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ワカツクニ  作者: 猫ノ目 ユエ
1/2

1.畜生の娘

『あなたは本当に正義の味方ですか?』

 月の光に青白く照らされた真夜中の校庭に、数十人の人間が座り込んでいた。

 彼らは庭にブルーシートを敷き詰め、中央に数本の日本酒を雑にならべてそれぞれが持ち寄ったコップやマグカップに注いでは談笑していた。

 彼らにはこれといった共通点がなく、むしろ何から何までがちぐはぐだった。

 年齢や体格もばらばらの男女。

 服装も街中で見かけるようなカジュアルな服装や古きよき日本の袴や軍服、何をとち狂っているのと言いたくなるような派手なコスプレの人もちらほらと見えた。

 しかも腰には日本刀やジャックナイフ。

 背中には弓矢や猟銃などをたずさえていた。

 なのにその表情はみな明るく、期待にあふれた顔でおどおどしていた。

 みな校舎の方をちらちらと伺っている。


 校舎は月の光を受けて白くぼんやりと光っていたが窓から内側をのぞくことはできなかった。

 まるで黒い厚紙を張り巡らしたかのように真っ暗で奥は見えない。

 でも月あかりに照らされる白いもやのような人影ならいくつもみえる。

 それに校舎からは絶えず悲鳴や怒鳴り声が聞こえてくるのだ。

 少しも動かない人影が上げているようには思えない。

 ただじっと宴会をしている連中を恨めしそうに睨みつけているのだった。


 ふと、後ろを振り返ってみると、そこには近代的な道路がはしって、遠くまで広がる田んぼと数本の電灯の明かりが見えた。10センチ先も見えないような森の奥には巨大なビルが建っていた。

 建物の様子を伺っていると、茂みの中からタヌキがじっとこちらを見ている。

 そのそばには『私有地に付き立ち入りを禁ず』と赤いペンキの看板が立っていて、広い空き地が見えた。そこにはマネキンの首をつけたかかしが何本もならんでじっとしていた。


景色はすべて同じ方向から見えていた。

ぐるぐると、まるで学校の教師が卒業式なんかで作る安っぽいスクロールムービーのように『校舎から見た風景』が数秒おきにかわるがわる見えるのである。

 唯一、そばにあるプールだけは変わっていない。


 だのに飲み会をしている誰一人も怖がる様子は無かった。

 それどころかそんな景色と薄気味悪い校舎に爆笑していた。

 これなら幽霊だって恨めしくもなるだろう。


 しばらくすると、朝礼台の上に、まるで影からすべり出てくるように初老の男性が現れた。

 白髪に白い口ひげを生やした人のよさそうな紳士。

 グリーンの紳士服と帽子にマリンブルーのネクタイとブラウンの靴を合わせている。

 どれもシンプルなつくりで、亀の甲羅のネクタイピンをつけていた。

 しばらく、紳士は何も話さずにじっと彼らを見つめていた。

 その視線はとても優しく、穏やかなものだった。

 彼らは紳士に気がつくとお互いに黙るように促して、紳士が話し始めるのを大人しく待った。

 周りが静かになると、紳士はさも満足そうににっこりと笑って話し始めた。

「お心遣い、ありがとう。みなさんは怖いものは大丈夫ですかな。今日相手をしていただく幽霊のみなさんは一見すれば怖いものですが、それは皆さんの持つ能力とたいした違いは無いのです。むしろ、怖がれば怖がるほどに危険なものなのです。たとえば、暗い夜道が怖いからといって、目をつぶって歩いたら危ないのとおんなじことなのです。みなさんには勇気を持って彼らを助けてあげていただきたい。もちろん、タダでとは言いません。みなさんの活躍に応じて、正当なお礼を差し上げたいと考えております」

