彼の除霊は何かが違う!
元は連載小説の予定で執筆中小説に保存してあったヤツです。
その日、私は彼に出会った。人藤翔。
6月という中途半端な時期に、この花城高校に転校してきた、やたら攻撃的な目をしたその男は、いつも分厚い本を手にしていた。
人藤は、とにかく得体のしれない男だった。昼休みにどこへともなく消えていき、気が付いたら傷を負ったまま席に座っている。
私は、そんな怪しい男のことが妙に気になった。
結局、1度も会話することもなく1学期が終了した。
私が人藤と初めて言葉を交わしたのは、さんさんと太陽の照り付ける、7月の終わりだった。
その前の日、私は仲良しの奈津子と一緒に、美優の家に泊まりに行っていた。
私たち3人は、小学校のころからずっと一緒のクラスで、とても仲がいい。3人に共通していたのは、怪談が大好きということだ。
当然、夜中は3人で怖い話をして盛り上がった。
花子さん。引き子さん。口裂け女。定番の怖い話。この町でも目撃証言があったとか、そんなたわいもない話。
結局夜遅くまで話し込んで、目が覚めたらお昼だった。
美優の家で昼飯を食べて、私たちは解散した。
時刻は15時。太陽はまだギラギラと輝いている。
うーっ。
あちぃ。
なんでこんなに暑いんだ。
ちくしょー。
元気いっぱいまじめに働き続ける太陽に対して嫌味を言いながら歩いていると、こんなクソ暑い日だというのに真っ黒いローブに身を包んだ見るからに怪しい男がいた。
その男が、小学校の前でこそこそしていたもんだから、私は思わず声をかけてしまった。
「あんた、何やってるの」
「……なんだ、白木か」
フードをとった顔を見たら、私は思わず叫んでしまった。
なんでって。
怪しい男の正体が人藤だったからだ。
しかも、よく見るとローブの下からは荒縄のようなものがちらちらと見える。どうやら、体に荒縄を巻き付けているらしい。
――もしかして、こいつ、筋金入りの変態か?
私が顔を引きつらせながら後ずさると、人藤も何か誤解を与えたことに気が付いたのか、ローブを脱いで体を見せつけてきた。
「ぎゃーっ! ぎゃーっ! そんな汚いモノ見せるなーッ!」
「おい、待て。俺は何も自分の趣味でこんなもんを体に縛り付けているわけじゃない。よく見ろ!」
「見るかそんなもん!」
「見ないと俺の無実が証明できないだろうが!!」
しぶしぶと視線を人藤へ戻す。確かに、人藤の体には荒縄が巻き付いていた。だが、それは服の上からだった。
よかった。ローブを着ていたのは下に何も来ていないからというわけではなさそうだ。
気になるのは、荒縄に張り付けられている無数お札だ。難しい漢字が書かれていて、よく読めないが。
「……いいか。これは鎧みたいなもんだ」
「鎧? 何それ」
その言葉の意味を追求しようと詰め寄ったところで、小学校の門ががらがらと音を立てて開いた。見ると、頭を光らせたおじさんが、ニコニコの笑顔で立っていた。
「いやあ。お待ちしておりました。あなたが人藤さんですね。わたくし、この小学校の校長をしております、丸山と申します」
「いかにも。「ゴーストスレイヤー人藤」とは私のことです。胡令院さんから、あらかたの説明は受けております」
ゴーストスレイヤー?
なんだそのふざけた名前は!?
私がぼけーっとしていると、校長は何か勘違いしたのか、私にも声をかけてきた。
「おや。助手さんですか? これまたお若いですが……いえ。あの胡令院さんのご紹介だ。その実力は本物でしょう」
「いえ、彼女は……」
胡令院――!?
