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悪女セシリアの述懐  作者: 詠城カンナ
第一章 悪女の邂逅
3/25

(2)

 さて、ここで気づいたことがある。結果的に、わたしたちは形だけのお呼ばれだったらしい。王族メインディッシュが登場すると、それは顕著に表れた。


 わ、と建物が震えたかと思えば、それは人の歓声だった。来る主役の登場にその場は騒然となる。

 王さま、お妃さま、そして三人の王子。オーラが違うとでもいうのだろう、王族の皆々様はそれぞれまるで光を背負っているようだ。わたしにはものすごく眩しい。

 老若男女問わず、そこにいるみんなが彼らに注目する。あまりの熱視線に、炎が舞い上がってしまいそう。

「あれが、王族なのね……」

 レイチェルが目をしばたいてぽつりと言う。そこには先程までの毒気が抜けて、夢見がちな少女のあどけない表情が見え、ちょっぴりおかしかった。


 さて、王族もとい王子たちが珍しいことに貴族令嬢のもとへ歩み出した。今夜は無礼講だと王様はのたまっているが、その真意は如何に。

王子たちは、貴族のご令嬢方みんなに平等に愛想を振りまいているように見える。けれど、よくよく見れば、自ら話しかけているご令嬢は限られていた。つまり、花嫁候補――正妃か側室かはわからないけど――はすでに決まっていると思われる。これは一見、みな平等に花嫁候補権を与えられたかに思われるが、ただ煩い外野を一応は黙らせるための夜会なのだ。つまり、形ばかりの招待を受け、もしかすればお近づきになれるのではないか、などと考えやってきたわたしたちは道化でしかない。

 別にそれはそれで仕方がないけれど……レイチェルがいたましい。いや、はじめから王子さまなんて遠い存在。お近づきになれる可能性なんてないに等しい。ただでさえ、『アルバート』の名を継ぐ者だし。


 だが、レイチェルはただの美女じゃない。忘れてしまいそうだが、狡賢い狐のような美女である。つまり、手段は選ばない。

「姉さま」

 ふいに呼ばれた。一変、きらりと妖しい光をたたえ、レイチェルはふふふ、と笑った。

「殿下が近いわ」

 彼女の視線を追えば、たしかにそう離れていないところまで王子たちがやってきた。なぜ三兄弟の塊でやってくるのか。取り巻きがすごい数になっている。


 第一王子のアレックスさまは、金髪に碧眼のまさしく『おとぎ話の王子』にふさわしいお方。ややたれ目で、にこやかな笑みはとろけるようなマスク、目元のほくろがちょっぴりセクシー。中性的な美形で、身体は細いのに、剣の腕はそこそこあるらしく、次期男爵のギルバートさまによると、学生時代は彼を護れる騎士がいるのかと有名だったほどという。

 第二王子のロバートさまは、鳶色の髪に碧眼、こちらはややつり目。真一文字に結ばれた唇はきつく、眉間にしわが寄っている。とっても厳しそうだけど、クールで女には簡単に靡かないような様が、アレックスさまと相互していい感じになっている。こちらは見るからに強そうだけど、噂では武力より知力に重きを置いているらしい。見た目と中身はちがうのね。

 第三王子のエリックさまは、ひとことでいえばとても可愛らしい。まだあどけなさの残る――十歳だからそりゃそうなんだけど――笑みは思わずほっと癒されてしまいそう。ふわふわな金髪に、瞳の色はエメラルドグリーンだ。まだ夜会には慣れていないのか時たまおどおどして、それでも懸命に兄のあとを追う様はすっごくかわいい!


 そんな三方は、周りを令嬢たちで塗り固められながらこちらへやってきた。といっても側近らしい護衛とかが傍に控えていたけど。

 レイチェルは目をひんむいて、ぐりんと音がするくらいの勢いでわたしを振り向き、命じた。

「さあ、出番よ! 行って!」

 これが姉に対する言動であろうか?

 よくも悪くもわたしは目立つ。遠目からでもわたしのことをながめ、ひそひそと声をたてる輩はあとをたたない。完全にスルーしてたけれど、やっぱりわかる。

「ああ、あれが噂の……」

「なにしにきたのかしら。また男あさりかしらあ」

「厚顔無恥にもほどがあるんじゃなくって?」

 なーんてこれ見よがしにせせら笑いを浮かべて誹謗中傷をしてくれる令嬢たち。慣れたけど、腹が立つしわたしだって傷つく。

 そ・れ・な・の・に!

