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その二本の尾はほのかに温かく、ふにふにと軟らかかった。
やはりこの尻尾は生きているのだ。決して取り外し可能な作りものではない。
次にミネリは膝を曲げ、頭についた猫耳を私の目の前にもってきた。それに促されるように、私の手は二つの耳に伸びる。
しっとりと湿ったぬくもりを含んだその耳は、ぷにぷにと軟らかかった。そして明らかに人工的でない毛並みを感じる。無造作に生え並んでいるようで、しかしだからこそ体毛の柔らかさに一種の棘のようなものがなく、自然が生み出す穏やかな触り心地でおおわれている。
そこまで私の身体が認識したことを見計らったかのように、私の後ろで構えている礼御が口を開く。
「どうです。何か判断つきましたか?」
分かって言ってるくせに。そう思って答えを探すふりをしていると、礼御はようやく私の目の前で形作っていた指の眼鏡を下すのだった。
「今あなたがミネリの本当の姿を見ることができているのは、俺が一種の魔術を施したからです。そうでなければ、さきほどのようにミネリの尾や耳はあなたに見えないはずです」
礼御は初めの質問に私が答える前に次の話に移っていた。そうか。だから私は今見えているのだ。だからあの指眼鏡なのだ。
と、私にはいつの間にか、魔術とか言う胡散臭いものに対し怪訝な感情を抱くことがなくなっていることに気がついた。そしてその感情が浮かび上がってこなかったことを否定する気にさえもなれなかった。
私はそっと、自身の眼窩に触れる。そこには今まで見てきた世界とは違う世界を映し始めた瞳が納まっている。
そこで私はおや、と思ってミネリを見た。まだ彼女の頭とお尻には異形の象徴がついている。そう、私はまだ見えているのだ。眼鏡を外されているのに。
「指で作った眼鏡をあてがうことが、一種の魔術を施す動作になるわけですよ。ずっとかけていなくてもいい。しばらくの間、あなたはこちら側を視る目を持ったのです」
この、疑問を口に出す前に答えを聞くというのは中々に慣れるものではなかった。
「心配しなくとも、時期に元の目に戻りますし、ご要望とあればすぐに元に戻しますが?」
「・・・いえ、とりあえずはこのままでいいです」
振り返り礼御を見る。すぅっと目に馴染むような笑顔を彼は作っていた。それに私はたまらなくなり、再度ミネリの方を向き直す。彼女はすでに立ち上がり、自分のお尻から生えた二本の尻尾の内、一本を掴んで弄んでいた。その光景に私は小さな疑問を抱く。彼女が自分の身体の一部を物珍しげに触るのには何か理由があるのだろうか。もしかして人の姿で猫耳猫尻尾をつけた状態にはあまりならないのだろうか。人の姿では人らしく、猫の姿では猫らしく。そんなポリシーのようなものが彼女にあるのだろうか。
そんなことを思い、私は何気なく彼女を見ていたわけだが、どうやらその思いは間違いだったようだ。ミネリは礼御に近づくと、「やっぱりこの姿が一番好きだろ、礼御?」「・・・可愛いとは思うがな。もういいからひっこめろよ」「嫌だよ、この姿が一番しっくりくるんだ」「下手に視える人に出会ったとき面倒だろ」「それも含めて好きなんだって」なんて会話のやり取りが行われていた。
私が小さく笑って見守っている、と―――。
あれは一体何だろうか?
彼らの図上に浮かぶもの。真上というわけではないのだ。遠く空に浮かんだソレが、ちょうど彼らの頭の上に浮かんでいるように私の目には見えている。
黒く小さな点。それでも何かの生物の形をしたソレ。
私は目を凝らしてソレを見るも、結局はなんだかよくわからなかった。
そんな私のわずかな異変に、目の前の二人は気がついたようだ。一瞬の疑問符が彼らの中に浮かぶと、すぐさま私が見ようとしているものへ視線を向ける。
そしてその瞬間、黒いなにかは消えてしまった。まるでその黒いなにかがいた空間が、ふいに削ぎ落されたような、そんな奇妙な消え方だった。
「礼御」
ミネリが小さく魔術師の名を呼んだ。それに「あぁ」と答えて、場の空気が動き始める。
「雨が降らないのは・・・そういうことか」
その言葉に私は驚いて声を上げる。
「えっ!? 何かわかったんですか?」
「わかりそう、と言った方が正しいですが、恐らくは。行こう、ミネリ」
「ほいほい」
真剣な空気ではあるものの、緊張した空気が流れているわけではなかった。二人にとってはその程度の―――出来事なのかもしれない。
「さて」
「・・・・」
「あなたも来ますか?」
魔術師が私にそう尋ねた。ギュッと胸を縛るようなためらいは生まれたが、それでも私はこう答えてしまうのだった。
「行きたいです」
「では行きましょう」
邪魔になるだとか、そういった考えを彼は持たなかったのだろうか。礼御はそう言うと、私の手を引き、野山を駆け始めた。




