第一話 - 0の役割 - 1
首都の南に位置する六滝市、昼間に中心部で働く人たちの住むベッドタウンとして整備されたこの市は昼間はかなり静かな町だ。
今は9月、涼しくなってきたとはいえまだ暑い昼下がりに、車の無い道路を落ち葉がムラ無く覆っている。
そこに建つ、えがお銀行六滝支店はそんな街におおよそ似合わない激しい感情が渦巻いていた。
「うるせぇぞ!」
腹につま先を叩きこまれ咳きこむスーツ姿の男、その横でくちびるを噛んですすり泣きの声を必死に抑える制服を着た女性。6人の男女が手錠をかけられ冷たい床に転がされている。
かつては日本でも起こっていたという銀行強盗、そんな古風な事件が今まさに進行中であった。
助けが来る望みは絶望的、なぜなら通報の為のボタンを押す間も無く職員たちは残らず拘束されたからである。
彼らの名誉の為に言うならば、去年に強盗騒ぎが起きた時にはきちんと対応して負傷者ゼロで解決している。包丁一本、単身で乗り込んできた去年の強盗とは状況が違うのだ。
10年弱、この世界から失われたと思われていた武器、それを強盗団は所持していた。
銃。
彼らが持っているのは「M4A1」と呼ばれていたアサルトライフルである。
さらに黒のマグナムブーツにモスグリーンの上下で、さながら軍人のような出で立ちをしている。
『実死武器規制法』が成立してから16年あまり、世界中で行われた『武装排除』によって「人を死に至らしめる可能性が高い」とみなされた武器は世界から姿を消した。
戦車、軍用機、軍艦といった大型のものから個人の所有していた銃まで、ありとあらゆる武器が回収・破棄されたはずであった。
ぐい、と二人の強盗の内の一人が床に倒された受付女性の額に銃口を押しつける。
「ひ……嫌、嫌ぁ……」
「へへ……これが何か分かるか? ええっ? 銃だぜ、ピストル、ガンだ!」
「おい、余計な事はするなよ。せっかく静かに済みそうなんだからな」
覆面の上からでも分かる下卑た笑いを浮かべながら、男は銃をどけようとしない。彼の指は引き金にしっかりかかっており、何かの拍子に指に力が入れば受付女性の命は無いだろう。
「やべーなこりゃ、落ちついてられねぇぞ」
「助けて……許して……」
「銃、預かってやろうか?」
「馬鹿言え、誰が手放すかよ。いっぺん持っちまったら、もう忘れらんねーぜ」
銃を突き付けている男は、銃を握り直したり肩掛けの紐を直したりと落ち着きが無い。
ずいぶんと興奮しているようで覆面から覗く目は赤く充血している。
と、その時、「ゲホッゴホッ」「あん?」咳をしたのは人質の中で唯一、制服を着ていない少年であった。
「おい、静かに……」「ごーほごほごほ!」
わざとらしく咳をし、挑発するような少年の態度に男の雰囲気が変わる。
「なあ、坊主」
男は威嚇するように足音を鳴らしながら少年に近付き、赤紫のシャツの肩を勢いよく踏みつけた。
歳は高校生ぐらいであろうか。少年は手錠をかけられ、うつぶせにされたまま顔も上げない。
「不幸だよなお前も。こんな事に巻き込まれてよ。けどな!」
銃口が今度は少年の後頭部に突き付けられる。指は引き金に掛ったままだ。
「ヘタすっともっと不幸な事になるぞ? つまんねぇことするんじゃねえ」
そう言って少年を踏みつけていた足を上げ、背を向ける。
次の瞬間、男の首筋に茶色いブーツのかかとが直撃した。
右手を軸に逆立ちをし回転蹴りを見舞う、少年。
その右手首には手錠は付いておらず、左腕に片方の開いた手錠をぶら下げている。
「押切 循」は蹴りの勢いで立ち上がりもう一人の男を見据える。
肩を払いながら拳を構えるその眼には、恐怖と怒りが半分ずつ。
それを覆い隠すように、自分の『役割』への強い意思が宿っていた。