 レイチェルはわたしを使う作戦なのだ。こんなに目につくわたしが他でもない殿下に話しかけるだなんて、悪い意味で際立つにちがいない。

 でも、と戸惑うわたしに焦れたのか、妹はぐいと腕をつかみ、ドンと強く背を押した。

 勢い余ってこけたわたしに降り注ぐ唖然とした視線。のちに、待ってましたとばかりのクスクス笑い。

 心のなかは恥ずかしさの度合いを越えた罵詈雑言であふれかえる。おのれレイチェル、許すまじ!


「大丈夫?」


 そんななか、心配気な声色が響いた。目の前に差し出される、うつくしい御手……見上げれば、なんとこの世のものとは思えぬほど慈愛に満ち、輝いた蒼の瞳とかちあった。

 ああ、見惚れるって、こういうこと……。

「はい、ありがとうございます」

 殿下の差し出された手にそっと手を重ね立ち上がる。恥ずかしい思いはたしかにしたけど、役得かもしれない。背後でレイチェルの「きぃい~」って声が聞こえる気がする。きっとハンカチ噛みしめてる。

 第一王子アレックスさまは、にっこりと微笑する。周囲は「ああ!」とか「うっ!」とか感嘆の息をこぼしたり、胸を抑え息を飲んでいる。なかにはわたしを侮蔑のまなざしで見やる連中もいて、あきらかに悪目立ちだ。

 ここはひとまず退散、とお辞儀しようとした瞬間、タイミングよくアレックス殿下は口をひらいた。

「あなたがセシリア嬢?」

 ああ、声も完璧な美声ですね、なんて現実逃避。わたしの名が彼の口から紡がれた刹那、周囲には嫉妬の炎がゆらめいた。

 とりあえず、恐縮ですという雰囲気を最大限に出しつつ、「セシリア・アルバードですわ」と名乗る。

 周囲のざわめきはさらに増した。

「アルバートって……あのアルバートか?」

 しかし、アレックスさまの背後にいた第二王子ロバートさまの発言に、周りは水を打ったようにしんと静まる。

 我が家の『アルバート』に反応するなんて、さすがは知略の殿下と申しましょうか……。目だけでアレックスさまはたしなめたようだけれど、ロバートさまは止まらない。若干興奮気味に話しかけてくる。

「君はアルバート家の直系?」

「はい、長女のセシリアでございます」

「なんと、それでは君があの噂の? ぜひともお話を!」

 見た目とちがい、第二王子は熱いお方らしい。いや、周囲がぎょっとしていることからも、普段は見た目通りの冷静沈着な方なのかもしれない。


 それにしても、王子さまふたりから覚えのあるわたしの名前って……ちょっと泣きたくなる。だってそれ、絶対いい噂じゃないでしょうよ?

 こちらの内心ドンヨリなどものともせず、ロバートさまはぎゅっとわたしの手を両手で握ってきた。途端、魑魅魍魎の住人の悲鳴が聞こえた。否、切歯扼腕セッシャクワンの貴族令嬢たち。

 ま、待て! はやまるな! わたしはなにも悪くない! ちょ、レイチェル! めっ!


「ホホホ、殿下がお言葉をかけてくださるなんて、身に余る光栄ですわ」

 そのまま断りを入れるのを遮るかのように、がっしりとロバートさまはさらに手に力を込める。

 あああ、レイチェルの不俱戴天フグタイテンのまなざしが怖い!

「そうか! なれば今すぐ――」

「ロバート」

 それは、第二王子の名を呼ぶ声。第一王子アレックスさまのお声。

 あまいマスクは変わらない。にっこり笑みで、思わずとろけてしまいそう。

 けれど、その声は従わずにはいられない響きをもっていた。周囲も、ごくりと生唾を飲み込む。

 ぎぎぎ、と音がするのではと思われるぎこちなさでロバートさまはアレックスさまを振り仰ぎ、次いで、光のはやさでわたしから手を離した。

「こ、今夜は時間がとれないようだ。またの機会にうかがおう」

「ぜひ」

 社交辞令、社交辞令。軽くお辞儀をし、そそくさと――いや、むしろ魔王から脱兎の勢いで逃げるように――人垣を抜けていくロバートさまを見送った。彼の護衛だろうか、騎士がひとりと、何人かのロバートさま狙いの令嬢は金魚のフンよろしく、それについていった。

