7話:可愛い彼
なんであんな事思ったのだろうか。
もっとキスしてほしいなんて……変態か!
そんな一人ツッコミを頭の中でしながら、ちらりと神崎を見た。
夕食を黙々と食べる神崎は何を考えているのだろう? ご飯がまずい……とか。
「この肉じゃがはよくできていますね」
唐突な褒め言葉に驚いた。
そんな神崎に恐る恐る尋ねてみた。
「あの……熱でもあるんですか?」
「……さあな」
神崎は曖昧な言葉で返すと、またその肉じゃがを箸でつついた。
私は神崎の顔をじいっと見つめた。いや、しかし、こんなイケメンは見たことがない。
少し感心していると、神崎がちらりとこちらを見た。
「何見てるんですか?」
「え? いや……その……」
「俺の顔に見惚れてたとか? お望みならば、さっきみたいにキスでもしてやるけど?」
またいつもの意地悪な顔だ。
神崎の優しい顔なんて見たことがない。
「馬鹿じゃないんですか? 私はそんなに変態じゃありませんから」
冷静な口調で返したものの、図星を突かれたことに内心動揺していた。
すると、神崎はすっと身を乗り出してくる。
「ついてますよ」
「へ?」
神崎は長い指先で私の口元に触れた。
そして、そのご飯粒を私の唇ごとぺろりと舐める。
「な……今、舐めて……」
「ごちそうさまでした」
私は口をパクパクさせながら、神崎を見る。
神崎はくすりと微笑むと、ソファに身を投げ出しテレビを点けた。
すると、突然を苦しそうに咳き込んだ。
「伯さん? 大丈夫ですか?」
「あぁ……けほっ。お前が朝、布団取るから、ちょっと風邪気味で……けほっ」
神崎は苦しそうな掠れ声で告げた。
あ……そういえば、こいつは布団なしで寝たんだわ。ちょっと罪悪感が……。
「す、すみません……」
「今日はもう寝ます。仕事を休むわけにはいかないので」
神崎はそう言って、2階の寝室へ向かった。
大丈夫かしら。少し不安げに彼を見送った。
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なかなか神崎が起きてこない。
私は朝食を済ませ、時計を見た。針は8時を指している。
「お、おはようございます……。けほっ」
掠れた声が後ろから聞こえた。
神崎の頬は少し赤く、目はうつろでひどく弱弱しい。
「大丈夫ですか!?」
「あ、あぁ……」
どう考えても大丈夫そうには見えない。
私は学校に連絡しようと、電話に手を伸ばす。
「大丈夫だ……。ちゃ、ちゃんと出勤はできる……」
「絶対大丈夫じゃないです! とりあえず寝てください!」
番号を押しながら、つい声を荒げてしまった。
何か言われると身構えたが、彼は素直に従った。
彼はソファに倒れるように寝転がる。……あら、珍しく素直なのね。
私は欠席しますと告げた。といっても、神崎の連絡はしない。怪しまれるに違いないからだ。
「とりあえず、これ飲んでください」
彼の口元に風邪薬を運ぶと、水を飲ませる。
ここまで素直な彼は見たことがない。なんだか……可愛い。
「お……粥」
「え?」
「白い、梅が乗った……奴」
神崎は途切れ途切れに伝える。
梅が乗った白粥が食べたいらしい。私はキッチンに向かい、すぐに支度をする。
「なんだか変な感じね……。あいつが凄く素直だわ」
ぼそりと呟きながら、鍋に火を点けた。
すると、後ろから強い力で抱きつかれた。
「きゃっ!」
「……まだ?」
頭上から小さな声が聞こえた。
彼はかなり弱っている。だって……こんな神崎は見たことがないもの。
「あの、向こうで寝ていてください。もうすぐできますから」
「……そうか」
神崎はふらりと私から離れると、リビングへ戻った。
私は神崎の背中を見送ってから、簡単な白粥を作った。
最後にちょこんと梅干を乗せる。
「さあ、できましたよ」
ソファの方へ持っていくと、前の小さなテーブルへ白粥を乗せた。
神崎はそれを見て、ゆっくりと起き上がる。
「どうぞ。食べれますか?」
そう言って、にっこりと微笑んだ。
今日だけはサービスに何でもしてあげるわ。
そう思っていると、神崎は私の前で少し口を開けた。
「……た、食べさせろ」
いつもの神崎ではない恥ずかしそうな表情。
なにこれ。なにこれ……か、可愛い! 神崎が可愛い!
私はおずおずと白粥を神崎の口に運ぶ。
「あ、熱くないですか?」
「あぁ……美味しい」
神崎は白粥を口に含みながら、微笑んだ。
いつもこんな感じならいいのに……。
白粥を冷ましながら、そう思った。
「ごちそうさまでした……」
神崎は最後の一口を食べ終わると、またごろんと寝転がってしまった。
目を覚ましたら、またあのいつもの神崎に戻っているかと思うと、勿体無く思う。
すると、きゅっと手を握られた。
「もうちょっと……このままで……」
神崎はそう呟くと、すぅっと眠ってしまった。
もう少しだけこのままでもいいかもと思いながら、私も手を握り返した。