挿入話2 王子の思惑と騎士の決意 *
アレックスに呼ばれて宛がわれている部屋を訪れ、ハロルド・グスターヴは思わずぎょっとした。
カリュシイリア王国の第一王子は仕えるに値するすばらしい主であるとハロルドは常々思っている。己の力量を熟知し、人を支配する難しさや愚かしさ、危うさを知り、それでも先の王になるべく、民の奴隷になることを決意した強い心の持ち主である。第一王子アレックスに仕える喜びに勝るものはない。ハロルドは敬愛をもって彼の騎士についていた。
金髪の髪をかきあげ、窓辺の暗がりでひとり佇む姿は、世の女性を虜とすると言わしめるだけはあり、同性でも思わずため息がもれる。ハロルドが思わずぎょっとするのも仕方のないことだ。されど、幼きころより彼の騎士として仕えるハロルドには、そんな姿は所詮まやかしであると思えた。
否、たしかに、己の目から見ても、贔屓目をなくしても殿下は美青年の部類に入ることは認められよう。むしろ、この世のものとは思えぬほどうつくしいという言葉が当てはまるのをいやでも理解している。
きっと世の女性なれば、騎士や従者という立ち位置を羨ましく思うことだろう。なぜなら、そのうつくしい顔をある意味四六時中ながめ放題なのだから。こんなに近くでずっとそばにいれるのだから、きっと競争の激しい役職になること間違いなし。
ただし、もし世の女性がこの騎士という地位につきたいのであれば、それなりの剣の腕と、大いなる覚悟が必要だ。忠誠心はもちろん、その大いなる覚悟が女ごときにできるとは到底思えない。
なぜなら、女という者は、アレックス殿下に夢をみているからだ。
そう、ハロルドは知っている。知ってしまっている。アレックスが、巷で噂されるようなきらびやかな王子さまでないことくらい。そのおうつくしい面に笑顔という媚薬のごとき仮面をかぶり、すさまじい手腕をひた隠しにしているということを。
だから、たとえ彼がどんなにうつくしいといわれる姿であったとしても、数年来の付き合いになる騎士には本来の姿が透けて見える。おきれいなだけの王子さまなどではない、アレックスという存在を理解している。夢みがちな女どもに引き換え、自分は殿下の側使えにふさわしいのだ――周囲からは盲目的といわれようが、ハロルドはそう自負していた。
「やあ、急に悪かったね」
「明かりをつけますね」
一応断りを入れて明かりを灯す。急に明るさが変わり、アレックスは目をまぶしそうに細めた。その姿すら、世の女というものはため息ができるほどおうつくしいと言うのだろう。
「で、ご用件は?」
「それよりハル。口調、いつものに戻していいよ。ここには僕とおまえだけだ」
にっこりと、従わずにはいられないような、圧力のある笑みを浮かべるアレックス。それを人は、腹黒、というのだろうか。
アレックスを殿下たらしめているのは、その読めない笑みと外見からは想像できないような、ある種の狡猾さがあるからだ。最悪を常に想定し、あらゆる可能性に対処できるよう考えているからだ。
相変わらずの、底の見えない笑みをたたえたまま、かの有名な王子さまはゆっくりと口を切った。
「――で、調べはついた?」
その一言で、すぐに本題に入ったと察知する。真剣な表情に変えて、短く返事をしてから答えた。
「出所はやはり、アルバート家で間違いありません。……が、やはりカルロス・アルバートは一筋縄ではいきませんね。うまく隠ぺいの魔法でも用いているのかもしれません」
「そう」
「あとは賄賂ですね。足がつかないとたかをくくっているのでしょう。これ見よがしに手を広げていますよ、あのクソ狸は」
「ふ、そうか」
最後のほうで思わず言葉が崩れてしまった騎士に、アレックスは懐かしげに眼を細めた。
「ところでハル、セシリア嬢は?」
「はあ」
ハロルドは煮え切らない態度でまごついた。
「アルバートが奴隷を囲って魔法研究に使っているのだとしたら、今回のことは軽率すぎます。噂通りの、頭の弱い女なればそれもそうかと納得できるのですが……」
