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悪女セシリアの述懐  作者: 詠城カンナ
第一章 悪女の邂逅
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(3)

 予想通り、騎士さまは「いきなり逆上したかと思えば媚びたまなざしをむけてくるなんて、悪女そのものだ」という侮蔑のこもったまなざしを射殺さんばかりの怨念を込めて送ってくる。

 いえ、いえ。顔を赤くしたのは逆上したからではなく、己のいたたまれなさを恥ずかしく思ったからで、この笑みは媚びたわけではないんです。デレたんです。デレなくていいところで、デレ攻撃なんかちっとも効きそうにないあなたにデレたんです。というか、媚びるつもりなら絶対あなたなどに媚びませんとも!


「セシリア嬢。お父上の所業を隠し立てするのは得策ではないよ」


 わたしの心中の叫びなど聞こえない殿下は、諭すように言う。ああ、たぶん先ほどレイチェルを止めたのは父の悪行を話されることを恐れたからだと勘違いされたにちがいない。殿下に真摯な表情で批判の類を向けられるのは良心がひどく痛んだ。

 どうしよう。たしかに、父が悪いことをしているなら正さなくちゃいけない。異存はない。

 けれど。どうしよう。やっぱりわが身はかわいいもの。悪者になんてなりたくない。

 わかってる。でも……

 賄賂だって、はじめは止めなくちゃって、思った。でも、父さまに言っても聞いてくれなかったし、はぐらかされた。証拠なんてなかった。

 逆に、言われた。父さまの賄賂関係のあの人に。「もし、今父君が職を失えば、おまえたちは路頭に迷うのだぞ」って。「母や妹に悲惨な運命を味わわせたいのか」って。

 どこか現実味のない世界。わたしはいつから、考えることを放棄した?

 結局、悪女じゃないとぼやきながら、わたしは、まるで物語の悪役そのものの感情を持ってしまったんじゃないの?

 自分がよければ、他人なんて。

 今幸せなら、それで。

 ずん、と重たいなにかに支配される。目の前が暗くなる、そんな気がした――


 光をくれたのは、話の原因である、フランだった。


「俺は、自分から奴隷になりました」

 目を見張り、「なに?」と問いただす騎士さまや殿下に物怖じすることなく、フランはきっぱりと言った。

「孤児だったので、生きていくために奴隷の道を選んだんです」

 しん、と沈黙が下りた。

 それはつまり、身売りに等しく――合法、となるのだろう。無理矢理ではなく、自ら進んで奴隷となり食い扶持を探すことは、法の抜け道。

「本当か?」

「はい。こちらに買われ、今は幸せに暮らしております」

 恭しいまでに頭を下げて、爽やかな笑みで言い切ったフランに、それ以上他の人はなにも言えないようだった。殿下も、そしてハロルド騎士までもが、閉口し、ただ、目を見開くばかりだった。


 本当は、ちがう。真実じゃないのに。

 それを声高に言えない、ずるいわたしを、赦して。





「いつまで泣いてんの、セシー」

 くすぐるような仕草で、頭を撫でられる。そのぬくもりに、止まりかけていた涙は再び崩壊した。

「だ、だって……ふ、ふぇ……」

 ぐすぐすと鼻をすする。後悔のオンパレードだ。自分がいやになる。

 わたしはアマちゃんだ。狡い。こうしてフランのやさしさにあまえている時点で、『悪女』じゃないか。

 今回のことで、身に染みた。というか、理解した。

 わたしは、『悪女セシリア』なのだ。正真正銘。

 なんて狡猾で能天気で、情けないんだろう。わが身かわいさに保身に走り、真実を隠し、安堵するなんて。

 父のことを悪く言える立場じゃない。空気読めないレイチェルのほうが、馬鹿正直でまだかわいげがある。


「泣くなよー」


 ちょっと困ったような声を出し、根気強くフランはわたしを慰める。

 ごめんね、とか、ありがとう、とか、そんな言葉はちがう気がする。

 だって謝ったって、きっとフランは「気にするな」って言う。自分がそうしたいから言ったんだって、わたしを責めない。お礼を言うのはわたし自身が許せない。彼の真実を嘘で覆って、感謝するなどできるわけがない。

 だれが己から奴隷になろうなどと言えるだろう。それは最終的な選択で、生きていくために仕方なく選ぶ道。フランは、ちがう。別の道を選んで自由を求めた。それなのに捕まり、無理矢理自身の意志を捻じ曲げられて奴隷となったのである。

 全然、ちがう道なのに。

 なんてことを言わせたんだろう。わたしは、なんて、薄情な主だろう。


 ごめんね、ごめん、フラン。


 何度も、何度も心のなかで叫ぶ。決して言葉にはしなかった。

 そこまで狡くはなりたくなかったから。



 翌朝、腫れた瞼に赤く充血した目を見て、フランは腹を抱えて笑った。

「なんだその顔! 年下に慰められて、しかも翌日まで引きずるって……魔性の名がすたるよ」

 無意識に頬を膨らませる。魔性の称号など、承った覚えはないのだが。

 ぶすりと顔をしかめて無言のまま小さな友人をにらんでいると、彼は目に浮かんだ涙を拭い、にっこりとしたまま口を切る。というか、いつからあなたはそんなに表情豊かになったのですか?

「主、言っとくけど、俺って結構狡賢いし、忠誠的じゃないんだ」

 唐突な言葉。どういうこと?

「言っただろ。いやな奴に仕えれば逃げもするし、復讐だってできる――俺、暗殺得意なんだぜ?」

 悪戯な琥珀色の眼が、猫のようににやりと笑う。

「それに、セシーは馬鹿だから気づかないみたいだけどさ」

 いつものように首まで隠してくれる服をめくり、フランは黒い首輪を露わにした。

「今まで脱走できたってことは、この首輪の外し方だってわかるんだよ? ちょっとキツイし、死にそうになるけど、不可能じゃない」

 ちょいちょい、と首輪をひと撫でして、さも楽しそうに少年は嗤う。


 ……今、聞きずてならないことを聞いた気がする。あんた、ソレ、外せるの?


「脱走を重ねてからは、売られるまでひどい拷問を受けるようになったし、逃げられなくなった。けど、売られてしまえば主人の隙をついて逃げることは可能。爵位もちの貴族さま本人ならいざ知らず、あんたみたいな小娘ひとり、事故に見せかけて殺すことは簡単なんだから」

 小悪魔的な微笑を口元に浮かべるフランは、本当の年よりずっと大人びて見えた。色気が、ね。この子の将来が心配だわ。

 頭の片隅でそんなふうに混乱とは別のことを考えつつ、どうして、と無意識に口は動く。

 どうしてあなたは逃げないの? どうして首輪を外さなかったの?

 自由に、なれるのに。


「セシー、あんたが言ったんだ」

 あふれるわたしの涙をすくい、目の前にきたフランはやさしくほほえむ。

「あんたは俺に名をくれた友人だ。俺は、もう奴隷じゃないだろう……?」


 彼の、細く白い手をつかみ、わたしは自分の額に当てる。堪えた嗚咽は噛みしめた奥歯の間からうめき声のように漏れる。

 フラン、フラン。あなたはわたしの友達。

 わたしは、あなたを救ったわけじゃない。あなたがわたしを救ってくれた。

「ありがと、フラン」


 ――あなたは『悪女セシリア』の、はじめての友達よ。


 そう言うと、彼は「とんだ悪友だね」とからりと笑った。



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