 大衆にうやうやしく語りかける紳士はそこまで言い終わると懐から懐中時計を取り出す。

 外蓋には亀の甲羅がきれいにあしらわれていた。

「もうすぐ校舎と同じ時刻になります。わたくしが合図しますので、よろしいですかな。フェアプレイの精神を持っていただきたい。ヨーイ、ドンッといったら――」


 突然、集団の中にいた一人がいきおいよく飛び出した。

 肩からボルトのような型のハンマーを取り上げると朝礼台の方へと駆け出した。

 紳士はわずかに体を右に倒しただけで、驚いた様子はない。

 彼は朝礼台のヘリでさらに跳躍をすると紳士の真後ろにいた人影に向かってハンマーを振り下ろした。

 六角頭のハンマーは人影の顔面を激しくへこませたが、さらに降り抜いて首を吹っ飛ばした。ひるがえって残った首から下を台のしたになぎ倒す。

 周囲に黒いねばねばした液体を撒き散らせながら、生首と胴体が朝礼台から転げ落ちた。

 しばらくするとどろりとした黒いヘドロのようになって溶けてしまった。

 人影の頭を軽々と粉砕して見せた彼は頭のてっぺんから太ももまでをローブで隠し、顔のところには大小の釘がびっしりと打ちつけられた木目のマスクをかぶっていた。

 周りがしんと静まり返る。

 紳士は無表情でスーツにヘドロが飛んでいないかだけ確認して、何も付いていないとわかるとじっと彼の様子をうかがった。

「あぶなかったね! おじいさん、後もう少しでそこで気持ち悪いくらいとろけてるおっさんの餌食になってたよ。気をつけなくちゃね」

 背丈は160センチほど、声変わりしていない張りのある子供の声で元気ハツラツといった感じ。

 彼をいちべつすると、紳士はにっこりと微笑んだ。

「知っていましたとも、あなたはまだ動いてはいけな……」

「え~、うそだぁ! なら早く言ってよ! 分かり辛いよ! 開催責任者がいなくなったら大変だ! って気を使ったのに」

「えぇ、ですからあなたのような人がいることをもう少し配慮しておくべ……」

「え? こっちが悪いの? え~~~! そりゃ結果としては、うん、こっちが悪いのかも知れないけどさぁ」

「えぇ、ですからおたが……」

「それにさぁ、わざとらしく「ヨーイ、ドンッ」って言ってたじゃん! 言ってたよねぇ、みんなも聞いてたよねぇ!」

 よほど気まずかったのだろう。

 無理に明るく振りまくあたりが中二病をこじらせたガキっぽかった。

 なのでみな生暖かい目で見守ることにした。

「あ、あー、もういいや、おじいさん、すいませんでした。さ、謝ったからさ、もう戻るよ。話の腰折ってごめんなさい」

 言い終わると偉そうに台から飛び降りようとしたが彼の体は飛び降りようと腰を落とした姿勢でピタッと止まった。その後ろでは紳士がじっと彼を睨みつけていた。

「え、なんか、体動かないんだけどさ……」

「私が止めたんですよ。30分、そこで正座をしていなさい」

 彼の体はくるりと反転すると紳士の方に向かって正座した。

 本人が絶対に知るはずもないであろう正座の所作を美しくも完璧にこなしてみせたのだった。

「え、なんでなんで! なんでぇ!」

「では、ヨ~~イ、ドンッ!」

 掛け声とともに集団は咆哮を上げながら校舎に文字通り飛び跳ねていった。何人かが朝礼台の前で立ち止まると「ドンマイ」やら「バーカ」などとあっかんベーしたりして声をかけていった。


 彼らは校舎へと続く階段を大人しくは昇らない。

 彼らは一階の入り口や窓から大人しく入らない。

 ちょうどよい目印も立っているのだ。


 30段はある階段を軽々と跳び、猟銃やハンマーを取り出し、2階、3階の窓をけり破って建物の中に飛び込んでいった。

 そして、にんまりと笑った彼らは日本刀や猟銃をうならせる訳だ。


 校舎の中からさっきとは別の意味の悲鳴が聞こえてきた。

 すっかり周りに人がいなくなり、焦りと恐怖からくる絶叫が聞こえ始めた。もちろん校舎に乗り込んだ誰一人、まだ声を荒げてもいなかった。

 ただ一人、反省中の彼を除いて。

「30分もしたら獲物が全部とられちゃうよぉ~!」

「運がありませんでしたな。わたくしも付き合いますから大人しくしていなさい」

 といいつつ、紳士はどこから取り出したのかパイプいすを置いて腰掛けるとふところから一冊の少女コミックを取り出してしれっと読み始めた。

「あ、それ『ルクス・エンゼル』の最新刊! 私にも見せて! 読み終わったらでいいから!」

「………ふっ」

 紳士はあきれたように鼻でため息をつくと「いつの時代も、あなたのような者が一人はいるものですなぁ」と聞こえない程度の小声でつぶやいた。

 その顔はどこかうれしそうであった。


 20分もすると校舎は物を壊す音以外は聞こえてこなくなった。

 教室の机とイスはことごとく壊され、窓ガラスはまだある所を探すほうが難しく、校舎のいたるところから炎が上がっていた。

 校内のいたるところは黒いヘドロの血だまりで汚れている。

 校舎中に響きわたっていた悲鳴はもう聞こえてはこない。かわりに大勢のお互いをたたえあう笑い声が聞こえてくる。

 残された力の無い幽霊達は教室の隅やロッカーの中、机の下で小刻みに震えていた。

 それを見つけた人間の反応はとても気まずそうに、あるいは嬉々としてなるべく苦しまないように止めを刺すのだ。

 たかだか死んだ程度、人間と幽霊にどれほどの違いがあるのか。

 だからといって殺さず助けてやる方法は知らないので仕方が無い。


「おかしい」

「なにがです?」

 ポツリと紳士がこぼした声を正座の彼は聞き逃さなかった。

「幽霊が弱すぎる」

「それはつまらない。でもケガ人が出ないことはいいことじゃないですか? あ、次のページめくってください」

 彼はもうすっかり活躍することをあきらめているようで紳士に漫画を見せてもらっていた。

 納得がいかない様子の紳士は、はっとして時計台の文字盤を睨んだ。

 とてもゆっくりとだが僅かに長針が右に動いていて、今では12時4分を差していた。一階から屋上まで使って暴れまわる彼らの興味はまったく時計台には向いていなかったのだ。

