08話 誤解
リリュートがエリー王女の頬に手を添えた時、アランはそれを止めようと足を踏ん張った。しかしその直後、横から広げられた手にそれを制される。
「セイン……」
セイン王子の厳しい表情を見たアランは、その場で立ち止まり見守ることにした。
「これはどういうこと? リリュート……」
「……っ! セイン様……」
セイン王子は、エリー王女を抱きしめたリリュートの手を捻り上げた。リリュートは驚くも、痛みで声にならない。
リリュートの手から離れたエリー王女は、何があったのかと顔を上げる。苦痛に顔を歪ませるリリュートの姿が目に飛び込んできた。
「リリュート! セイン様!? ああ、セイン様。その手を離して頂けませんか? その……とても痛そうですので……」
「エリー……」
エリー王女は瞳を揺らし訴えてきた。寒空の下、白い息が漂う。リリュートの手首を掴むセイン王子の手が僅かに震え、ゆっくりと離れる。解放されたリリュートは、数歩前にいるエリー王女に近づく。
「リリュート……大丈夫でしたか?」
「はい……ありがとうございます」
エリー王女は自分の腕を擦るリリュートを気遣わしげに見つめている。その姿を見たセイン王子の胸にズキリと痛みが走った。まるで自分の方が二人の邪魔をしているように感じられ、いたたまれなくなる。
「エリーは、彼を庇うの? もしかして俺、邪魔しちゃった?」
「え?」
心の読めない表情で笑うセイン王子の様子に、エリー王女は青ざめる。
「違います! そのような――――」
「そうですね。今は私がエリー様のお相手をつとめております。それに、エリー様を悲しませるセイン様の元には行かせたくはありません」
リリュートはエリー王女の言葉に割って入り、セイン王子を睨んだ。
対するセイン王子もリリュートを真っ直ぐ見据える。そして、リリュートの後ろにいるエリー王女が、顔面蒼白になっているのが見えた。その顔にチクチクと胸に痛みが刺さる。間違いなく今の自分はエリー王女を悲しませている。
「……貴方の仰りたいことは分かりました」
突き放すようなセイン王子の声にエリー王女はピクリと体を揺らす。僅かに聴こえる明るい音楽が不穏な空気を増長させているようで、心臓が嫌な音を立てている。
コートも着ていないにも関わらず、セイン王子は寒さを感じさせずに真っ直ぐに立っていた。柔らかい髪が冷たい風になびき、庭園の数多くの小さな明かりがセイン王子の照らすもその表情は硬い。
じっとセイン王子を見つめていたエリー王女は、僅かに瞳が交差するも、すっと視線を反らされた。その瞬間、血の気が引き、不安が襲ってきた。
「……がいます……セイン様、違います!」
エリー王女の目には涙が溜まるが、それをぐっと堪えて大声をあげた。胸の前で組んだ手が震える。
「セイン様……私……凄く……凄く……お会いするのを楽しみにしておりました……。ですので、一緒に過ごせないことを凄く悲しく感じていたことは確かです。邪魔などとは……少しも思っておりません。私が愛しているのはセイン様お一人です。それはご存知でしょう?」
一滴ぽろっと零れる涙。それでの懸命に泣くまいとして笑顔を作るエリー王女に、セイン王子は胸を締め付けられた。
「おいで、エリー」
セイン王子が腕を広げてエリー王女を呼ぶと、それに引き寄せられるかのようにエリー王女は走り、その胸に飛び込んだ。胸の中で震えるエリー王女を強く抱きしめる。
「ごめん、エリー。悲しませて……。知ってるよ、エリーが俺のことを好きだって。これからずっと一緒にいるから」
ごめんと何度も呟きながらエリー王女の背中をさする。
「セイン様。では、もうあの方の所には戻らなくてもよいと考えて宜しいのでしょうか?」
「……ええ。彼女からの提案で、今はクラウド王子と一緒におります。ですので――――」
「わかりました。私の役目は終わりのようです。ですが、またエリー様が悲しんでいらっしゃったら、私は……友人としてエリー様のお側に参ります。……では、失礼します」
そう、自分の役目は終わり。端から出る幕はなかったのだ。エリー王女の心の中に入る隙は、どこにもないことが良く分かった。リリュートは丁寧に頭を下げ、潔く身を引き、その場を立ち去ろうとする。
「あっ、リリュート! あ、あの……本日は、本当にありがとうございました! 良いクリスマスを!」
はっと気が付き、エリー王女が遠ざかるその背中に向かって声をかけると、リリュートがピタリと立ち止まった。
「はい。良いクリスマスを!」
振り返ったリリュートは、いつもの優しい笑みを浮かべて大きく手を振った。