね」
(こんどセクハラしてやろう)
「ところでさ。麻妃、再来週の土曜の夜ってヒマ?」
「わかんない。なんで? たぶんヒマだと思うけど・・・」
「ならさ、イベントに参加しない?」
「うん。でもなんで? なんであたしにだけ言うのさ、剣道部の子たちにも声をかけて・・・」
ほほを赤らめて口をきゅっと結び、察してほしいとでもいうようにクランは麻妃の顔を見た。
「あー・・・・・・、分かった、また告白されたのね」
彼女はコクリとうなずく。
「で、タイプだったので断れなかったと」
また申し訳なさそうにうなずく。
「他の奴らにバレたら爆笑される。でも一人で行くのは心配。だから協力してほしいと」
大きな体を小さく折りたたむように彼女は身をちぢこめながらうなずいた。
「はぁー・・・・・・、またぁ?」
「ぅー、ごめんてば、麻妃しか頼めないよ、こんなこと」
「いやいやいやいやいや。何回目だよ。何度告白されりゃあ慣れんのさぁ」
「・・・・・・私が何かしたわけじゃないし。それに、またダメだろうし。どうせ、期待にはこたえられないと思うし、でも、もしかしたら・・・・・・」
その言葉に麻妃は心底あきれたように顔をしかめて見せた。
(天下夢想の鬼でも、中身がこれだもんなぁ)
全校生徒からの信頼をうけ、一部の男子生徒からの熱視線をうけても、それでも紅嵐は紅嵐のままだ。告白されるたびに一喜一憂して、何も考えずにありのままの自分をぶつけてしまう。まるで責任のように。結果としてよく知りもしない連中は混乱して「思っていたのと違う」といって離れてしまう。
相手も彼女も、自分の事しか考えられないし見せていない。
お互いがお互いのうわべだけで納得して本心を聞けないチープな恋愛。
だから不満になる。それを解消しなければ夫婦や親兄弟ですら離れてしまう。
というか、ゴリゴリのイケメンが実はロマンチック乙女だとぶっちゃけられれば誰だってひるむ。しかも切れられるとまず勝ち目がないと思えばなおさらだ。
(ま、このおかげで変な虫が寄り付かない訳だから、このまんまでいてくれると友人としては非常に助かるんだけどね。めんどくさく無くて楽だし)
「ま、変な男だったらぶっ飛ばせばいいもんね!」
「・・・・・・そ、そうよね! くだらない奴だったらぶっ飛ばしてやるわよ!」
(ふ、できないくせに、無理しちゃってさ)
「で、土曜日、大丈夫?」
「うん。だいじょうぶ、だいじょうぶ。任せといて!」
「よかった~~。誘われたイベントが団体戦だったから二人じゃ不安だったのよ」
「・・・・・・・・・ん?」
「しかもスプラッターもあるらしくって…、断りきれなくって…」
「ん?」
「麻妃が来てくれるとなれば安心よねぇ」
「・・・・・・・・・あ、あ~、ちょっと待って、あ~、再来週って何日だっけ…。そういえば、なんか」
麻妃のしぐさを見てみるみる紅嵐の顔が青くなる。
「えーっと、あ! 親と外食に―― 」
「な、なんでもいうこときくからぁ! ついてきてよぉ!」
「わかった、なら一つ貸しね」
実にいやらしい顔で麻妃は笑った。
電車で3つ駅を過ぎると彼女達の高校の最寄り駅につく。
田舎に比べれば都会、都会に比べれば田舎といった中途半端な町で、都心へと続く地下鉄が通っている。
駅からの中央道には社用ビルが立ち並んではいるものの、その周りには住宅街や幼稚園、スーパーやレンタルショップなどがちりばめられている。
しばらく山のほうへ向かって歩くとイギリスを思わせる赤レンガの建物が見えてくる。
それが麻妃たちの通う私立高校だった。
麻妃がここに進学したのは紅嵐が入学していたということもあるが自然をふんだんに取り入れた学校作りが気に入ったというのが大きな理由だった。
学校の規模としてはけっして大きくは無い。それでも限られた土地を生かし、校舎の隅々には木々の緑が映えていて、全てのクラスの窓から森林を眺めることができる。
校舎の外にある通路の半分以上を土と落ち葉が占領していた。
お弁当持参でピクニックもできるのだ。
「それじゃ麻妃、またあとでね」
「ん。図書室で待ってるから」
紅嵐と分かれた麻妃は一年の教室へと向かう。
「よ! 麻妃!」
ふと、呼びかけるその声に麻妃は心底がっかりしていた。
振り返るとメガネをかけた地味なモブ顔、男子生徒が手を上げていた。
「だれだっけ?」
「オーイ! また? また朝から自己紹介かよ! 志田 安国だよ」
「あ~~、ウソだから。馴れ馴れしく外で話しかけないで」
「え・・・。何で、マジ? えーっと」
彼は瞬間的に表情を消して後ずさりする。さっきまでのテンションとは雲泥の差だ。
その一喜一憂が分かりやすすぎて、わざとらしすぎて麻妃は笑った。
「ふっ、はははっはっは! 冗談だよ! 本気にすんなってばさぁシダッチよ!」
「いや、俺マジで傷ついたわ。もう帰る。先生に病欠って言っといて」
「うん、分かった。また明日ね」
「ちょいっ! そこはもっと粘れや!」