 そのときの紳士はまるでいたずらを思いついた子供のようににやりと笑った。

 確かに、校内の幽霊は一掃されていた。

 唯一、特殊な棒状のフックを使ってでないとおろせない時計台の機械室を除いては。

「ねぇ~、じらさないでさぁ、はやくめくってよぉ!」

「……なんですか? もう一度よろしいですかな」


               目


 その日は校舎の時計台が整備される最後の日だった。

 下校時刻を過ぎたころ、整備員たちは特殊な棒状のフックを使って天上から階段を引き降ろす。

 機械室は普段あまり手入れされていないのでほこりっぽく不気味ではあったが、木造のために外から細い光の線が差し込む。歯車が寸分の狂い無く活動している姿は子供達のかけがえの無い時を刻んでいるのだと思うと、なんだか畏怖の念すら覚えてしまいそうになる。

 数時間かけて整備員たちはすっかり点検を終えて荷物を整えるとさっさと降りていった。


 そこに一人の子供が潜んでいたとは知らずに。


 大人がいなくなった後、子供は存分に機械室を楽しむと、自分がどれほど愚かなことをしたのかを痛感した。

 まだ7才の男の子に降ろし梯子を逆からあけることなどできるはずも無い。

 泣き叫び、床をヒステリックに何度も叩きながら必死で助けを求めた。

 しかし整備員たちが帰ったあと、2時間ほど見回りは来なかったのだ。

 もし、次の日の朝にも同じことができていれば、男の子はきっと助かっただろう。

 巻き上げられたほこりがよくなかったのだ。

 ほんの一時間で男の子の肺はほこりにまみれになって呼吸することもできなくなっていた。

 それに熱も出てきてぱたりと倒れてしまった。

 かすれていく意識の中で、男の子は最後に怒ると怖い優しい母の姿と怒ると怖い優しい父の姿を見た。

 次に浮かんだのは3人分の夕飯が置かれたテーブルを前に泣いている両親の姿だった。

 帰らなきゃ、帰らなきゃ、そう何度も念じたところでもう男の子は助からない。

 最後にこれから自分のせいで苦しみ続けるだろう家族をしのんで泣いた。


           目


 開始からすでに30分が経過しようとしていた。

 校舎の隅々をどれほど探しても一人の幽霊も見つからない。

 しかし紳士からの招集がかからないということはまだ退治しきれていないものがいるということになるのだ。

 いくつかの集団はすでに探すのをあきらめ、倒した数から賞金を逆算しようとしていたり、職員室や図書室から無傷の本を持ってきて読んだり、また酒にありついている者もいた。

 しかし中には廊下を走り回るものもいた。

 倒した数に納得がいっていない連中だ。


 この狩猟ゲームにはしっかりと現ナマが用意されている。

 程度の低い相手でも倒せば何百円かにはなるし、中には万を超える大物もいる。

 活躍しだいでは監督役から『称号』が与えられ、現ナマも支給さる。

 最も敵を倒せたり、仲間を助けたり、影ながら貢献した者には別途、現ナマがあたえられる。

 そして賞金はこの『幻の世界』から『現実社会』に換金することができるのだ。

 つまり現ナマとは現金である。(ちなみに同じ意味の言葉だよ)

 そういった称号の一つとしてよく話題にされるのが『探偵』である。

 今回のように見つかりにくい、もしくは見落とした敵をしとめたり、隠れたBOSSを見つけたりするともらえる物で、経過時間や重要性によっては2~30万ほど支給されることもある。


 ロバが目の前に吊り下げられたニンジンめがけてモウレツに走るように、今彼らは現ナマを目の前にしてモウレツに走ているのだ。


 三階中央にある階段の踊り場で高校生くらいの男女が眉をひそめて話し合っていた。

 みな『探偵』になりたくて必死の様子だった。

「ねぇ、もう幽霊はいないはずよね」

「でも止められないってことはまだどっかに隠れてるんだろ?」

「プールのポンプ室は?」

「まっさきに狙われてた。ほら、ヨーイドンのとき」

「体育館の屋根裏とか床下とか」

「めっちゃ爆破されてたからそれは無いっしょ」

 ちなみに、プールも体育館もすでに半壊している。

 鼻でため息をつく彼らをよそに、中学生くらいの女の子がふと天井を見上げる。

「ねぇ、あそこ、変じゃない?」

「え? 変ってどこが」

「ほら、あそこの白いところ、扉に見えませんか?」

 女の子が指差した所にはくもの巣のようなものがびっしりと覆っているが確かに四角く縁取られた扉のようなものが見えた。

「この上は確か、時計台になってたよな」

「てことは時計台の中だ!」

 みんなは大喜びで女の子をほめた。

 ただでさえ幽霊の数が少なく、それほど強くもないためにほとんどの幽霊が見つけたのと同時に狩られてしまう。だがまったく手付かずならボーナス込みで丸々自分達の物にできるということでもある。

 さっそく女の子は腰から下げたトマホークを構えると3回手首で回した。

「三本でいけますかね」

「念のため五本くらいいったら」

 うなずいてもう2回手首でまわし、勢いつけて扉に向かって投げた。するとトマホークは空中で5本に分裂して見事に扉を粉砕して見せた。女の子が手を伸ばすと元通り一本にまとまって手のひらにおさまった。

