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悪女セシリアの述懐  作者: 詠城カンナ
第一章 悪女の邂逅
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(4)

「でもね、やっぱりその首輪は取りたいわね」

 落ち着きを取り戻してから、ため息まじりに告げる。首輪って趣味じゃないし。ねぇ?

 あ、でもたしか首輪を取るのはキツイんだっけ。死にそうになるとか言ってたし、そんな思いはしてほしくない。いやだな。

 ああでもない、こうでもない、と唸っていると、ふと、いい考えが浮かんだ。

「ひらめいたわ!」

「……へえ」

 半目でこちらを見るフラン。さっきのやさしげな眼はどこへいった?

 気にするふうもなく、こちらも元に戻ったセシリアはふふんと鼻で笑う。

「わたしね、今回のことで吹っ切れたの。『悪女』だっていうなら、期待に応えてやろうじゃない」

 ぐ、とつくった拳を握りしめて天に掲げ、雄叫びをあげるがごとく宣誓する。

「わたし、お父さまを籠絡するわ!」

 使えるモノは使う。もう戸惑わない!

 は? と目を見張るフランに構わず、作戦を立てる。

 もはや貴族の『セシリア』よりも、平凡な『望月円香』が出しゃばってきているみたいだけど、気にしないわ。

 面の皮が厚い? 上等よ。

「ちなみにどんな作戦でいくのさ」

 む、なによその目。あきらかに呆れている表情で肩をすくめて尋ねてきたフランをねめつけるように見やり、それでも教えてやる。

「おねだりするの」

「おねだり?」

「そ。はじめてのことだから、上手くいくかわからないけれど……首輪を開錠できる鍵は、お父さましか持ってないわ。だから、がんばって説得してみる」

 もちろん、正当方でいったってうまくいくわけない。奴隷を買った人間は、脱走と逆襲に恐れるのだ。

 だから、フランが人畜無害ってことを証明すればいい。あとは、『他の者が奴隷だと気づいて煩いので黙らせたいのですわ』とかなんとか言いくるめてやろう。親には、特に父さまにはあまり使ったことがないけれど、この『悪女』たらしめる顔も武器にして手玉に取ってやる。


「ま、それはどうにかするとして……」

 まずは目前の問題である。

「困ったことになったなァ」

 パティさまの避暑地で過ごす残り五日間、無事に過ごせるか甚だ疑問だ。

「王子サマ?」

「そ。その他大勢の態度も気になるけど、とりあえず殿下の意向によるしね」

 フランの的確な問いに頷く。


 いつかやるとは思っていたけど、父さまが違法を犯し、なおかつそれが殿下たちにバレてしまったのだ。フランの機転でなんとか誤魔化せたけれど、終始こちらをうかがうようなあの眼は信じていないことを容易に物語っていた。

 なにより、彼の騎士であるハロルドさまの視線のキツイことといったら! 愛想笑いを浮かべられた自分を褒め称えたいものである。

 あのあと、話はそれとなく終わり、食事を終えてからわたしは部屋へ引きこもり状態だ。動揺を押し隠して笑みを浮かべられるだけの顔の厚さは、数年来の『悪女』としての鉄壁の自己防衛の賜物といえる。悪意ある様々な噂にさらされ、他者からの――とくに貴族令嬢たちからの――鋭い視線に耐えるためには必要な防衛策で、それがこんなところで役に立つとは夢にも思わなかった。

 『望月円香』であったあたしは、異性より同性に好かれるタイプだったように思う。もちろん、運動神経抜群だった学校一クールビューティで男装の令嬢みたいに「きゃー」って騒がれるくらいモテモテ! ってわけでは決してなく、どちらかといえば細々と人脈を広げて好かれていたように思う。はっきりいえば、地味に好感度をあげていたわけだ。

 女子高に入ったあたしの信条として、『異性よりも同性にきらわれるほうが生きづらい』だったわけであり、自分を守る策略でもあった。皮肉にも、『悪女セシリア』としてのわたしはこの信条の逆をいっているわけであるが。

 そんなワケで、なんとか心の動揺とか後ろ暗いこととかをひた隠して食事を終えたわけであるが、相当参った。


 なにしろ、アレックス殿下はよい人である。以前の夜会で会ったときの印象はまさしく王子さま。けれどおごり高ぶらない様がすてきで、それこと『望月円香』なら失神モノだった。