「ふうん。ハルは彼女が、噂とはちがって聡明だとでも?」
王子のするどい追及に、ハロルドはめずらしく困惑した。
アレックスは意地悪をやめ、くすりと笑う。
「僕も、彼女が噂通りとは思えないよ。舞踏会でも、僕はさりげなく彼女より部下を気遣ったり、逆に餌をまいてみた。結果はどちらにも引っかかってこない。これはどう見るべきかな?」
主の目におもしろがるような色を見て、ハロルドは歯をむきだした。
「恐れながら! 真実はどうあれ、あの女がどうしようもないということに代わりはありません! ふ、ふしだらですっ」
「――奴隷にも手を出すような?」
ハロルドは顔を真っ赤にした。
一時期、悪女セシリアは奴隷を慰みものにしているという噂がたったことは事実だ。噂とは常に過剰な装飾が含まれていることはハロルドもアレックスも知っている。奴隷とは身分の低いものを揶揄した、いわゆる比喩であろうとハロルドは考えたが、アレックスはアルバート家そのものが奴隷売買にかかわっている可能性を考えていたらしい。
探ってみればたしかに、証拠はないものの当主が奴隷商人とやりとりをしているらしいことがわかった。
噂とは常に過剰な装飾を伴うものの、火のないところに煙がたたないこともまた事実。
いわば、今回の長期滞在は餌をふりまいた罠だ。アレックスと懇意のパトリシアに手を回し開催したのだ。権力に目がないセシリアは目論みどおり参加し、件の従者が正真正銘奴隷であることがはやくも暴き出された。
セシリアが奴隷を伴って退室したおり、ハロルドはこっそりとふたりのあとをつけていた。が、目にしたのは半べその悪女が奴隷に慰められている姿。結局、ハロルドはなにも見なかったことにした。あいつはよくわからない。
「ああ、そうだ。サングゥルゥエンからの留学受け入れも決定したよ」
「《光の血》から……? もしかしてヴァンゼント殿下ですか」
「うん、そう。彼がうちにくるのは十五年ぶりくらいかな」
そんなこと微塵も思っていないような笑顔で、アレックスは「僕、苦手なんだよね」とのたまった。
「ああ、やることがいっぱい。王族って大変だよねぇ……まあ、退屈しないけれど」
アレックスのきらりと光る眼を前に、ハロルドはごくりと生唾を呑みこんだ。王子の頭のなかでは、どのような展開が予想され、策略がめぐらされ、今後の展望を導いていこうとしているのだろう。
主人の期待に応えるために、彼の望む未来を実現させるために、己にできることはなんでもしよう――ハロルドは改めて決意した。
まずは、セシリア・アルバートについてだ。
アレックスは押し黙る騎士の肩をやさしげにたたいた。
「ハル、真相はすばやく、けれど無茶はしないでおくれ」
「はい」
「本当にわかってる? ハロルドはいつも無茶ばかりする」
「無謀ではございませんゆえ」
ニヤッと口角をあげ、アレックスは「たしかに」と頷いた。
「アトウェジウッド城で彼女にカマをかけてみようと思う。幸運にも適任者がいるしね」
「ロバート殿下ですか?」
肩をすくめると、第一王子は小さく息をこぼした。
「アルバートの目的を明確にしたい。その布石だ。王家の権力に近づきたいのか、それとも別の権力に蜜を吸わせているのか。あるいは――」
「アレックス殿下は、あの女が当主カルロスと繋がっていると?」
「彼女はカルロスの娘だよ」
「けれど“女”です。魔力を持つはずがない」
「そう、でも、知識はあるかもしれない」
金色の長い睫毛に縁どられた目を伏せて、アレックスはお得の読めない笑みを浮かべた。
ハロルドは片眉をあげて降参を示すも、王子はただ笑みを深めるばかりだった。
*あれー?アレクが腹黒に?
当初は本当に裏表ない設定だったのに…笑)。そしてハルが、考えていたよりずっと騎士っぽい(笑)
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