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私と礼御を先導するかのように、ミネリが前方を走っていた。道なき道を苦に捉えることなく、身軽な身体で進む。跳ねては駆け、駆けては跳ね。ずんずんと彼女は進む。それを魔術師が追う。ミネリほど軽やかに、とはいかないまでも、おおよそ常人ではありえない身のこなしだ。ミネリの移動を速いと言うなら、彼は滑らかだった。強引に最短を突き進む妖怪とは違い、的確に最適を動く魔術師。
そして一方私はというと、早々に魔術師の腕の中で丸くなっているのだった。いわゆるお姫様だっこというやつだ。まさかこの歳になって、恋仲でもない異性からこんな仕打ちを受けるなんて思いもしなかった。そんな言い方をすると、そんな感情を持っているように思えるかもしれないが、―――つまりこれはこれでもちろん私は恥ずかしく、それでも嫌な気分であるとは言えないのだから、私もまだまだ乙女なのだろう。
年上の彼の顔を下から眺めるような格好となった私は、彼の口と鼻からすうっと行き来する空気の動きを感じていた。ときおり礼御はチラと私を窺い、声には出さないものの私の心配をしてくれるのだった。そんな男性のしぐさを見るたびに、私は肩身を狭くし、胸の前で両手を握り合わせるのである。
・・・重い、だなんて思われてはいないだろうか。礼御の動きがあまりにも滑らかであるため、なんだか重そうにされるのとは別の意味で不安になってしまう。
すでに私は自分のどうでもよいことでいっぱいであった。彼らが何を追っているのか、そもそも私が彼らについて来たのはどうしてか、なんてすっかり頭から抜け落ちていたのだから、なんとも素敵な監督者だ。
そうしている間に魔術師とその相棒は、どうやら目的地についたらしい。
先導していたミネリが一度大きく跳び、まるで地面を両足で掴みあげるような着地をした。急停車にならって、地面と足の裏が擦り合う音が短く鳴る。それを見た礼御は、ここで再度私の様子を確認し、到着を合図するように小さく首を傾げた。そして魔術師の身体は不自然な滑らかさでその速度を落とし、トンっと地面に降り立つ。
本当に丁寧な一動作で私も地面に足をつけた。私は小声で「どうも・・・」と彼にお礼のような何かを伝えるのだが、彼は社交辞令のごとくそれを遠慮して受け取っていた。
「さてと―――」
魔術師が辺りを窺いながらそう呟いた。私にはこの場所がどこなのかきちんと判断できないのだが、それでもおそらく、ここはあの黒い何かが消えた真下に当たるのではないだろうか。
「どうだ、ミネリ。何がいる?」
そう魔術師に尋ねられた猫妖怪は、辺りをじっくりと見回した後、上空に視線を向ける。
「僕に聞くより、自分で判断した方が確かだろ。お前はもういっぱしの異形専門家だぜ」
異形専門家。礼御という人は彼の生きる世界でどれほど能力の持った人物なのだろうか。私はふいにそのようなことに興味を持った。私より数歳しか歳が離れていないはずの彼は、いったい私よりどれだけその価値を高めてきたのだろう。
礼御は微かな笑みを見せると、自分の見解を口にする。
「新種ではないのだろうな。でもだからこそ、ここで起きていることにも、なんとなく予想がつく」
それを聞いた私は魔術師に尋ねずにはいられなかった。
「じゃあ、何か妖怪のせいで雨が降っていないんです?」
すると魔術師は「いや」と即座に否定した後、困ったように続ける。
「・・・せい、なんて言わないで欲しいんですよ。彼らだって何も狙って皆さんを困らしているわけではないのですからね。今まで人が暮らせる土地だったこの環境を変えてしまったのは確かにある妖怪が原因かもしれません。それでも妖怪に責任を押し付けることは、つまり台風や地震に責任を求めるのと同じです。求めたところでどうしようもない。だから人は彼らに対策と解決を用いて共存していく。これが人と異形との関わり方です」
彼の言いたい事は分かった。それでも私は魔術師の言うように事象を飲みこむことができなかった。だって彼の言う妖怪たちは、もうほとんど私たち人間と同じような生き物ではないか。可愛らしい少女、ミネリを台風や地震と同じように捉えろと言う方が間違っている。
そのように反論しようとした矢先である。またも礼御は困った笑顔を見せた。私が抱く代表的な文句。そんなもの、彼にとっては聞き飽きたに違いないのかもしれない。そう思わせる表情だった。
ここで魔術師に不満をぶつけたところで仕方ない。私はぐっと我慢して、自分の感情を殺すのだった。
そして私と礼御はお互いにお互いの視線から逃れるように顔を小さくそむける。
幼い子供ではないのだ。礼御も、私も。完成しつつあると自覚する穴だらけの理性が喉につっかえるようなわだかまりを演出する。
そして短い沈黙の後、どちらがより大人だったかと言えば、悔しいが魔術師の方だった。
「ですから、この土地の問題は俺が解決しますよ。それがあなた方にとっても、俺達の側からしても一番良い」
またあの爽やかな笑顔だった。言葉に出されていないものの、「あなたの言うことは正しい」「だから代わりに自分が問題を解決する」と言われているようで胸が痛む。というのは、私がどれだけ自分に都合よく考えを顕わにしているか、ということを実に良く表した想いだ。
だから私は小さく「ありがとうございます」と社会人らしい礼を述べた。それに対して魔術師は「お気になさらなくともいいですよ」と彼らしい返事をするのだった。