 ビクッと女の子が真っ赤になってこわばる。

 トマホークには()()()()()()()()が粘っこくくっついていた。

(そ、そういう敵もいてくれるのかしら)ドキドキ

 ゴクリと生唾を飲みこむ思春期には気づかずに各々が武器を取り出す。

「よし、さっそくいくか!」

 ところが、掛け声が上がるのと同時に大学生くらいの男が突然飛び込んでいった。

 あっけにとられる中、後ろからついてきた3人の男達が申し訳なさそうにお辞儀をすると彼に続いて飛び込んでいく。

「……はっ! はあ!? ふっざけんなよあいつら! ほら行くぞ!」

 あわてて追いかける仲間をよそに、幸運にもほうけていた女の子一人が取り残される。


 機械室の中は薄暗かったが月明かりで部屋の中に何があるのかはなんとなく見えた。白い大きな糸の塊が時計の秒針へとつながる歯車を軸にして山になっている。

 ところどころに大小のでこぼこがある。それはよく見ると脈動していた。

「サナギだ、これきっと虫のサナギだよ」

 かなり引き気味の周囲をよそに、真っ先に飛び込んだ男が一歩前に出る。

「サナギなら話がはぇえや、まとめて消し炭にしてやりゃいい」

 男は腰から下げた水筒の中身を口いっぱいに含むと右腕の袖をまくった。

 力強く握り締めると彼の手は熱した金属のようにオレンジ色に輝き、一気に燃え上がった。

 彼はその手に向かって含んだ液体を霧状にして噴出した。

 とたんに髪の毛が燃えたような硫黄臭いにおいが一面に広がった。

 それだけならまだ良かった。

 サナギは下の部分だけが良く燃えている。つまり上にいくほど無事なサナギがあって、暖められているということである。

 ぷちり、ぷちりとサナギが焼かれる音とは明らかに違う音が聞こえはじめた。


 主成分がたんぱく質の糸が燃える速度はとても速いが、()()()()()()()