「すまなかったね。弟は神話に目がなくて……」

 先ほどの魔王降臨は夢ではないかと思われるほどの別人さで天使の笑みを浮かべ、アレックスさまは困ったな、と顔を悲壮に歪める。

 さっそく外野からの「ああん、おいたわしゅう……」とか「殿下、その切なそうな顔がたまりませんわ!」なんて悲鳴に近い歓声があがる。とりあえず無視してわたしはにこりとほほえんだ。

「わたくしも神話は好きなんです。今では『アルバート』の神話を知る国民もすくなく……ですから、ロバート殿下がご存じくださり、本当にうれしいですわ」

「そう言ってくれるとうれしいよ。ああ、そうだね」

 くいくい、とアレックス殿下の袖を引く者がいた。第三王子エリックさまである。

 アレックスさまは視線を下げ、あまい笑顔で弟を、それからわたしを見た。

「セシリア嬢、我が弟です」

「エリックです。ようこそ、セシリア嬢」

 まさに神に愛されるべく生まれた天使といっても過言ではないお姿で、これまたピンクのうるるん唇からかわいいお声を出した第三王子さま。思わず凝視したくなるのをなんとか堪え、やさしくほほえむ。

「はじめまして、エリック殿下。セシリア・アルバートでございます」

 目を血眼にしてガン見したいです、本心は。

 いっちょ前にあいさつできたのがよほどうれしいのか、マイエンジェル・エリックさまは頬を上気させ、褒めて、とばかりアレックスさまを見上げた。

「ふふ、よくできたね。さあ、エリックはそろそろお母上のところへ……セシリア嬢?」

「い、いえ。なんでもございませんわ」

 おっといけない。ハッと我に返り、あわてて鼻血が出そうになるのを堪え、ホホホ、とごまかす。変な顔を見られてしまったわ。だって仕方がないじゃない。エリック天使、超かわいい。

 アレックスさまもそろそろ頃合いとみたのか、背後に控えるエリックさまの騎士に命じ、先に弟君をこの混沌の会場から退場させた。

 やがてこちらを振り返り、別れのあいさつ。この場を離れれば、アレックスさまはひとたまりもなく令嬢たちに囲まれるのだろう。なぜかわたしのときだけ一対一だったので、周りの視線が痛いのなんのって……。


 殿下が踵をかえす。わたしは一応、殿下が離れるまでお見送りする形をとろうと留まる。

 ふと、アレックスさまの側を程よい距離を保って歩く騎士に目がいった。周りはアレックスさまの美貌に目がやられて気づかないのだろう。たしかに騎士の存在は殿下の華麗なる美貌にかすんでいるけれど、彼も凛々しく端正な顔立ちをしていると思う。パッと見わからないが、個々のパーツが整ってるのだ。

 アレックスさまを立て、従う様は忠義感に満ち満ちていて、これぞまさしく騎士、って感じ。殿下たちにはそれぞれ側近とも呼べる騎士がついているらしく、主従関係にあこがれるわたしは、ちょっとうらやましいと思った。

 第三王子エリックさまの騎士は、まだ幼さの残る顔立ちの、けれど真面目そうな少年だ。第二王子ロバートさまの騎士は、亜麻色の髪をした軟派そうな男。そして第一王子アレックスさまの騎士は――

 軽くクセのある、濡れたような漆黒の髪。瞳は青みがかった深緑。意志の強さを思わせる切れ長の眼と鼻筋の通った端正な顔立ちは、全体としてきりりとした印象を与える。


 剣のようだ。鍛えられ、研かれた、鋭く、うつくしく、しなやかな剣。


 情報収集は趣味だった。あらかじめ、王子さまたちのことも、その騎士のことも軽く調べてた。そのとき、ひとつの噂をひろった。

 『アルバート』と同じ神話を起源とし、『グスターヴ』の名を戴く家系。その次男坊は貴族を捨て、剣の道へ走ったと。そして、アレックスにただひとり勝てた男だと。

 すぐにわかった。『グスターヴの剣』と謳われるのが、彼であると。


「リカちゃんの、嘘つき」

 思わずつぶやいていた。

「ちゃんと男の子じゃない、ハルちゃんて――」


 つぶやきは、小さいからつぶやきだ。なのに、騎士である彼は動体視力ばかりか耳まで性能がいいらしい。『ハルちゃん』を聞き取ったのか、無表情がわずかな怒りを伴いこちらを見た。地獄耳と呼んでやろう。


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