今まで聞き流していたが、私は今、その単語が何を示しているのかわかってしまった。
「胡令院って、あの胡令院!? 超有名霊能者の!?」
「は、はい。そうですが……人藤さんから、聞いてないんですか?」
「ですから、彼女は……」
「す、すいません! 私、新人見習いなもんで!」
とっさに嘘をついたが、校長は信じたようだ。うんうんとうなって、私たちを案内した。
「……お前、何を勝手なことを」
「いいじゃん。あたし、霊能者が除霊するところ見たいもん。今日だって、きっと除霊に来たんでしょ!?」
「……まあそうだが。実際の除霊なんて、そうかっこいいもんでもないぞ」
「いーの。私、幽霊みたいもん。ねえ、ここにはどんな霊がいるの? 自殺した教師の霊? 殺された小学生の怨霊!?」
「……ここです。血をすべて抜き取られた生徒の死体が見つかったトイレは」
暗く、湿った体育館のトイレ。
私たちが案内されたのは、見るだけで嫌な感じのする場所だった。
一番奥の、四番目のトイレ。そこから、声が聞こえた気がした。
校長はそこに長くいたくないのか、場所を案内するとそそくさと帰って行ってしまった。よほど怖いのだろう。
私だって嫌な予感がする。今まで、これはやばい。とか、ここはいる。とか言ったり言われたりして、そのたびにきゃーきゃー言っていたけど、ここはそんなレベルじゃない。
いる。
その確信がある。
「……どうした。お前」
私が汗を流して固まっていると、人藤が不思議そうな顔をして覗き込んできた。
そこでようやく、私は自分が金縛りにあっていることに気が付いた。
「……あ、あそこの、いちばん奥のトイレ。や、やばいよ」
うまく動かない口で何とか言葉を紡ぐ。それを聞くと、人藤は感心したようにうなづいた。
「ほぉ……」
そこで私の金縛りがとけた。
「正解だ。お前、もしかするともしかするかもしれんな。特別に、見物の許可をやろう」
人藤がそう言って、私の手を引いてトイレの中に入る。
そのまま、迷うことなく人藤はやばいにおいのするトイレの前に立った。
「――――――――」
私を軽く下がらせると、人藤は手を合わせてぼそぼそと何かをつぶやき始めた。声が小さくて、言葉は聞き取れない。
だが、時間がたつにつれ、やばい雰囲気だけは強くなっていく。
「じ、人藤……大丈夫なの?」
「しゃべるな。来るぞ」
コツン。
どこかで音がした。
「ひっ」
トーン。
今度は近い。
――――――か。
声がする。
――――がほしいか。
その声は近づいてくる。
――赤い紙がほしいか。青い紙がほしいか。
今度は、耳元から。
「きゃああああああああああああああああああああああ!!」
私が叫ぶと、人藤は素早く私の手を引いた。
私の目の前を、赤い何かが通過していく。
「現れたな! 「赤い紙、青い紙」!」
振り向くと、それはそこにいた。
赤と青、2色の長い紙を体に巻き付けた、ミイラ男のようなそれ。
トイレの個室の出口に、それは立っている。個室の中にいる私たちに、逃げ場はない。
『赤い紙がほしいか。青い紙がほしいか――?』
地獄の底から響くような声。私はその声を聴いているだけで、力が抜け、へなへなと座り込んでしまった。トイレの床は汚い。なんて思う余裕もない。
殺される。
そう確信した。
『赤い紙がほしいか。青い紙がほしいか』
答えない私たちにしびれをきらしたのか、「赤い紙、青い紙」はもう一度私たちに問いかけてくる。
こういうとき、どうすれば助かるのか。
知っているはずなのに、頭が回らない。たすけて。
私は人藤を見た。
笑っていた。
「どっちもいらねえよ!!」
人藤が得意げにいった。
そういえばよかったんだっけ。
『そうか。なら、特別に両方やろう!!』
だめじゃん。
『「血塗れの赤い紙」!! 「血奪いの青い紙」!!』
そう「赤い紙、青い紙」が咆えると背後から無数の赤の紙と青の紙が現れた。
2色の紙はまるで意思のある集合体のように、「赤い紙と青い紙」の周りを待っている。
『さあ、最後の質問だ。赤い紙と青い紙。どっちがいい?』
赤と青のミイラ男――「赤い紙、青い紙」はニヤニヤと笑いながら、人藤に問う。
人藤もまた、にやり、と不敵な笑みを宿していた。
「言ったはずだぜ。どっちもいらねえ。あいにくと、紙は足りてる」
そういって、人藤は自慢げに新品のトイレットペーパーを見せつけた。
『そうか。なら、スペシャルサービスだ!! 両方食らえッ!! 「死を送る紫の紙」!!』
「甘いぜッ!! 『猿夢』!!」
2色の紙が複雑に混ざり合い、紫の嵐となって私と人藤に襲いかかる。ああ。だめだ。
私が目をつぶろうとしたその刹那――
ごぽっ。
私の目の前の和式トイレが、不自然に泡立った。
『次は~轢き殺し~轢き殺し~』
割れた男性の声のアナウンスと共に、便器から猿を乗せた遊園地にあるような電車が飛び出した。
おさるの電車は紫の嵐をはじき飛ばしながら「赤い紙、青い紙」にぶつかった。
「何ィぃぃぃぃ!? き、貴様、まさか、「霊使い」!?」
ぐおおおおおおおおおおおっ!