『ギャアァアァァアギギギギギアアアァァギィアァアア!!』


 天井に向かってサナギの中身がわらわらと出てくる。

 その細かすぎる動き、何百という足音に加えての強烈な子供の泣き声のような悲鳴は一同の背筋をこわばらせた。


 カチリと時計の針が動いた直後だった。

 いまわのきわの阿鼻叫喚。

 恐怖にゆがんだ悲鳴が声が校舎の外まで聞こえてきた。

 校庭ののんべえは跳ね起き、校舎に残っていた『探偵』めあてたちはおどろいて校庭に逃げ出していった。

 時計台は勢い良く燃え上がり、真下にある3階の窓からは無数の白い点があふれ出てきた。

「あれってもしかして、虫?」

「うげぇ、今回の隠しボスってゲテモノかよ!」

「ぅああああ! あたしパス! 死ぬ! 見たら死ぬ!」

「物好きにふっとこうぜ、俺らも今回は1抜けだな」

 虫ジャンルに挑もうとする物好きはほとんどいない。

 ましてや建物をひしめくその数は百は軽く超えていた。

 しかも人間の子供と同じくらいの大きさと見える。

「注目! 全員注目! 皆さんよく聴きなさい!」

 紳士がりりしくも風格のある声で叫ぶと一同はピタリと話すのをやめた。

 紳士は大きく手を広げ、一回大きく拍手をした。

 すると空と地面に10の頂点を持つ星印が現れる。

 校舎全体が月のように蒼く輝くと外にあふれ出た虫たちは悲鳴を上げながら校内へと逃げていった。

「皆さんよろしいですか! あの妖怪をこれから屋上へと誘導します! 皆さん力をあわせてあれを撃退していただきたい! ただし! 親玉は生け捕りにしていただきたい!」

 それで「はい、分かりました」という人間がいるだろうか。


「なお! 一体につき、1万円とします!」


 その言葉を聴いて集団の半分以上が飛び出した。

 遅れて数名が飛び出す。

 1匹1万、5匹で5万、10匹倒せば10万円。

 ちなみに、通常の敵は100~1000円ほどにしかならない。強敵でも1万円行けばいいほうである。

 1匹1万円は破格だ。出資者はよほど金を持っている。

 人間が最低限の生活に必要な10万円を秒単位で稼げるのとなれば動かないほうがどうかしているともいえるだろう。金さえあればたいていは何とかなる。

 もちろん、生理的に不可能な面子は動かない。


 しかし彼は別だった用だ。

「おじいさん! ねぇおじさん!」

「ふぅ、すいませんね、大声出したから、ちょっと待ってくださいね」

「落ち着いたら教えて! 私もう動いていいの?」

 一呼吸おいて懐から懐中時計を取り出すと、確かにもう30分を過ぎていた。

 紳士が時計をパタンと閉じるのと同時にこれまた見事な所作で彼は立ち上がった。

「やっつけてもいい?」

「えぇ、よろしくお願いします」

 嬉々として飛び出そうとしたが、彼はまたピタリと止まると紳士に向きなおった。

「ねぇねぇおじさま? 10分であいつら倒すからオプションつけてくれないかしら?」

「ふぅむ、あなたはそれほど強いのですかな?」

「おじいさん、私の強さには信頼していいんだよ」

 そういうと肩からハンマーを下ろして先端を手で叩いて見せた。六芒星が刻まれている。

 だからどうしたというのか。

「そうですか、それなら・・・」

 そういうと紳士は考え始めた。

「大丈夫、()()()()助けるから」

 唐突に彼? の口から出た言葉に紳士は耳を疑うようにじっと見つめる。

「あなた、なぜあれが子供だと、しかも一人と、()()()だと分かるのですかな?」

「ん? なんとなく、それに被害者って凶暴になった幽霊もでしょ? 変なの」

「……分かりました。お任せします。オプションとして本体を見分けるための目と範囲攻撃ができるようになる加護をさしあげましょう」

「やった! ありがとうおじさま!」

「では、お面をはずしていただけますかな」

「はいはーい、ちょっとまってねぇ、ベルトが、おっ、あれ」

 フードをはずと栗色のボブカットが見えた。

 後頭部で止めたベルトをはずしてお面を床に置いた。


 端整な顔、つやのあるくちびる、目は大きく眉毛が若干ふとい。前髪は短く小さな額をあらわにしていた。まだあどけなさが残るかわいらしい少女、と言いたいところだがそのくちびるはにんまりとつりあがって、悪ガキのようにニヤリときれいな歯並びを見せ付けた。


「では目を閉じてください」

 紳士は最初から気がついていたようで驚くでもなく、両の人差し指を彼女のまぶたに置いて、瞬きを一度とてもゆっくりとしてから指を下ろした。

 するとすぅっと彼女のほほに涙が流れる。涙がぽろぽろあふれてくる。

 次に紳士は彼女と固い握手を交わした。

 するとつないだ腕からはっきりとした熱が伝わり、血の流れにそって全身があったかくなる。まるで長時間ストーブの前にい続けたようにボーっとしためまいを感じた。

「はい、できましたよ。あぁ、涙は拭いてはだめです。では校舎を見てください。何が見えますかな」

「校舎を真っ青な霧が包んでる。霧の中にもっと青い点みたいなのがいくつも見えるよ」

「それが敵です」

「時計台の近くにある奴はほかのより一回り大きいね」

「それが親玉です。親玉を無力化することで小さい敵は弱まるでしょう」

「よし! なら親玉は最後にしよう! そうだおじいさん、私あれを10分で倒すから! おじさん時計持ってたでしょ? カウントしててくれない?」

「なら賭けにしませんか」

「へ? 賭け?」

「あなたが制限時間以内に倒しきれなかった場合には、わたくしの要求にしたがっていただきたいのです。そのかわり、制限時間は20分に延長しましょう」

 少女は急にげっそりとした顔で紳士を見た。

 男性特有の願望なら何もしないで酒を飲んでいようと考えている。

「へぇ。どんな?」

「しばらくのあいだ私が用意したお面をつけるというのは?」

 ぱっと少女の表情が明るくなった。

「なんだ! それならいいや! おじいさん、ありがとう! 20分だよね!」

 そういうと少女は元気良く校舎に跳ねて行った。

 これまでの数々の非道な無礼に一切声を荒げないで、目的のために紳士であり続ける彼にその場に残った誰もが尊敬と哀れみのまなざしを向けていた。

(いい人材が見つかってよかった。さてと、あの子のおいていったお面から採寸でもしておきますかな)

 誰も気がつかなかったが、また紳士は顔にいたずらっ子の笑みを浮かべていた。

 ハンマーを小脇に抱えて少女はいっきに駆け出すと校舎へと続く階段を軽やかに飛び越えていった。

「ちょおおおりゃああああ!」

 校舎のやや手前で力強く3階めがけて跳躍する。

 するとハンマーに青白い炎がまとわりついた。

 そのままハンマーの先端をスタンプのようにして3階の壁に突きたてた。

 壁の裏にいる敵を狙ってのことだったのだが、炎は壁から廊下を伝ってすーっと、まるでこぼれた水のように廊下にひろがった。

 次の瞬間、炎は激しく燃え上がり3階にいる虫を巻き込みながら派手に爆発した。

 しばらく壁にぶら下がって呆然としていた少女はキッと校庭を睨むと忌々しげに叫んだ。

「こんなの反則じゃん! つまんない!」

 紳士はけらけらと笑っていた。

 まさかこれほどの威力になるとは思っていなかったのだろう。

「あなたの力がそのまま倍になっているんですよ! すごいですね!」

「………それなら、しかたないね」

 にやけ顔のまま少女は仕方ないね、仕方ないねと連呼しながら壁をぶち破って三階に飛び乗った。

 飛び乗ったところでおびえきった高校生くらいの女の子と目が合う。

 女の子があと数センチこちらに寄っていたら壁と一緒にぶち破っていたところだ。

 どうやら先ほどの炎は人間には幽霊にしか聞かないらしい。便利だね。


 今にも泣き出しそうな女の子の手にはトマホークがしっかりと握られていて、その背後には高校生くらいの男女が数人たおれていた。着ている服はボロボロに破れ、体中に切り傷や噛み跡がある。

(うわぁ、確かここって青い点が群がってた場所じゃん。てことはこの子一人で粘ってたのか。スゲェな。いや、火事場のくそ力ってとこかなぁ)

 見渡すと鋭利な刃物で引きちぎられたり引き裂かれたりした虫どもが壁や床にヘドロのようにへばりついていた。

 哀れむような目をしてくわばらくわばらと胸中で唱える。


 しかし女の子はまったく違う目で見ていた。

(た、たすかったぁ。この子が助けてくれたの? すごい、でもなんで、なんでこの子、こんなに悲しそうに泣いてるの? もしかして、この子達のために?)

