(2)
「さすがお嬢さま、お目が高いですねえ」
「ふふ、フランは天使なのよ。めちゃくちゃかわゆいんだから!」
「ええ、ええ、わかりますとも。お嬢さまが目をかけてやっているのがよくわかります」
うんうん深く頷いてにっこり笑うのは、ガビィことガブリエル。現在はレイチェルの侍女をしている少女だ。ガビィは三年ほど前からうちに勤めていて、いつしかわたしの友人のようになっていた。とはいっても、彼女はあくまで雇用者。どこか一線を画しているから、やはり友人とはいえないだろう。
そんな彼女は情報通である。よって、知りたい事柄ができるたびに、わたしは彼女へ聞きにいく。今まで彼女が答えに窮したことがないのは驚きだ。侍女という仕事は思った以上にいろんな情報に囲まれているのかもしれない。わたしはガビィをたいそう信頼している。
今日も今日とて、フランの屋敷内での評判をこっそり聞きにいくと、彼女は二つ返事で頷き、非常に褒めまくっていた。
元奴隷・現友人の紅顔の美少年ことフランは、大変よくできた子です。読み書きも計算もできなければ神話だって知らないけれど、護身術だとかそっち方面に関してはプロも舌を巻くほどの腕前であると判明した。
痴漢にあったときの撃退法を伝授されたときは目から鱗状態。「すごい!」とテンション高めで目をきらきらさせれば、彼は淡々と「暗殺術も教えようか」と言い出した。それはご遠慮させていただきましたが。
あと、ご飯をちゃんと食べているせいか、最近顔色もよくなり身体も病弱さが抜けつつあって、美少年さに拍車がかかってきた。健康体になっても儚げな雰囲気は健在で、むしろ色気がアップしていて、こどもにあるまじき秘儀をもってそうである。ゴホン。
奴隷の証である黒い首輪は外れないので、仕方なしにいつも首まで隠れる服を着せている。いつか外してあげたい。
小奇麗にしたフランに目を剥いたのは母と妹である。年下は射程範囲外のはずのレイチェルだって頬を赤らめたほどだし、母さまは「ちがう奴隷でも買ったの?」なんて言うし。父さまだけは悪どい笑みを浮かべてわたしとフランを交互に見てた。
……うん、別に変な意味はないのだろうが、父さまのその顔でその笑みをして美少年を見るのはいただけない。邪なものに感じてしまうよ。
我が父ながら吐き気ものになってしまうので、そっと視線をずらした。
そんなフランであるが、わたしは彼が武術とかそういう方面に優れていることはだれにも言っていないし、これからも言う気はない。
父さまのことだ。なんか利用しそうじゃない? だめ、絶対!
なにを隠そう、父さまはうつくしいモノの他にも必ずといっていいほど欲するものがある――力、だ。役に立つものが大好物で目がないのだ。どんなことに利用されるかわかったもんじゃない。
というわけで、口外するなとフランにも言いつけた。ゆめゆめ忘れちゃならない……うちの家族はどちらかといえば悪役なのだから。
話がそれた。
つまり、あの愛らしい容姿もあいまって、フランはちょっと目を惹く存在となっているようだ。奴隷とはおおっぴらに公表していないので、見目麗しの新人として注目されているらしい。
「とりあえず、フランは順調なのね。よかったわ」
ほっと息をついた。彼と同年代の仕え者はなかなかいない。大人にもまれ疲れやしないかと気にしていたが、これまで彼が生きてきた状況を考慮するに、無駄な心配だったのかもしれない。
ほっとして胸を撫で下ろすと、ガビィはくすりと笑みをもらし、灰色の瞳を細めた。思わずぎくりとする。
わたしはときどき、ガビィのなんでも見透かしてくるような、灰色の瞳が苦手になる。
「お嬢さまは心配性なのですね。それとも、それほどまでに赤毛の坊やが大切なのですか」
「ガビィ?」
「ほどほどになさいませ、お嬢さま。大切なものは、いずれ奪われてしまうことだってあるんですよ」
それはたしかに忠告だった。
「――どういうこと?」
「失う悲しみが大きくなるなら、いっそ大切なものなんてつくらなければいいってことですわ」
その声がとても冷たくて、思わず目を見開いてガビィを見つめ返した。
ガビィは異国風の――わたしは常々、彼女は南のマーレィルス出身ではないかと疑っている――とんがった耳にブロンドの髪を引っかけて、目を見張るほどセクシーな仕草でほほえんだ。
「わからないわ……ガブリエル、あなたはいじわるね」
「セシリアお嬢さまほどではございませんわ」
ガビィが立ち去ったあとも、しばらくわたしは動けなかった。
ときどき、ガビィはひどく突き放した物言いをする。彼女の忠告は一種の予見に似ていて、それがいっそうわたしを落ち着かなくさせた。
――フランを失うと、そういうことなの?
