教会
お待たせ致しました。
「ルーナ?今日は早いのね」
ルーナは鐘が鳴る前に、ゆううつの元凶の教会にたどり着いた。
シスター・アンジェラが大きな目を更に見開いている。
驚くのも無理はない。ルーナはよく門限破りをしていた。
理由は簡単。体が虚弱なせいで、休み休み歩くから。
そしてこの教会では、何かの落ち度で孤児達の食事を減らす。しつけ、と称して。それが例えどんなに小さなものだとしても。
その為、ここの子供はほとんとがガリガリに痩せている。
シスター達は、それさえネタにして町の人々からお布施を募っている。
どうにもやり切れない感が半端ない。
しかし、こんな生活を15まで続けるなんて真っ平ごめんだ。
今までの生活を変える必要がある。
ーー今日は10日に1度の半休日だった。
貴重な休み時間を削るのは嫌だが、食事を減らされるのはもっと嫌だ。
しかし、急にいい子になって怪しまれるのもいかがなものか。
余計な詮索はされたくない。
そこでポケットから小石を取り出して見せた。途中で拾ったものだ。
シスターに疑われない為の、秘密兵器。
「見て、シスター・アンジェラ。ほら、キレイな石を拾ったの。早く磨いてあげたくて、帰って来ちゃった」
どこにでもある石だが、わずかにきらめいている。
ほんの、わずかだが。
シスター・アンジェラはちらっと石を見たが、すぐに興味を失ったようだ。
ま、ただの石だし。
「そう。じきに夕飯よ。ルーナ、手を洗ってお手伝いお願いね」
「はい、シスター」
シスターの「お願い」は、命令と同じ。拒否すれば食事を減らされる。
手洗い場に向かう途中、広間に大鏡があった。
ルーナはそこで初めて、転生後の姿を見た。
映し出された姿は、やはりというか、どこからどう見てもガリガリに痩せた女の子。
留宇奈だった時と同じ、黒髪とこげ茶色の瞳。
顔立ちも心なしか留宇奈の頃と似通っている。
ルーナの知識によれば、この世界の平均的な容姿より、ややのっぺりした、ハッキリ言えば平たい顔らしい。
北の方の民族の血を引いているのではないか、というのがシスター達の意見だ。
(ああ……地球にもいた。北極圏の住民に近いと思われてるんだ)
目は確かに大きい。だが、痩せすぎているので、目だけが目立っているだけのような気もする。
可愛いかどうかさえ、今一判別不能なのだ。
(……色々問題あるなあ……)
とりあえずまた減点されないよう、手を洗ってから厨房に向かう。
「シスター・マリア=テレーズ、お手伝いに来ました」
「あら?ルーナ?珍しいこと」
教会一年寄りのシスター・マリア=テレーズはめったな事じゃ驚かないが、私が来たのがよほど意外だったみたい。細い目がちゃんと開いている。
しかし、さすがに年の功で、すぐに冷静さを取り戻した。
「もうほとんど終わりよ。こっちはいいから、お皿と食器を出してちょうだい」
「はい、シスター」
いつもの食器を出そうとすると、横からひょいとさらわれた。
「これは私が出すわ。エリゼはナフキン配って」
2つ年上のライラだ。ライラはシスター達に媚びるのかうまく、この教会の子供では珍しく痩せていない。
長い金髪に青い瞳。
どこからどう見ても美少女だが、目付きがキツい。
シスター達のお気に入りなのをかさに着て、子供達に対してものすごく威張っている。
そして頑なに私を「エリゼ」と呼ぶ。「ルーナ」ではなく。
「今日はどうしちゃったの?あんたが手伝いに来るなんて、明日は雪でも降るんじゃない?」
いつもの嫌味だ。
今までのルーナなら、逃げ出したくてたまらなくなっただろう。
不思議だ。
今朝まであれほどライラの事が恐ろしかったのに、今ではただのお子様にしか感じない。
「ナフキンね。分かった。ね、ライラ」
「何よ」
話しかけられると思ってなかったのか、ライラはちょっと意外そうだ。
「あと半年ちょっとで成人でしょ?」
「だから?」
そんな事、今更でしょ?彼女の心の声が聞こえるよう。
「今のライラ、ちょっとやな感じ。他の人にそんな話し方、しちゃダメだよ。本当は優しいんだから、誤解されちゃうよ?」
「……は?」
ライラに構わず、手早くナフキンをテーブルにセットし、過不足がないかを確認していると、食堂にゾロゾロといつもの面子が揃いだした。
この教会には、院長を始めとするシスターが5人、そして孤児たちが13人暮らしている。
孤児は男の子が4人、女の子が9人。
男女比がおかしいのは、男の子は働き手となるので、引き取り手が多いからだ。
1日2回の食事は、朝だけ全員で取っている。夕方はそれぞれが勤め先から帰ってからになるので、バラバラ。
が、今日みたいな半休日は全員まとめて食べられる。
ルーナも席につくと、全員がルーナを見ていた。
それほど珍しいのか?だが無視だ。
今日は院長が月に一度の寄り合いに出かけているので、4人。
孤児達も全員が席に着くと、お祈りを捧げる。
「慈悲と愛の女神、オルファム様。今日も慈悲に感謝します」
「「感謝します」」
お祈りが終わると、シスター・マリア=テレーズが給仕して回る。
メニューは簡素なパンとシチューだが、ルーナにもきちんと一人前が供された。
今日は何の落ち度もないからだ。
それだけのことだが、減らされない食事はそれだけで嬉しい。
孤児達ががっつく中、ルーナはやや不満だった。
(……パン、ていうか、これ、ナン?普通のパンが懐かしいなあ……)
小麦の風味が損なわれたパン。
シチューの肉はやけに塩辛い。
のどが渇く。
しかし、これがここでは普通なのだ。
黙って食べる。
ルーナは気づいていなかったが、ルーナの食べ方が変わった事に全員が気が付いていた。
一口にパンをちぎって食べるなんて、貴族のようだ
(……いや、まだ異世界神生活始まったばっかりだし。食生活も課題ってことで)
久しぶりに充分な食事を取ったルーナは、改めて心に決めた。
ここを出るまで、少しでも多くの知識と力を手に入れよう、と。
そのためにはまず課題を洗い出して……って?ん?あれ?
ルーナ、文房具持ってない!!
改めて、日本の生活は便利だと感じています。