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エピローグ

男の娘は世界を救う。



いつも夢に見る理想の自分はずっと先にいる。目が覚めたときに襲われるのはいつも無力な自分と、遥か彼方を歩くもう一人の自分の足音だ。


二月の終わり、西日本は少し肌寒いが雪が降るほどではない。夢を追うのはずっと辛かったが、夢を諦めるのはもっと辛かった。


溜息を吐くと白い霧になって登ってゆき。僕はもう間も無く成人の歳になる。誰かに言われるがまま名門の小学校を出てさらに名門中学、高校と華々しい歩みを進めてきた。自分には他人にはない何かが有ると信じていた。


お気に入りのヘッドホンを頭に付けて、もう何千回も再生した曲を掛けた。僕の好きなアーティストが電子を通して、まだやれそうかい? と問いかけてくる。

もう無理だった、別に夢破れたことが悲しいわけじゃない。そも自分の夢じゃなかった。夢もそれまでの道筋も何もかも、誰かに与えられたものだった。


僕は音楽が好きだ、小説が好きだ、アニメも漫画も好きだ、物語がとても好きだ。物語の人間は主人公も脇役もみんな〝意味〟を持っていた。

その沢山のキャラクター達がずっと僕の背中を押してくれていた、こんな風に生きれたらどんなに美しいだろと。



深呼吸して無理矢理笑ってみた。本当は腹腸が煮えくり返って仕方がない。悔しくて悔しくて堪らない。努力が足りないと言われたらそれまだだが、それでも努力した、たくさん耐えて苦しんだ。


借り物の夢と偽物の理想でも、そうありたいと願って努力したのは紛れも無い自分だ。


「……嫌だ、悔しい……負けたくない。」


喉から暖かい水の様なものが鼻の先に登り、眼球が水を含んだスポンジのように重たくなる。

目を開き、大きく溜息を吐いて溢れそうな涙と鼻水を呑み込む。


全く好きでもなんでもない缶コーヒーの残りを捨てゴミ箱に向かって投げる、入らなかったので少し考えた後、ゴミ箱まで近づき缶を拾い捨てた。






ずいぶん前から、帰宅しても ただいま とは言わなくなった。家族はいつの間にか、一人ずつ帰って来なくなった。もう家には僕と母しかいない。


それでも誰も言わない。少しずつ家の中の温かみが抜け、今ではただ寝て起きるだけの場所だ。僕の所為だと思う、皆僕に気を使い腫れ物を扱うようにぎこちない優しさで接し、邪魔にならないようにとよそよそしい。


「ただいま」

「ぁあ……その、おかえりなさい。晩御飯は置いてあるからチンして食べなさい、お疲れ様。」


表情で読み取ったのか、母さんはそれ以上何も言わない。それは確かに優しさなのだが、それすらも捻じ曲げて受け取ってしまう。結局のところ、全て自分のせいで他人に八つ当たりし、その結果こんな風にしたわけだ。


「その前に着替えて少し外で走ってくるよ」

別に運動が好きな訳では無いが、体を動かす機会が少なくなったことと、重苦しい家の雰囲気に耐えれなくなって始めた日課だ。


とてもそんな気分ではないが、ただそれ以上にあの空間は居心地が悪い。お前には芸が無いのだからペンを握るしか無いだろう、それすらもできないのか? 私達ができたことがお前にはできないのか? そんな幻聴と嘲笑が聴こえてくる。


短パンに着替えて無線のヘッドホンを頭につけ、ポケットのスマホでずいぶん前に聞き飽きたプレイリストを流して走り出す。

いつもと同じ川沿いに走る二本の道路を川よりに沿って走る。夜の時間にここを通る車も人も多くない、頭が重くて前が向けなかったので、せめてこけないようにと自分の足元を眺めて進んでゆく。


神巫橋と書いてある川を横断するようにひかれた手すりの低いコンクリート色の橋を渡り、ふと気づく。


今は夜の11時前、こんなに地面が明るいはずがない。足元の道はオレンジと白を混ぜたよく眩しい光、ちょうど自動車のヘッドライトの光。

慌てて前を向くが遅かった。



気づいたときには遅かった。僕の体は小型トラックのボンネットに弾かれ、きりもみをしながら吹き飛んで神巫橋と書かれた石柱に激突した。


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