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プロローグ

――役割(play )を果(your )たせ(role)



「ハァッ!ハーッ!」

 首都郊外、廃工場が建ちならぶ一角。短い髪の女が駆けていた。ハーフパンツにTシャツ、手には銃を一丁、足取りは確かなものであり身を低くして走るその姿は獣を思わせる。


 弾丸のように駆け続け、彼女は既に10分近く逃げ続けていた。

 季節は秋、時刻は深夜2時、涼しいとはいえ彼女は汗一つ流してはいなかった。

 時たま振りかえりながら走る彼女の息切れは肉体的な疲れからではなく、精神的な部分から来るものだろう。


 焦りと怒り、そして恐怖。


 彼女は追跡者の影を背後に探しながら建物の間の細道に飛び込む。

 工場は密集して建っておりこの速さで走る相手を追い続けるのは至難の業だろう、普通の人間なら。


 銃声が一発、錆びついた柱に響き弾丸が女の頭をかすめる。

「化け物が……邪魔をするな!」

 一瞬身を引き弾丸をかわした女は素早く上に向かって銃を構える。見上げた先は廃工場の壁面、そこから『化け物』は見下ろしていた。


 全身を包む黒色のライダースーツ、頭にはフルフェイスヘルメットを被り、黒い手袋を身に付け全身を黒で覆っている。


 その姿は、街の雑踏の中では間違いなく異質でありさぞ目を引く姿だろう。

 しかし、この闇の中ではヘルメットに反射する光だけが怪物の眼のように存在感を放っていた。


 女は目を血走らせながら窓から覗くヘルメットに狙いを定める。

「アタシには使命があるんだ!」

 女は引き金に力を込める。



――役割(play)を果(your)たせ(role)



 窓から飛び降りてきた追跡者に向かって発砲、ライダースーツの黒に吸いこまれる様に正確に弾丸は進む。追跡者は全くの無反応で落下を続け、弾丸が命中するその刹那。


 一瞬だけ、ほんの半秒、追跡者は眼を弾丸の方に向けた。

「ぐあっ!?」

 叫んだのは女の方だった。


 追跡者は空中で前転を決め、その勢いで女にかかと落としを見舞う。

 銃弾は確かに命中したように見えた。

 しかし、追跡者からは血も出ていなければかすった気配もない、全くの無傷だ。


 女は左腕でかかと落としを受け止めるが衝撃で体が沈みこむ。

 打ちおろされた足にはさらに力がこめられ女の体はがくんと崩れるように沈んでいく。

 ずぶずぶと音を立てて女は沈んでいく。


 そしてついには頭の先まで地中(・・・・・・・)に潜ってしまった(・・・・・・・・)


 ちゃぽんと水音を残し地中に消えた女に驚くでもなく追跡者はつぶやく。

「今のがあいつの『役割(ロール)』か? 地中に潜る能力、いや……」


 女が消えた地面は未だかすかに波打っており木片が浮かんで漂っている。

 しかし波が止まった時には、そこだけ掘り返した様に地面の色が変わっているだけだった。

 追跡者が手近な石を蹴りいれたが上を転がるだけで、すでに他と変わらない地面に戻っている。


「液体化させる能力かな? 面白い、私も私の『役割(ロール)』を完遂しよう」



――役割(play)を果(your)たせ(role)