 女の子の視線をシカトして少女は周囲を確認する。

 校舎の屋上は時計台をはさんで左右に分かれている。

 大きな点は左側の屋上にいる。

 右側の屋上には30匹ほどまだ青い点が見えた。真上にある時計台にはまだ10匹ほど。どうやら賞金目当ての連中が頑張っているようで右側は少しずつ減っている。

 時計台からは『バリボリ』と骨を、『ニチャニチャ』と肉をあじわう音が聞こえてくる。

(親玉は左側の屋上か。本当なら右の敵をなぎ払ってから時計台をぶち破って一網打尽が良かったんだけど、うん。独り占めはやっぱりよくないか)

 ここでの収入がそのまま現実の生活に直結するという連中も珍しくは無いことを少女は知っていた。

 ふと、少女の頭にちょっとした好奇心が浮かぶ。

「ねぇ、お姉さんは何匹くらい倒せたの?」

 女の子はまだ見とれていた。

「ねぇ、シカトすんなや、ねぇってば」

「え? あの、数ですか? えーっと、たしか8匹くらいかな」

「へぇ、やるじゃん」

「あ、ありがとう、ござい、ます?」

「ところでさ、上で食われてるのってお姉さんの仲間?」

「いえ、多分、横取りしようとして先に突入した大学生たちだと思います」

「そっか、なら気にしないでいいね」

 言うが早いか、彼女は真っ赤に燃える時計台の方へと飛び乗った。


 猛烈な焦げる臭いと熱気が一面を埋め尽くしていた。その一角、まだ火が届いていないすみっこで白い塊がお食事をしていた。

 こちらにはまだ気がついていない。

 ありのような体には灰色の体毛が生え、6本の足のさきは小さな人間の手になっている。幼い男の子のような頭をしているがその口には骨を砕き肉を引きちぎるための強靭なあごがそなわっていた。

「うわぁ。人のもん横取りしようなんてするからばちが、ってくっさ! くっさ!」

 と言いつつ、大きくハンマーを振りかぶる。

 その背後から一匹の虫が近づいてくる。音を立てないようにそろりそろりと。


「あたしさぁ、ありきたりなB級作品の展開見せられるのって脳みそシャットダウンされるみたいで死ぬほどムカつくのよ。だからさぁ!」


 ハンマーを振りかぶってホームランを打つように一気に後ろの虫めがけて振りきる。虫は頭をはじけさせながら歯車を巻き込んで吹っ飛ぶ。

 猛烈な音に食事をやめた虫たちが振り返る。

 そこには涙を流しながら、口を耳まで裂けあがらせた少女が笑っていた。


「逝ねや」


 彼女は、虫が食べていた大学生たちごと叩き潰し、なぎ払い、踏み荒らしながら虫を蹴散らしていく。その目には足元の亡骸など映ってはいないのだろう。

 だがハデに暴れれば当然回りは壊れる。

 案の定、時計台は崩れる寸前のようで悲鳴を上げていた。少女はもう虫がいないことを確認すると所々欠けた大学生たちを3階に蹴り落とした。

 丁度下で見ていた女の子がギャアッ! と悲鳴を上げた。

「あ、ごめーん! そいつらもついでに治してあげて」

「ひぃぃぃ、わ、わかりましたぁ」

「よし、これでお互いに救助ボーナス追加ね!」

 活き活きと燃え盛る火の中でかわいらしくサムズアップする彼女に顔を引きつらせて女の子もサムズアップ。

「さぁてと、人命救助もできたし! あとはあの子を助けるだけか!」

 そういうや否や壁を突き破って右側に出るアホな少女。

 ちゃんと目を凝らしなさいよ。

 そこでは大勢の人だかりが10体ほどの虫に苦戦していた。要領悪く、程度の低い攻撃を繰り返したのだろう。瀕死の生き物の悪あがきほど手間のかかるものは無い。

「あっちゃー、反対だったわ」

 戻ろうと振り返ったが、まさに時計台の屋根が落ちてきたところで通り抜けられたとしても命にかかわる重大なやけどを負うかもしれない。

 普通なら右端にある階段から3階に下りて左端の階段から屋上に出るのが当然だろう。

 だがそれだと20分ではすまなくなる。

「あ、もしかしたら吹っ飛ばせるかな? 校庭と反対の方はっと」

 半歩下がるともう一度ハンマーを振りかっぶって思い切り校庭とは反対のほうへとなぎ払った。すると薄みどり色の炎がハンマーの先端に灯る。

「せいやああああああ!」

 それは振りぬけた瞬間、巨大な緑色の風圧の大砲となって燃え盛る時計台を巻き込みながら背景に向かってぶっ飛んだ。

しばらくすると残骸は見えない壁にぶつかって校門の前に落ちていった。

 彼女のはなった一撃は床を僅かに残す程度に3階の天井をむき出しにした。

「うしっ! なんとかなった!」

 後ろで血眼になって戦っていた連中も、虫も、あまりの出来事にあんぐりと口をあけていた。

「あ、そいつらあげるから、みんな頑張ってね。でもボスは頂戴ね」

 振り向いた美女の満面の笑みは見るものの心を打つものがあった。

 しかしその目からすぅっと涙がこぼれる。

 彼女は涙をぬぐおうともせずに悠々と向かいの屋上へと歩いていくのだが、それを見た連中は激しく、情熱的にときめいたのだ。

(その目にあふれる涙は、一体誰のために泣いているのか)

 俺? 僕? あたし? ギィ?

