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神殺しの恋  作者:
1/2

前編

その男はかつて神を殺した。


下級の穢れきった神だったが、随分長くいきて世界に毒を吐き続けていた。

人とは文字通り次元が違うその存在を、男はたった一人で葬り去った。


その瞬間、男は人間ではなくなった。

神殺し。それは、ひどく呪いじみた祝福をもたらした。


葬った神の力がそのまま男に宿った。

本来ならば人間ごときには侵せない脅迫めいた存在感。在るだけで周囲を狂わせる存在感。


その存在感を弱めるために、男は己の人生を薄く引き伸ばすことを選んだ。


まず、寿命が飛躍的に伸びた。

薄れた力だといっても到底人には達せない力も得た。

条件さえ整えば、奇跡をよびおこすことだってできよう。



そして、感情がほぼ失われた。



それだけは神がもたず、人のみが持つものだ。

神の力によっては増幅されない男の感情は、薄く引き伸ばされることによってぴんと張った糸のようにぶれがなくなってしまった。


あるいはそれこそが救いだったかもしれない。

百年も、千年も、ただひたすらに存在し続けるしかない運命を、人の心で受け入れるなんて辛すぎる所業だ。


男には時間があった。

為すべきことも、すでになかった。


暇つぶしにありとあらゆることを修めはじめた。


剣も、槍も、弓も、馬術も、体術も、魔術も、神術も、絵も、歌も、楽器も、料理も、鍛冶も――――すべてを修めた。

神の才能をもってすれば、できないことはほぼ見つからなかった。

男も女も子供も老人も、皆が男に夢中になった。


だが、彼が何かに心動かされることはとても少なかった。


彼はある時より、ふらりと旅にでた。

もとより定住する住居を持ってはいなかったが、今度は2日続けて同じ場所にはとどまらぬ、と決めて歩き続けた。特に理由はなかったが、暇つぶしにはなる。

そのころには男も長い人生を生き続けるヒントを得ていた。

何かのルールを定め、そのルール通りに動いていけば、とりあえずは迷ったりしないということだ。


そうして旅を初めて百年がたった。

騎獣や馬車などにはのらず、ずっと己の足のみで歩き続けた。

そのおかげでまだ世界は一周もできていない。そのことに男は密かに満足していた。

これならば、次のルールを見つけるまで今しばらくは時間をつぶせそうだ、と。


また百年がたった。




男は、そこで、運命と出会う。




「ええっ!何ここ、なんで私こんな森の中にいるわけ!ちょ、ちょっとそこのお兄さん助けて!」


黒髪黒瞳で、涙目で慌てている彼女は、明らかに異質な彼を見つけたとたん縋り付いてきた。

白い上着に紺のスカート。男をもってしても、見たことのないその服は、セーラー服というのだと後に教えてもらった。


迷い人。

ごくごくまれに、異なる世界より呼びこまれる人間がいるということを男は知っていた。


「異世界!ここ、やっぱり異世界なんだ……。私、何かするために呼び出されたの?魔王を倒せ、とかどっかの王族の婚姻相手とか、そんなかんじ?」


この世界に現在魔王はいないし、おそらく王族が関与したわけではないだろう。そう告げると、彼女はそう、と顔を俯かせた。


「じゃあさ。じゃあ、私は、一体何をしたら、どんな条件を成せば、元の世界に戻れるの?」


分らない。と男は告げた。

事実、知らなった。

迷い人。最後に記録が残されているのは2百年前。彼女はとある大国の寵姫となって亡くなった。もはや迷い人という言葉さえ知っている人間は少ないだろう。

数百年に一度の偶然が、彼女をこの世界に呼び寄せた原因だとしたら、また戻るには数百年に一度の偶然が、また彼女の身の上に降りかかるのを願うしかない。

そんなことは奇跡的、つまりありえない。


「そんなの、認めないっ!私は元の世界に家族だって友達だっていたんだから!ちゃんと退屈で、幸せな毎日を送っていたんだから!どうして、どうして私なの……!」


泣きわめく彼女を慰めるでもなく、男はずっと彼女のそばにたってその様を眺めていた。


やがて彼女は一人で泣きやみ、一人で前を向いて笑った。


「こんな可憐な女子高生が泣いているのに、慰めもしないなんてお兄さん。恋愛関係ダメダメでしょ」


赤くはれ上がった瞼を恥じらう若さと、それを笑い飛ばしてしまう強さがあった。


どくん。と跳ねた心臓を男は無表情で抑えた。寿命にはまだ早いようだが、これはなんだろう。

浮かんだ疑問はすぐに消えた。


「ねえねえ、お兄さん。私の名前は音在桜。サクラでいいよ」


サクラ。口の中でその名前を転がした。何故か、ひどく甘い味が浮かんだ。


「それで?お兄さんの名前は?」


名前。

数百年以上呼ばれたことのない名前は、摩耗し、薄れ、それでもほんの微かに残っていた。


「名前は――――――」


それじゃあランって呼ぶね。勝手に短く縮められた名前は、同じように甘く舌に痺れた。






一緒に旅をすることになった。

目的はサクラが元の世界に戻る方法をさぐること。

ランが知らないだけで、実は他に方法があるかもしれないでしょう、というのがサクラの言い分だった。男はそれに反論もせずに、ただそのときまで着いていこうと申し出た。


サクラは知らなかった。およそこの世界で男に分らない知識がないことを。

男が知らないのなら、そんな知識はこの世界にはないということを。

男は承知の上で、黙っていた。


男は一人旅をする中で、今まで不自由を感じたことがなかった。

今はさほど持ってない金も稼ごうと思えば一瞬で稼げたし、欲しいと思ったものも必要さえあればすぐにでも揃えられた。

