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第一話 - 0の役割 -  3

 鈍い音がする。跳躍した強盗のかかと蹴りを、押切は足元の銃を盾にして防いだ。

 強盗は足を引き、間髪いれずに今度は蹴りを突き出す。

「うぐっ!」

 がら空きの腹部に蹴りを食らい、ドアの外まで吹きとばされる。大きな音を立てて事務机に叩きつけられた押切は、痛みに呻きながらも体を起こす。机の上の紙束が床になだれ落ちる。


「動くな!」

 強盗が動きを止める。押切は事務机にもたれかかったまま、ライフルを両手で抱え、銃口を強盗に向けていた。


 呼吸を整え、押切は脳に血を酸素と送り込む。強盗は何も言わず、身じろぎもせずに真っ黒なヘルメットに隠れた顔をこちらに向けて立っている。

 数分に満たない対峙だったが、相手との力量差が分かってきた。

 ほとんど対等だ。だが押切の動揺はそのわずかな差とは比べられないほど大きかった。


 押切にとって対等な相手と相まみえるのは初めての事だ。

 一年前に家を出てから、この能力だけが彼の心の支えであった。

 冷たい汗が額から吹きだす。緊張と恐怖がないまぜになって頭がクラクラする。


(――おはよう、「無能」君)

 違う! 俺にだってできる事はある!

 恐怖が嫌な記憶を呼び覚まし、そのせいで余計に身がすくむ。


(――適性が(ゼロ)であろうとも、国民である事を意識し善良な……)

 何が分かる、あんな事だけで何が。


(――いいよな、何もできない奴は。何もしなくて良いんだから)

 違う、違う……


 強盗は動かない、その表情は隠され、立ち姿は何も感じさせない。

 押切は事務机に左手をつき、無意識のまま後ずさりしていた。目に燃えていた勇気は既にほとんど剥がれており、後悔が浮かんでくる。


(嫌だ、嫌だ……)

 ついに押切が無意識にではなく、自分の意思で背後に一歩踏み出した瞬間、

 黒い怪物は再度跳躍した。

 そしてその刹那、怪物が跳び立った床の一点を中心とするように円状に光が床を走る。

 一重の波紋のように広がる金色の輝きは、押切の足元を彼が悲鳴を上げるより速く通過した。


「うわっ!」

 押切は体を引こうとして紙の散らばった床に尻もちをつく。

 足が動かないのだ。恐怖で足がすくんでいる……訳ではなかった。


 両足に履いた汚れたこげ茶色のブーツ。その底の面がぴったりと床にくっついている様な感覚を押切は感じる。

 足の感覚はしっかりしている。震えてもいない。なのに何故動かない?


 頭上に気配を感じ鳥肌が立つ。恐らくそこにいるであろう怪物から両腕で頭を守ろうとする。しかし、腕も動かない。両方だ。誰かに引っ張られているみたいに前に出せない。


 ガン、と大きな音がして視界に火花が散る。痛みは後頭部、床に叩き伏せられて怪物に馬乗りになられている。痛みに歯を食いしばりながら動かない腕を見、押切は目を見開く。


 袖が床に縫い付けられて(・・・・・・・)いた。


 例えるなら粘着シートに捕えられたゴキブリのような。袖が磁石のように床に張り付いており、腕の動きを制限している。暴れるにも背中も張り付いているようで、体を揺らす事もままならない。

 胸の上で怪物が何かを取りだした。白く角ばった手のひらサイズの何かだ、押切にはそれに見覚えがある。


 注射器だ。

 全身の毛が逆立ち、血の気が引く。強盗が持っている「薬物」、体が動けない分、頭が回ってしまう。


「助けっ――」

 無慈悲に首筋に当てられた噴射式注射器から、噴射音がした。同時に、押切の視界から色が消える。思考が定まらず、まぶたが重い。白黒の世界でも鮮やかな黒を纏う怪物は、押切の上から立ち上がり離れていく。聞こえる悲鳴、押切が助けた銀行職員のものだ。

 もはやその判別も押切には出来ない。ついに彼は完全に意識を失った。








 数分後のえがお銀行六滝支店、その建物の中に立っているのは一人きりだった。周りには二人の強盗と銀行職員が数人、共にぐっすりと眠っている。

 黒ずくめは外をうかがい、再び銀行の中に戻る。書類が散らばった床には一人の少年が眠っている。


 黒ずくめはヘルメットの前を開ける。

 年齢は二十といったところか、少年の方に顔をぐっと近づける。

 そこから覗くの深い夜のような色の瞳には困惑の表情が見てとれた。

「強盗じゃないっぽい? じゃあ何者……?」


 彼女はひとりごち、しゃがんで少年――押切のポケットを探りはじめる。途中頭のけがを発見し、う、と身をこわばらせハンカチを取り出し巻きつける。手当というよりは自分が見ない為に隠した、という感じだ。

 調べ終えたが、ほとんど何も入っていない。女はため息をついて押切をよいしょ、と軽々肩に乗せて持ち上げる。


「これ誘拐だよね……やだなぁ」

 空いている右手でヘルメットの前を閉め、でも放置するわけにも行かないし、とつぶやいて彼女は銀行の裏口から出ていった。

 肩に少年を抱えたまま。

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