 女の美しい涙にコロッとだまされた連中はそのあと、モウレツに強さを発揮した。


 左側の屋上は凄惨なありさまだった。

 無数の死体が転がる中で唯一、巨大なカマキリだけが仁王立ちしていた。

 巨大な複眼に耳元まで裂けた人間の口。首から胴体は人間で大きく腫れ上がった両手からは骨がむき出しになった指。人差し指、中指、薬指の骨は一つにまとまって巨大な釣り張りのようになっている。下半身は蟻の腹に6本の足。背中には二枚の黒い羽がついている。

 少女は優しく微笑んだ。

「へぇ、あんたは食べないんだ? えらいね。言葉は話せる?」

『・・・・・・ゥ、ウググィィイイイィィ、ア、アアィィィイイイ』

「そっか。分かった。もう大丈夫だからね、お姉ちゃんが悪い汚れ全部落としてあげるから」

『ゥ、ゥゥゥウウウアアアァァァ・・・・・・ガェ、リィタァァァ。ガェェエエエ』

「うん、大丈夫、一緒に帰ろう」

『ィ、ィタァァァ。アアアアアアアアアアアア!』

「帰ろう、一緒に」

『ィエテェエエエエ、ニゲエエェェエエテエエエ!』

「大丈夫! お姉ちゃんは強いから!」

 カマキリは悲鳴を上げながら右腕を振り下ろす。

 彼女は容赦なくハンマーでその腕をへし折った。

 だらりと垂れた右腕を駆け上がり右肩で跳躍する。そのまま一気に虫の下半身めがけてハンマーを突き落とした。

「六天! STAMP!」

 青い炎が一本の光になって虫の下半身をけし飛ばした。

 着地すると同時に大きく回転して遠心力を込めた一撃を背中に叩き込む。

 乾燥したハネと背骨が大げさな音を立ててへし折れる。

 カマキリは声も上げることなく顔面から床に突っ伏した。

「よく、我慢したね」

「一方的に倒しただけじゃないですかああ!」

 声のしたほうを見るとさっき助けた女の子がいた。どうやら階段を使わずに壁を這い上がってきたらしく、屋上のフェンスに登っている。

「お、はやーい。それって能力?」

「え、ま、まぁ。仲間の意識が戻って任せられると思ったから来たんです。心配で・・・。てかさっきの会話から助けるのかと思ったらメッタ殺しじゃないですか! さっきの大丈夫は何なんですか!」

「心配してくれたんだ。ま、要らなかった分けだけど、気持ちは嬉しい。ありがと。てか、ホントはそういうキャラなんだね、あたしそっちのほうが好きだなぁ」

 と、天真爛漫な涙の笑顔で答える。

破壊力は絶大だ。

「え! は、はぃ。ぁりがとうございます」

 彼女は倒れたカマキリをじっと見つめると、フェンスから降りてきた女の子につかつか歩み寄っていった。

「あ~。あったよ一個! 助けてもらえること!」

「は、はいっ! 何でも言ってください!」

「トマホーク貸して」

「え? はい、いいですけど・・・・・・。っ!」

 瞬間、女の子の背筋にゾワリとしたものがこみ上げた。一連の流れから最悪の状況が浮かび上がる。でも、もしかしてと頭で浮かべるよりも先に、女の子は口を開いてしまった。

 おそらくは予測通りの答えを聞く質問を。

()()()使うんですか?」

「あの子を()()()()()する為に決まってんじゃん」

 と、親指で後ろのカマキリを指す。

「なんで、もう終わったじゃないですか!」

「まだ終わってない。あいつをおじいさんの所まで運ばなきゃ」

 でも今のままでは重い。

だからいらないところを切り取って捨てる。

 理屈としては理解できる。だがそんな考えは人間ではない。ケダモノの発想だ。

純粋で無邪気な精神が良心やヒューマニズムを殺している。

だが一つの生き方として筋が通っている。手間をはぶくという点では大変に現実的で常識的な考え方で実際に存在する。無駄な者に情けをかけて死にかける者も多いのだから当然だ。