だがサクラは男とは違う論理で動いているようだった。

まず、と彼女は要求した。食事や水分が十分に取れないのはあり得ない。


これはすぐに頷いた。忘れていただけで、人間に食事が必要なのは覚えていたから。

あと、着替えも必要だといった主張にも頷いた。

その気になれば一切汚れることもなく過ごせる男とはちがって、人間の、とりわけ女はそういったことが好きなのだということもかろうじて覚えていた。

それにひらひらとかわるがわる鮮やかな布地に身をまとう彼女は可愛かった。

ひさしぶりに、可愛いと思う感情を思い出して目を細めた。


しばらく一緒に旅して、彼女がやたら水浴びをしたがるのに気付いた。


「いや、贅沢なのはわかっているよ?わかってるけど……日本人としては、風呂とはいかずともせめてシャワーは毎日欠かさず浴びたいのが本音かな」


わかった、と頷いた男は、二日以上その町に滞在しないというルールを破ってまでも風呂がある場所を整えてやった。


ルールなど、他の何かを、新しく決めてしまえばいい。


まず欲求というものが少ない男は、サクラに遠慮せずなんでも言うよう伝えた。それを叶えるのも、男の能力からして特に負担ではない。

サクラは申し訳なさそうにしながらも、隠し切れない喜びに笑顔をふりまいた。男はその事実に喜びを覚えた。



新たなルールは、サクラの願いを叶える、に決まった。



街から街へと、次々に二人は旅を続けた。

徒歩のままではサクラの負担が大きいので馬も買った。


なんでもないような顔で尽くす男に、サクラは度々何かをいいかけ、結局口を開かないままうつむいた。


1年が過ぎた。

謎は解明されないままだった。当たり前だ。ここ数百年の知識は彼が知っている。

惰性でつづいている旅に、男は問題なかったが、サクラの精神は疲弊していった。

諦めるべきなんだろうか、というサクラの問いに、男はゆっくりと首をふった。

旅の間、幾度か思索したあげくにふと思いついたことがあった。


男は、可能性を一つだけ抱えていた。


そしてあるとき、とうとうサクラの足がとまり、もう疲れたと言ったとき。男ははじめて自分が神殺しであるということを告白した。


今まで聞いてもろくに答えなかった男の唐突な告解に、サクラは驚きながらも真摯に聞いていた。

神殺しだという事を疑うこともなかった。

ここ1年の旅の間でその異常なまでの強さをしっていたし、普通じゃないと思わされる感覚も持っていたから。


神を殺し、どのように生きてきたかという流れを他人事のように滔々と喋り、男は最後にだから、と言葉を結んだ。


「俺を殺せばいい」


ぽかん、と口をあけて男を凝視したあとで、我に返ったサクラは思い切りその提案を拒否した。


「何を言っているの!?ここまで私がこれたのはランがいたおかげ。今私が無事でいるのはあなたのおかげなのに……殺せるわけないじゃない!」


悲鳴のようなその言葉に、そっと男は解説を添えた。


「異世界へ渡る技術はない。ここ、千年近く、その知識は生まれることもなく、刻まれることもなく、ただ時はすぎた。ならば、求めるのは知識ではない。奇跡だ」


男は、神を殺してからその力を手に入れた。

人のみでは決して手に入れることのできない、ふざけた力。薄めた存在感の中ですら、人を超越するその力。

その力だったら、奇跡を起こせるかもしれない。

いいや、神の力でしか、サクラは帰ることができないだろうと。男は静かに真実を語った。


「どうして、そんなことを言うの?どうしてそこまで私にやさしくしてくれるの?」


ルールを決めたからだ。サクラの願いを叶える、と新しくルールを決めたから。

何かのルールを定め、そのルール通りに動いていけば、とりあえずは迷ったりしないと男は知っていたから。


そして、今のところ、そのルールに不満はない。


「ひどいよ、本当にひどい。私に、ランか世界か選べって?本当にそんなこといってるの?そんなん、無理にきまってるよ。どうして、どうして……!」


泣き濡れるサクラに男は否定した。

迷わなくてもいいのだと。


仮に男がもっと上級の力をもっていたなら、加護として分け与える分だけでどうにかなっただろう。

だが現に男は下級の力しかもってはおらず、さらに時空を司る系統の神でもなかったため、世界を渡るという願いを叶えるにはその命を賭するしかなかったのだ。


うっうっう、と嗚咽をこらえもしないで泣いていたサクラは、やがて泣き止み、下をみたまま微動だにせずに男に懇願した。男からは見えないその瞳には、ほんのわずかばかり狂気が混じっていた。


「ねえ。私にはランを殺せない。けど、他の神様だったら殺してみせるわ」


手伝ってくれる?静かにとねだるサクラに、男は一拍おいて、了承した。


それが願いなら。それでサクラが喜ぶのなら。なんだって叶えてみせよう。



たとえ、それが犬死に近い行いだとしても。



神を殺すのは、そんなにたやすいものではない。

男がそれを成したのは、偶然が偶然をよんだからだ。

そしてどんな神をも殺していいわけではない。善なる神を殺せばこの世界は衰退するだろうし、中立の神でも世界は呪いを受けよう。

また神にも司る力にばらつきがある。たとえば美貌の神を殺したところで、この場合は何の意味もないのだ。どうせならば、目的に合った神がいいに決まっている。


穢れきって、世界がいらないと判断した、時空にかかわる力をもつ神を、殺す。


全ての条件がそろった神を見つけるまでに、3年が過ぎた。


そして対策を練るまでに、あと1年。いつの間にかサクラは大人になっていた。




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