 転生モノはあまり読んだことがなかったけれど、『望月円香』は異世界トリップにどっぷりハマってしまった時期がある。中学二年生のときである。

 魔族の侵略に悩んだ王国は異世界から少女を召喚し、そこで王子に一目ぼれされ、ふたりは禁断の恋に落ちるのだ。他には逆ハーものも大好物で、笑顔の裏には壮絶な過去とか読めない腹黒さを隠しつつ過ごす王子さまに「わたしのモノになりなさい」なんて強引に迫られたり、幼少期に裏切りに合い影を背負った王位を継げない殿下が自分だけに「愛している」とやさしく囁いてくれたり、軟派な宰相に「本気になったのは、はじめてです」と口説かれたり、王国いちばんの腕っぷしを誇る騎士に「忠誠を誓います」なんて手の甲にキスを落とされたり、敵国のスパイであった美少年に「アンタのためなら裏切ってもいい」なんて言わせたり……そんなモノを、あたしは喜々として愛していた。ポエムを書くほどに。

 これはきっとだれもが通る病なんだろう。今なら恥ずかしくて死ねる!


 脱線したが、なにが言いたいのかと言えば答えは簡単。つまり、アレックス殿下はそのなかの『笑顔の裏に壮絶な過去と読めない腹黒さを隠した王子さま』に当てはまるとひそかに思っていたわけで……あ、ほんのちょっぴりだけ『裏表のない笑顔のすてきな白馬の王子さま』なのかもとは思っていたけれども……!

 なのに! そんな殿下に怪しまれてしまったわたし。もともと横行していた『悪女』の名のせいでいい印象は築けていないにしても、『悪女』と『犯罪者の娘』では大違いなのだ。怖い!

 どうせなら異世界トリップの王道をひた走りたかったけれどわたしは転生したのだ。ならばひそやかに転生の逆ハーを夢みてみれば『悪女』となり、好かれるどころか嫌われまくりである。

 せっかく王子さまがあんなにいい観賞対象なのに! 目の保養がたくさんいるのに!

 隣国の王さまなんて最低よ? でっぷり肥えたお腹にいやらしい目つき。その息子、つまり王子さまも例に埋もれず父の遺伝を引き継いでいるし、ちょっと遠い西の国の君主なんてまだ若いのに髭がぼうぼうだとか。容姿がすべてじゃないにしても、性格もよろしくないときた。そんな国にトリップしなくてよかったと思う。

 余談だが、なぜわたしが諸国の支配者の性格を知っているのかといえば、父さまの取引相手だからだ。なんの取引かは知らないけれどね。父さまは優秀な魔力をもっているわけだし、賄賂を贈られているのかもしれない。視察と称して父さまや使いの者が行き来しているのを見たことがある。

 賄賂、といえば、それも犯罪なのかな。この世界のこと、わたしってばきちんと理解していないことが多いみたい。勉強しなきゃ。


 さてさて、多大に話はそれたが、要はアレックス殿下にどうやって警戒を解いてもらうかだ。彼が疑うことをやめれば、すくなくとも余計な人間の警戒の目はなくなるだろうし。

 ……まぁ、件の騎士さまはしつこそうだけれども。

 そもそも、あの人はわたしのことをちょっと誤解していると思うのよね。そりゃあ、リカちゃんの件があったから、わたしの印象はどん底だろう。それにしたって、いろんな出来事のせいで勘違いしていると思う。これじゃあ分かり合える日なんて来るのかしら?


「どうにかなるよ」

「そうかなぁ」


 呑気なフランにため息をつきつつ、朝の支度にとりかかる。欝な朝だ。

 朝食のためにみなと顔を合わせるのだから、陽気になどしてなどいられない。昨夜のギルバートさまやパティさまの、失望と驚愕の色を浮かべた表情が頭をよぎる。……デニスはどうでもいい。

 はぁ、と大きくため息をこぼした。まったく、アンニュイな気分だ。


「そうそう。だって俺とセシーが仲良い姿を見せつければいいんだから。発言の信用度も増すだろ」


 たしかに。フランが自らわたしのもとに仕えていると思わせれば、なんとかなるかも。

 良心とか罪悪感とか、そんな言葉が浮かんできたが、今は強引に抹消した。もしわたしたち一家が路頭に迷うことがあれば、フランだって同じくらい、いや、もっと悲惨な運命をたどることになっちゃう。

 髪にお気に入りの赤い花の髪留めを差し込み、わたしは鏡のなかで笑った。


「それじゃあ、よろしくね、フラン」

「もちろん。普段通りにしていればいいだけだしね」


 恭しくわたしの手をとったフランは、悪戯な笑みを口元にたたえていた。


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