ミイラ男の悲鳴と共に、おさるの列車は「赤い紙、青い紙」を連れ、便所の壁をぶち破り、体育館へ飛び出した。
おさるの列車は「赤い紙、青い紙」を数メートル引きずると『またのご利用をお待ちしています』というアナウンスと共に、体育館の天井にできた奇妙な割れ目のような空間に帰って行った。
「言ってなかったか? 俺様は「ゴーストスレイヤー人藤」。またの名を「死神の鎌」!!」
ドォォォォン!
人藤は無駄にカッコつけたポーズをとった。
私は何が何だかわからない。ツッコミを忘れた私を、人藤は相手にせず、ローブからまた何か妙なカードを取り出した。
「紙には神だ! こい! 『土地神』!! 八尺様!!!」
『ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽォォォォォォォ!!!』
人藤の呼びかけに答えるように、人藤の背後に亀裂のようなものが入り、その隙間から、白いワンピースを着た巨大な女が奇声を上げて飛び出してきた。
――私はそれを知っている。
八尺様。
近年、有名になった強力な霊。
『ばっ、ばかなっ!? ランクAの霊を使役するだとォォォ!!?』
「赤い紙、青い紙」も、赤い紙と青い紙を飛ばして八尺様を迎え撃つが、それらは八尺様の肌を傷つけることなく、すべて八尺様の長い腕に防がれる。
『ぽぽぽぽぽッ!! ぽぽぽぽぽぽぽぽッッッ!!!』
奇声をあげて、八尺様が高く飛んだ。
八尺様の背後の空間に亀裂が走り、時空を突き破ってまた、あの「おさるの列車」が飛び出してきた。
おさるの列車は儀式の始まりを告げるように、八尺様の周りをぐるぐると回っている。
『次は~必殺技~必殺技~』
おさるの列車のアナウンスと同時に、八尺様の体がおさるの列車によって押し出される。全てを滅ぼす魔弾と化した八尺様は「赤い紙、青い紙」の体を貫き、体育館の床の上に着地した。
「決まったな。八尺様の奥義……「終わらぬ儚き恋心」。せいぜいランクBマイナス程度のお前には耐えられまい」
『こ、こんなっ……こんなことがッッ!! こ、この俺がッッ!!!』
「赤い紙、青い紙」は、空洞になった自分の胸があった場所に手をやり、まさぐっている。その空洞からは、どばどばと赤い血が流れ出ている。
「どうやら、今度はてめーが「赤い紙」に塗れる番のようだな
『許さん! 許さんぞ!! 我々、「悪魔の七不思議」部隊が、地の果てまで貴様を追い詰めてやる……!! ぎいいいいいええええええええええええええええええ!!!!』
断末魔の叫びとともに、「赤い紙、青い紙」は爆発した。彼の体からは、無数の赤い紙が噴き出し、まるで桜吹雪のように体育館を埋め尽くした。
「フン。助かったぜ、八尺様」
『ぽぽっ』
――なるほど。彼の言ったとおりだ。
「……ん。おい、白木。大丈夫か」
『ぽぽぽ?』
「……じゃない」
「なんだって?」
「こんなの、除霊じゃない!」
くだらない。