他人にするならゆるせる話だ。

「あの、一緒に運んでいきませんか?」

「何で?」

「・・・・・・、切断面から万が一にも止血死する可能性があるじゃないですか。面倒なのは分かりますけど、確実なほうで行きましょうよ」

 少女はしばらく悩むと左側の屋上に目をやる。残る点はあと3つ。

「おじいさあん! あと何分!」

「あと8分ですな!」

「うーん、ま、それなら間に合うかな。手伝ってよ、はぁ、10分でいけると思ったんだけどなぁ」

 女の子はほっと胸をなでおろした。

 だが、生まれて初めて人を説得した達成感と目の前の強烈サイコ美人に出会えたことにドキドキしていた。


「おめでとうございます、と、言いたいところですが。間に合いませんでしたな」

 紳士の一言に唖然として抱えていたカマキリの腰を地面に落としてしまう。

「もうちょっと優しく扱いましょうよ! ホントに死んじゃいますよ!」

 女の子の文句は少女の耳に入らない。

「なんで! ちゃんと時間内につれてきたじゃん!」

 スッと紳士は校舎を指差した。

 今まさに左側の戦いが終わったところだった。

「31分38秒。残念でしたな」

「あれは・・・、あれは、あげたんだよ。一万円だし、独り占めは・・・・・・」

 言っている最中に自分が理不尽なことを言っていると痛感した。

 紳士はあきれたように笑って見せた。

「あなたは、人から任される、人に任せるということの『重み』をまったく学べていない。ワンマンな考え方は間違いではないのです。ただ、こういう場合の後ろ盾が誰もいないことを理解していなければいけなかった。さもないと、わたくしのように悪い大人につかまってしまいますからな」

「・・・・・・・・・、すいません」

「はい。あなたは自分が悪いと思ったことにはきちんと謝れる子だと思っていましたよ」

 紳士と女の子の周りに人だかりができはじめる。

 みな、突然現れ、泣きながら説教を受ける彼女のことが知りたい様子だった。

 そんな彼女に紳士があるものを差し出す。

「あ、おじいさん、私のお面持っててくれたんだ、ありがとね」

 紳士はにこやかに釘バットのようなお面を彼女に手渡した。

『えぇええぇええええ!? お前かよ!』 『あいつ、ぅぉおんなだったのかあああああああ!』 『結婚してくれえええ!』

 周囲の絶叫に軽く引き気味に少女は笑って見せた。

「さて、あなたの罰ですがな。もう決まっております」

「・・・・・・はい」

 騒ぎがピタリと止まる、固唾をのむ大衆。男連中の頭には『いやらしいお願いしやがったら紳士でも殺す』とはっきり書かれていた。

 ふと、紳士の足元に先ほどまで無かった小さなトランクが現れる。真っ白な布地。取っ手やコーナーパッドの金属は桜色に輝き、側面には桜色のウサギの顔があしらわれている。

「あなたの名前と功績をおおやけに晒させて頂きます。これを機にしっかりと学んで、立派な勇士であってくださいね」

 そういって開かれたトランクの中にはほんのりとほほと耳の先を桜色に染めた純白のウサギのお面が入っていた。お面の表面は触れると毛皮のようにふさふさとしていて、目は大きく、黒いレンズで覆われている。口元から下は食事ができるように覆わないようになっていた。

「えぇ! 個人情報朗詠だ! 重すぎる!」

 少女の当然の訴えになんと周囲が反論した。

「ばっか! お前ホントにばっかじゃねーか!」

「このワカツクニでの最高の称号! 十二支のお面がもらえたんだぞ!」

「すげぇ! 戴冠式だ! マジであったんだな!」

「ちょっとかぶって見せてよ!」

「好きだああ! つきあってくれええ!」

「きゃー! こっち向いてー! 一緒に写真とってー!」

 周囲の絶叫を受け、少女は第一声に・・・・・・。


「それに、このお面可愛くない。怖い系じゃん。しかもあたしいのしし年だし。でもウサギさんは好きだから、どうせならもっと可愛いお面にして?」


「ふ、はっはっはっはっは! 失礼、いやはや、ふ、ふはは、はっはっはっはっは!」

 口にコブシを当てて笑う紳士。見事なまでの紳士。

 しかし。周囲はとうとう爆発した。

『お前! マジでおじいさんに謝れやあああああああああ!』

「さっき謝ったじゃん」


 紳士はカマキリの額に手を置くと優しく何かを語りかけた。

 するとカマキリの胴体が透けて中から6歳くらいの男の子が浮き上がってくる。紳士はその子供を起こしてやると口ずさんだ。

「さぁ、おうちに帰ろう」

「うん!」

 男の子はボロボロと涙をこぼして答えた。ふと少女に気づいて泣きながら駆け寄る。

「お姉ちゃん! 助けてくれてありがとうございました!」

「いいのいいの、君が一番頑張ったんだからね。痛かったでしょ? 荒っぽくてごめんね」

「ううん! ぼく男の子だよ! 我慢できたよ!」

 よしよしと頭をなでてやる少女を見て紳士はにっこりと微笑んだ。


「いやぁ、やったら強い奴が一匹いてさ。手間取っちまった」

 ポイントの精算もすんで、みんなは時間つぶしに談笑したり少女と写真をとったりしていた。ちなみに数人が告白したが見事に玉砕して言った。

 紳士は男の子を連れてすでに退場したあとで、彼らは夢から覚めるのを待っていた。

 少女のそばに女の子が意を決したような顔で駆け寄ってくる。

「ん? どうしたの? お友達はいいの?」

「はい、彼らとはワカツクニで知り合った仲で、連絡先も交換してありますから」

「そ。で? どうしたのよ」

「あの! 良かったら私とまた遊んでくれますか!」

「ん? いいよ」

「い、いいんですか!」

「うん、ってかさ、あんた何ってんの? 名前なんていうの?」

「あ、はい! 私、青井 蘭っていいます」

「蘭ちゃんかぁ、私は九条(くじょう) 舞美(まいみ)、よろしくね」


『人を助けるのは気分かいいから。だから悪くなる奴は助けないつもり』

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