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第一話 - 0の役割 -  2

 ――もう引けない。今証明するんだ、俺にも出来る事があるって!


 見事な回転蹴りで強盗を一人ノックアウトした少年、押切は自分を奮い立たせ、こぶしを硬く握る。

 もう一人の強盗犯はとっさの事に混乱しているのか茫然としていたが、押切が構えを取った事で我に返りったようで、素早くM4A1の銃口を押切に向ける。


 押切はしかし、それにひるむことなく踏みこむ。二人の距離は6メートルほど、強盗は一歩あとずさりながら銃を腰だめにして狙いを定める。


 残り5メートル、まだ拳の届く距離ではない。しかし、腰だめとはいえまっすぐ近づいてくる標的を撃って外す距離ではない。


 残り4メートル、引き金に触れる指に力が入る。


 が、銃弾は発射されなかった。正確には、強盗は引き金が引けなかった。


「らあああああッ!」

 残り0メートル、4メートルの距離を一足に跳び越えた押切の飛び蹴りが強盗の胸元に直撃した。

 吹き飛ばされた強盗はそのまま壁に叩きつけられる。

 押切は背中から着地し、転がるようにして身を起こす。

 強盗は起き上がってこない、壁をずり落ち、床に倒れ伏したままだ。


 押切は慎重に倒れた男に近づきながら、まだ左手にくっついたままの手錠、その鍵穴の部分を覆うように右手で触れた。

 次の瞬間、カチリと音がして左手から手錠が外れる、押切は強盗のそばにしゃがみ込んでうつぶせにさせ、外した手錠をその男の両手首にかけた。


 押切は額の冷たい汗をぬぐう。心臓がすさまじい速さで動いているのを感じる。殺されたかもしれない闘い、今までに経験した事の無い緊張で吐きそうだった。


「た、助けて!」

 その声に押切は現実に引き戻される。

「手錠を……それから通報と!」

「はい、あの……やります。じっとしてて下さい」

 声をかけてきた制服を着た男性職員にしどろもどろに返事をし、そばにしゃがみ込む。


 押切は手錠を握り、意識を集中させる。

 すると一瞬指先から、右手にかかっている手錠の鍵穴に向かって黄金の直線が輝いた。


 カチリ。

 音を立てて手錠が開く、もう一方の手錠も同様に一瞬の輝きの後に鍵が開く。


「外れた、大丈夫ですよ」

 外した手錠を持って、最初に蹴り倒した方の強盗に近づく。

 これで二人、強盗は後何人いるのだろうか。押切は手錠をかけながらこの強盗に巻き込まれた時の事を思い出そうとする。


 が、頭にずきりと痛みが走り、思考が(さえぎ)られる。頭に触れると指先に硬い物が触れる、かさぶたができているようだ。

「私の手錠もお願いします!」

 さっき銃を突きつけられていた女性職員が涙声で訴える。

 そうだ、まずはやるべき事をやらないと。考えるのはその後で良い。

 立ち上がって、未だ放心状態の男性職員に声をかける。

「すいません、他の人の手錠を開けてあげてもらえますか」

 男ははっとしたようにこちらに向き直る。


「そ……そうですね、鍵をもらえますか?」

「それと……え?」


 鍵。考えてなかった。

 この『能力』の事を説明すべきかどうか……やめた方が良いだろう、説明に時間がかかる。それに信じてもらえないに決まってる。


「今のはその、ピッキングで……」

 とりあえずごまかそうとしたその時、受付の奥からどさっという何か重い物が倒れる様な音がした。


 しゃがんで受付のカウンターの影に身を隠し、覗いてみると開いたままのドアが見える。

「あそこは何の部屋です?」

 恐怖に声を震わせながら男性職員が答える。

「えっと、あそこは二階への階段ですね」

 階段、強盗の仲間が二階に居るのだろうか。


「あと何人強盗がいるかわかります?」

「まだあと二人……銃も持ってました」


 その時、押切は強盗に巻き込まれた時の事を思い出した。

 ATMを操作していた時に後ろから硬い物で殴られて、気が付いたら床に転がされていた。

 これで全部だ。強盗が何人いるのかなんて思い出せなくて当然だ。

 話しているうちにすこし落ち着いてきた押切は、次にすべき事を考える余裕を取り戻していた。


 人質を解放して、通報する。

 もしくは残りの強盗を制圧する。


 選択肢はこの二つ、警官でもない自分がとるべき行動は前者だろう。しかし今、階段から聞こえた物音。手錠の鍵を開けてる最中に降りてこられたら最悪だ。戦うことはできるが、おそらく他の人たちを守りきれない。


 両方やるんだ、それが『役割』。


 しゃがんだまま移動し、強盗の一人から銃を取り上げる。

 見てきます、と言い残して押切は銃を構えながら物音のしたドアに近づいていく。

 男性職員が何か言ったが、集中と緊張の糸を張りつめた押切の耳には届いていなかった。


 ドアは開いている、そっと覗いてみると3メートルほどの廊下、その先に薄暗い急な階段が目に入る。

 幅は人が肩をぶつけずすれ違える程度しかなく、格闘するには向いていないな、と押切は考えた。

 一応、銃を持ってきてはいるが何の心得があるわけでもなく、撃ち合いになれば間違いなく殺されるだろう。


(ここで鉢合わせなかったのは幸運だったな……)

 押切は銃を構えつつ、ゆっくりドアをくぐり短い廊下に足を踏み入れる。


 慎重に進み、階段に足をかけた瞬間。

「ぐっ!?」

 押切の首に後ろから、黒い何かが襲いかかる。

 鞭のように素早く押切の首に腕をまわし、絞めつけてくる何者かは常人ならざる力で拘束してくる。押切は銃を床に落とし、自由になった両手で抵抗するが簡単には外れそうにない。


(この……野郎!)

 不意打ちをしてきた相手は自分と同じか低い身長のようだ、足は浮いていない。ならまだ取れる抵抗の手段はある!

 押切は全力で足を踏ん張り、後ろに引き倒されそうになっている上半身に力を入れて体を横にひねる。


 背中に組みついている何者かを自分ごと通路の壁に叩きつける事に成功する。狭い通路だった事が(さいわい)いした。

 衝撃で緩んだ拘束から抜けだし、後ろ蹴りを打ちこむ。


 が、押切の蹴りは空を切った。目の端が自分を跳び越える黒い影を捉える。

 跳躍した相手を追いかけて階段の方を向く、ゆうに2メートルは飛び上がった相手は階段の中段に着地した。

 息を整えながら入ってきたドアの方に後退する。抜けだしたとはいえ押切も顔が真っ赤になっている、闇雲に暴れていたら絞め落とされていただろう。


 そしてやっと、この不意打ちを食らわせてきた何者かの姿を確認する事が出来た。


 その姿は他の強盗とは全く違っていた。

 モスグリーンの防弾チョッキと思われる上着を着ていた先の二人と違い、真っ黒なライダースーツだけを身につけている。

 黒い皮手袋をしており肌が出ている部分は無い。


 そして黒い覆面ではなく、黒いフルフェイスのヘルメットを被っていた。


 薄暗い階段に、踊り場の窓からの光を背負いながら押切を見下ろす真っ黒なその姿は、

 暗闇に生きる怪物を思わせる。


 怪物が跳躍した。

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