ダンス イン ヘル
鬼娘は漫画やアニメではキュートだが、実際にはゴツイ。
身長6m、体重2t。顔の大きさが琉球畳1畳位あるのだから当然だろう。
そんな鬼娘が俺に対し、野太い声で怒りの声を発した。
「ブッホ、%# ウンバウンバ △〒∀!」
おそらくブッホというのは彼女がつけた俺の名前なのだろう。
彼女は怒りにまかせて俺を掴むと力いっぱい床に叩きつけた。
ベキッ、グシャ!
全身の骨がくだけ、目から出た火花が視界を白くする。
激痛だが死ぬ事はない。
なぜなら俺は亡者だからだ。
俺はむっくりと起き上がると、仲間の列に戻った。
すっぱだかに揃いのチャンチャンコという珍妙な集団が気の毒そうに俺を見る。
俺達は全員、鬼娘のペットなのだった。
「あれは、いいかげんに言う事聞きなさい! って言ってるのよ」
生前、高校女子バレー部の顧問をしていたという佐伯美樹が苦笑した。
「いいじゃねえか。市村君は根性があるんだよ」
そう褒めてくれたのは傭兵部隊にいたという西垣康三。
もう一人の添田弘士は無言で首を振った。なんでも、この男は元三段目の力士だったとか。
いずれも人間でいえば巨漢。
かく言う俺、市村直哉もゲームオタクで引き籠りながら、体格だけは彼らに引けを取らなかった。
要するに、大きめのペットが好きな鬼娘が俺達を買い集めて来たのだ。
目的は、ウンバウンバとかいうダンスを踊らせる為。
鬼娘が叩く直系2メートルの絞太鼓に合わせ、俺達全員で足を踏みならすのだ。
何故そんなくだらない目的の為に、俺達がひどい目に遭わなければならないのかと思うが、ここは地獄なのだから仕方がない。
むしろ最下層の、ただ苦痛を与えるだけの世界に落ちるよりはずっとましと言える。
だが、どんな風にステップを踏めばいいのかよく分からない上にリズムも変テコ。
%# ウンバウンバ △〒∀! などと言われても、俺の頭は混乱するばかり。
それなのに生前体育会系だった他の三人は何となく調子を合わせられるのだ。
結果、俺だけが叩きのめされるという悲惨な状態になっていた。
「納得いかねえ!」
三日三晩に及ぶ、ウンバウンバの激練から解放された俺は、仲間の亡者達にグチをこぼした。
「あんたらはどう見ても体育会系だから、“類は友を呼ぶ”でこんな世界に来たのかも知れないが、引き籠りの俺がどうしてこんな世界に引っぱられたんだ?」
「そりゃあ、お前がゲームの主人公をスパルタ方式で鍛えてたからだろうよ。ヒッヒッヒ」
西垣が自分で言って自分で大笑いした。
元傭兵はこんな状態でも冗談が言えるのだ。
「それにしてもあんたら、よく我慢できるな。こんな世界に希望があるとは思えないんだが・・・」
その呟きに佐伯美樹が答えてくれた。
「それはね。あの鬼娘の熱意なのよ。彼女は私達と共に何かを作り出そうとしている。人権をまったく認めてくれないのは残念だけど、こうして一つの事をみんなで目指していると、きっといつか通じ合う。私はそう思うのよ」
「そんなもんかな」
「そんなもんッス」
始めて添田が口を開いた。
体育会系の三人からそう言われると、少しだけ希望が持てそうな気がした。
すると・・・、
不思議なものでその日から俺はウンバウンバのリズムが少し理解できるようになって来たのだ。
「ブッホ、%# ウンバウンバ △〒∀!」
あい変らず、叩きのめされることは多かったが、その回数はしだいに減って来た。
それどころか、あの横暴な鬼娘が自分の食事を残して俺達に残飯を持って来るようになったのだ。
地獄に転生してから数カ月。何も食っていなかった俺達は思わず抱き合って喜んだ。
「やはり気持ちは通じ合うのよ」
美樹が得意げに言った。
鬼達の世界の文化は知らないが、亡者にウンバウンバを踊らせるのは彼らの伝統芸能のようで、うまく踊れるようになった俺達は、大会に引っぱり出されることになった。
会場には身の丈8mを越えるおぞましい鬼達があふれかえっており、舞台を見れば俺達と同じ様な亡者達が四、五人ずつ異なった色のチャンチャンコを着て待機している。
踊り損なって失笑を買い、恥をかかされた主から叩きのめされる亡者達が続出する中、俺達は絶妙のコンビネーションでドンドン、タンタンと足踏みをし、観客の鬼達から祝福の肉ダンゴを飛ばされた。
地獄に来て始めて感じる勝利の瞬間だった。
鬼娘はと見ると彼女も誇らしげで、この時俺は種族を越えた一体感を覚えたのだった。
「荒っぽい指導も捨てたもんじゃないだろう?」
西垣が肘で突きながらそう言った。
だが、この日から1週間後・・・、
俺達は再びきつい練習をさせられていた。
「ドッゴ、%# ウンバウンバ △〒∀!」
おそらくドッゴというのが今度の俺の名前なのだろう。
新しい主人が怒りにまかせて俺を掴むと力いっぱい床に叩きつけた。
ベキッ、グシャ!
全身の骨がくだけ、目から出た火花が視界を白くする。
だが亡者の俺が死ぬ事はない。
俺はむっくりと起き上がると、仲間の列に戻った。
この前までとは色の違うチャンチャンコを着た西垣達が生気のない目で俺を見た。
ウンゴウンゴのダンス大会で優勝した俺達を鬼娘が高く売ったのだ。
暴力的な指導者は、やはり自分の事しか考えていない。
俺はあらためてそう確信した。
( おしまい )