そうしてフランが迎えにくるまで、わたしはしばし立ち尽くしていた。
「だれかと話をしていたの?」
部屋に戻ると、ふいにフランが尋ねてきた。
「え? あ、ええ。ガブリエルと」
「妹の侍女か」
「うん、そう」
しばしフランは考え深げに首をひねって、
「あんたにメイドはいないのか」
と問うてきた。
「あんたの妹には金魚のフンがたくさんいるみたいだけど」
なんて付け足して。
たしかに、うちには使用人がわんさかいる。まるでどこぞの宮殿か? ってくらい、うじゃうじゃだ。もちろんメイド方面も王宮から引っ張り出してきたような美女らが集っているし、母さま付きとかレイチェル付きとか、いる。
はじめはわたしにもついていた。けど、前世の記憶のあるわたしにはちょっとばかり窮屈なものであった。着替えとか自分でできるし、お風呂だってひとりで入る! お姫さまじゃあるまいし、貴族でもここまでするの? みたいな心情であったわけで。
ちょうど『悪女』の名を轟かせたころだろうか。大量にメイドがやめた。なんでも、うちよりいい働き口がメイドさんを募集したみたい。悪女の外聞も相まってか、なかなか新しいこは入ってくれなかった。
いい機会だし、というわけで、わたしはそれからメイドさんをご遠慮している。母さまもレイチェルも溝鼠を丸呑みしたかのような蔑みの目で見てきたが、日本人としての『自分』ももっているわたしとしては、常日頃傅かれる生活というのも案外窮屈なものなのだ。夜会などがあるときは古くから仕えてくれているおばあちゃん侍女がいるので特別困ることもない。父は「好きにしていい」と言ってくれた。いつもは悪代官だけど、変なところで自由を許してくれる父である。
他人の目がなくなったおかげで、『ひらがながき』の課題をする時間が増え、はかどったのは余談であるが。
ともかく、わたしにメイドはいない。かつ、いらないのだ。
その旨を前世の事情を端折って伝えると、フランは「おかしなやつ」とつぶやいて肩をすくめた。
なにをぅ。なんなら、おまえを女装させてメイドに仕立て上げてもいいんだぞ?
心のなかを読めるわけでもあるまいに、フランが目を眇めたのであわててつくり笑う。
でもさ、フランの女装……よくない? 絶対似合う。
「そういえば、主は男を手玉に取るのが趣味なのか? ……汚い」
フランの言葉に飲んでいた紅茶をぶっと吹き出すと、彼はまるで汚物を見るように――本当に汚いんだろうな――こちらを見た。余談だが、彼はわたしをセシーとか主とか、気まぐれに呼んでいる。
「ど、どこでそんなことを……」
「妹君のメイドが大きな声で内緒話をしてた」
フランは今まで奴隷だったせいで、貴族世界の話には疎い。だからどこの家がどんなふうに思われているだとか、敵対しているだとか、それこそ『悪女セシリア』の話さえ知らなかった。……はずだった。
が、ここ最近身につけた、というよりは開花した諜報という情報収集の才能を遺憾なくなく発揮して、アルバート家が周囲からどのような認識をされているのか、またはどの家と仲が良いのか悪いのか、果ては今の政情など、わたしよりも知っているようだ。恐るべし。
「そんなの、ただの噂よ」
ため息がこぼれる。
せっかく『悪女』の噂を知らない、そんな少年であったのに。奇異の目で見られない人と話したいときは、やはり噂を知らない人を探すに限る。けれどこのご時世、『悪女セシリア』の噂を知らない人間などいなかった。貴重な人間を失い、がっくりと肩を落とす。
だが、噂は貴族間で出回っているようだ。ということは、平民だとか、それこそ奴隷のような下働きの人間までは伝わっていない――
「でもさ、まさか『悪女セシリア』が主のことだとは思わなかった。噂ではとんだ魔性の女ってイメージがあったからさ」
――はずで、あれ? なに、知ってたの?
「アルバート家ってのとか、貴族の詳しいことはまったく知らなかったけど。『悪女セシリア』の悪名だけは俺みたいな奴隷にまで轟いてた」
う、うそぉ。どうして神話にまでなったアルバートの名を知らずに一般の小娘であるわたしの名前を知っているのよ。さっきの期待を返して! チクショー。
「でも、ま、たしかに魔性の女かも」
どうしてよ、と恨みがましく見やると、フランは琥珀色の目を悪戯気に細めた。初日とは大違いの、感情のあるまなざしで、お姉さんうれしいよ。
「だって俺、主のためなら、なんだってできるもん」
少年よ、そんな口説き文句は大きくなってから、好きな子に言いなさい!