「え~~~~、あたしぃ、こう見えても女の子だしぃ、足速いだけで非力だしぃ、3ヶ月年上の男子を引き止めるなんてでっきな~~い」
「バカヤロウ! ソウルボイスで呼び止めろよ!」
「・・・・・・おほん。戻ってきてくれ! ジュリエット!」
「誰だよ! 誰だよジュリエット! そこはロミオだろ性別的に! じゃなかった、シダッチだよ! シダッチって言ってくれよ!」
「・・・・・・へへっ」
「何でちょっと照れてんだよ」
(すこしかわいいじゃねぇか)
「おはよう、シダッチ」
「おう、ハヨッス」
肩で息をしながらグータッチをする二人は青春の汗を流し、周囲から引かれていた。
どうでもいい男。よくいるお調子者。扱いやすそうな男。
誰もが彼に抱く第一印象だろう。実際にそういう男だ。
中二病だろうが、ヤンキーだろうが、女子だろうが、決してへつらう事は無い。
彼の振る舞いはクラスの中でもムードメーカーのように慕われたクラスの委員長、教師からの頼まれ事やクラスのまとめ役を任されることも多くあったしクラスメイトもそれを望んだ。
頼れる好青年そのもの、と見えるだろう。
「んじゃ! またな、麻妃」
「おう!」
ちなみに彼は隣のクラスなので学校ではほとんど話す事は無い。
少し寂しそうに麻妃の隣のクラスへと入っていった。
麻妃はクラスに入ると必ずやる事がある。
モコモコ頭を撫で回す事だ。
「おっはよう! フローラル!」
「あうん! あっ、あぁぁっ、あうぅぅああぁぁっぁっぁぁっ」
爪を立てずに地肌をやさぁしく揉みほぐしていく。時々関係のない首筋や耳たぶをソフトタッチしながらやさーしくもみもみする。ほぐされていく頭からはシャンプーとアロマの良い匂いがした。
その様子を男子がちらちらと見ていた。
うっとりとした表情でほうける彼女は寛木 海琴という。
彼女は帰宅部のただのモジャ公だ。学校での評価は普通。実家は散髪屋。以上。
「うわぁ・・・、朝っぱらから人の頭の匂い嗅ぐの、いい加減やめたら? あさひよぉ?」
面倒くさそうに笑いながらクラスのJKたちが歩み寄ってくる。
「ぃぃいいんですよぉぉ、あたしゃありがたくて気持ちいいくらいですからねぇ」
「ほら、海琴からオッケーだって貰ってんし」
「いや、毎朝いやらしい顔と声聞かされんのは若干引くわぁ」
「んごおおぉぉめんにぃぃぃ」
海琴は鼻がシュッとしていて、若干釣り目で、丸顔のとてもキュートな女性なのだが、今は頭皮マッサージに酔いしれてだらしなく口元を緩めてにんまりと笑っている。
非常に残念な顔をしていた。
「みんなにもまたしてあげようか?」
「えっ、いや、いいよあたし達は。くせっ毛とか気にしてないし・・・・・・」
「まぁた、この前お家に招待してもらった時にはやらせてくれたじゃん」
「そぉそぉぉぉ、きんもちよさしょぉぉぉらったよぉぉぉぉ」
「いや、ちょっと! いや、あれは! 人の目もあるから・・・・・・まぁ、よかったけどさ、ってかさ! もうマッサージやめろよ、普通に話せないじゃん」
確かに、見渡すと他の生徒たちがチラチラと見ていた。
とたんに大半の生徒が視線をそらした。だが冷ややかな視線というより、むしろ何か期待したような好奇の目線でみんな心なしかそわそわしていた。
「二人っきりなら、触れてもいいのかな」
「えっ・・・・・・」
唐突に向けられた真剣なまなざしに、その声にJKは一瞬、目の前にいる麻妃のことを異性のように感じてしまった。
麻妃が頭から手を離すと海琴は満足そうに机に突っ伏した。
麻妃の手がJKの頬に優しく触れる。
海琴の頭から吸収した芳香剤のいい匂いが鼻をくすぐる。
麻妃は静かに歩み寄ると顔を近づける。少しばかり麻妃の背が高いためにJK、自然と上目遣いになる。
中性的で整った顔立ちの麻妃がJKの瞳に熱い視線を向ける。
頬に手をあてて、ゆっくりと、少しずつ顔を近づけていく。あと数センチもすればその艶やかな唇がそれにとどきそうだ。
チョンと、鼻と鼻が触れ合う。
教室はしんと静まり、他のクラスの喧騒がなおさら彼らの教室の現実感を薄めていた。
「またこんどな」
『 ヒューッ! 』『 ヒューッ! 』『 ヒューッ! 』
クラスから黄色い歓声が上がった!
ずっと事務机に腰掛けた担任の女性がうらやましそうにそれを眺めていた。
キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン
「おらおら、お前ら席付けなー。出席とるぞー」
担任の先生がじつにけだるそうに叫んだ。
38歳独身がさらにふけて見えた。
声も落ち込んでいて、朝の連絡を済ませると、百マス計算のプリントを配って、もといた事務机に座りがっくりとうなだれてしまった。
(先生、また彼氏と喧嘩したな)
麻妃はぼんやりと窓の外の景色を眺めながら、今夜のことを考えていた。
(いよいよ今夜か、初めてだな。犯罪者を殺すのは)
『え? 俺ふつーに嫌いな奴は嫌いだけど』