 地中を『泳いで』いた女は手探りで地上までの距離を測る、息つぎの為だ。

 急な『潜行』の開始のせいで3分と潜っていられない程度の空気しか取り込めなかった。


 痛みで指一つ動かせない左腕をかばいながら泳ぎ続ける。

 彼女は『使命』を帯びてから自分が一対一で打ち負かされる事など想像もしなかった。

 それだけ圧倒的なはずだったのだ、この『役割(ロール)』は。


 指先が硬いコンクリートに触れた、どうやら上は建物があるようだ。指先でゆっくりと掘り進めるとついに水面、否、地表に出た感覚があった。


 手首まで地上に出して力を込める、そして一気に体を――

「悪いな人魚さん」

 背後から首を掴まれ引きずり揚げられる、疲労と潜行による酸素不足で朦朧(もうろう)としていた女は抵抗する事もできず高々と持ち上げられる。


 ぽたぽたと足の先から液体化した土とコンクリートが(したた)る。


「どう……やって……」

 首を掴んだ手はギリギリと喉を抑えつけてくる。女の足は完全に浮いており、踏ん張る事も出来ない。


「他の『役者(アクター)』と戦った事がないようだな、よく見つからなかったものだ。運の良い」

 追跡者は冷酷な声で告げる。締め付ける力は強いまま、首を掴んだ手はいくらもがこうとびくともしない上、手袋は鉄の様に硬く首に食い込んでくる。


「もう一度聞こう。力を貸してくれないか?」

「くそ……が……」

 後ろからかけられる声には明らかな殺意がこもっていたが、彼女はひるむ事なく歯を食いしばる。


「きちんと前から話した方がいいかな?」

 コツ、コツと足音が廃墟に響く。


「な……」

 ライダースーツを着た追跡者は女の脇を抜け、女に背を向け目の前に立っている。

 右手はだらりと降ろしてあり、左手には銃を持っている。


 しかし、女は未だ後ろから(・・・・)首を鷲掴みにされ、持ち上げられたままだ。

 後ろに人の気配は無い。しかし現実に何者かが首を絞め続けているのだ。


「君が盗んだ金も、そのまま君にあげよう。どうだね?」

 再度の問いかけ、追跡者は女に向き直り握手を求めるように細く白い指をした右手を差し出す。


 もはや自分を持ちあげているのが何者か、などと悠長に悩んでいられる状況ではない。

 今の彼女には、もはや握手に応える事はおろか声を上げる事もできそうにない。


(アタシ……は……シメ……イを…………)

 視界がゆっくりとブラックアウトし、女は気を失った。



――役割(play)を果(your)たせ(role)



「気絶したか」

 握手の姿勢を取り続けていた追跡者は手を降ろす。


「殺す事もなさそうだな。私の為にその役割、使ってもらおう」

 差し出していたのとは逆の方、手袋をした左手で持った銃をしまいながらひとりごちる。

 そして埃っぽいコンクリートの床に倒れている女の首元から、手袋をはがし、右手に付け直す。


 そしてヘルメットを外す。

 その追跡者は笑顔を浮かべていた。ぞっとする様な邪悪な笑顔を。


 髪や眉は真っ白で老人とも取れるが、顔にはシワもなく若々しく、そしてその眼と口元には自分を絶対だと信じて疑わない、子供じみた狂気の光が宿っていた。


 ヘルメットのせいで頭に貼りついた髪をくしゃくしゃとかきながら男が崩れた壁から外を覗くと、雲へ届かんばかりに高く高くそびえ立つ一本のビルが目に入る。

 月の光もかき消してしまう程の輝きを放つその巨大建築物は、神をも恐れぬ者たちの巣窟であり城だ。

「愛しき、そして消し去るべき古巣!」


 男は目を細めてビルを見、空を仰ぐ。

「『役者』は揃った。はっきりそれを感じる、私の『役割(ロール)』を果たす時が来たのだ。ここから私は始まるのだ」


 男はヘルメットを胸に当て(うやうや)しく礼をする。

「観客は一人で十分。評価も賛辞も必要ない」

 男は再びヘルメットを被り直す。また全身を黒に包んだ姿に戻った彼は、再び一礼した。


「さあ演者諸君、準備はいいかな? 私の物語を、心を込めて盛り上げてくれ」

 男の瞳はらんらんと輝き天を突くそのビルのさらに上空、ほぼ真上を見据える。



役割(play)を果(your)たせ(role!)!」


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