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5話:甘い香り

 朝のHRが始まる1分前。

 ぎりぎり間に合ったという安堵の溜息もつかの間。

 いつもとは別人のような神崎がこつこつとこちらに向かってくる。



 「HR始まりますよ。早く入ってください」



 淡々とした口調に、無駄に身構えてしまった自分が恥ずかしい。

 しかし、家と学校では全くの別人だと、変に感心してしまう。

 度の強そうな分厚い眼鏡で、あの吸い込まれそうな黒い瞳は完全に隠れている。

 わざと黄ばんだ白衣を着ているし、さらさらとした黒髪もワックスか何かでぼさぼさにしてある。

 あの官能的な唇もマスクで見えない。



 「何をぼうっと突っ立っているんですか?」

 「あ、はい。すみません」



 軽く会釈をして、教室に入る。 

 誰から見ても、夫婦には見えない会話だ。家での神崎とは違う対応に少し安堵の溜息が漏れた。

 私は自分の席を見つけ、そそくさと席に着く。



 「おはようございます。どうして遅れましたの?」



 こそりと耳打ちしてきたのは、中学からの友人の城野内(じょうのうち) 麗子(れいこ)だ。

 名前の通り、麗しい名家のお嬢様で美しい端正で上品な顔立ちをしている。



 「ちょっとね……」



 軽く返事をして、前に向き直る。

 麗子も少し首を傾げていたが、前を向いた。

 気が付くと、周りからくすくすと笑いが聞こえる。何事かと思うと、前で神崎が派手にこけていた。

 多分、あれもわざとだろう。……あんなに徹底しなくても。

 そんな神崎の徹底ぶりが少し可笑しくなり、ぷっと吹き出してしまった。



 「何ですか? 野田さん」



 神崎の眼鏡の奥の瞳が鋭く光った気がした。

 すると、隣の麗子が訝しげに眉をひそめた。



 「どういたしましたの? 杏奈さんはこういう事で笑うお人じゃないでしょう?」

 「えっと……すみません。は……神崎先生」



 急いで伯さんと言いかけたところを先生に正す。

 多分、あのマスクの下はニヤニヤ笑っているのだろう。 

 ……面白がっている。

 あの不安の正体はこれだったのだろうとこの時、確信した。




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-----




 授業終了のチャイムが鳴り響くとともに、生徒たちは一斉に理科室を飛び出す。

 というより、逃げる感じだ。神崎の授業は独特な臭いがするため、生徒のほとんどが嫌っているのだ。

 麗子も顔をしかめながら声を掛ける。



 「杏奈さん。早く行きましょう」

 「う、うん」



 皆はこの臭いを嫌っているが、私は少し好きだったりする。

 家での神崎の甘い香りは少し落ち着かなかったりするが……変なのかしら。

 そんな風に思っていると、後ろからとんとんと肩を叩かれる。



 「野田さん。ちょっと残ってもらえますか?」



 ぎくりと心臓が嫌な音を立てる。この声の正体は神崎しか考えられない。

 麗子は引きつった笑みをしていたが、神崎に丁寧にお辞儀をして先に出て行ってしまった。

 取り残された私はぎこちなく後ろを向く。



 「な、何でしょうか? 神崎先生」

 「神崎先生?」 

 「……伯さん」



 きっと勉強とか手伝いとかそういう事ではないだろう。

 それは彼の黒い笑みですぐに分かる。

 彼は、空いたままのドアを閉めると、私を軽く抱き上げた。



 「ちょ……何するんですか!?」



 じたばたして、彼の背中を叩いてみてもびくともしない。

 そのまま教卓に投げ出されるように座らされた。



 「痛っ……。一体なんなんですか?」

 「お前さ、生意気なんだよ。そんなに分からせてほしいの?」



 白衣を脱ぐと、眼鏡をはずし、マスクを外した。素のままの彼はじりじりと詰め寄ってくる。

 薬品の臭いが彼の甘い香りにかき消される。甘い危険な香り。



 「やめてください! 人にばれたらどうするんですか!!」



 激しく反論しても彼は無視して、するっとネクタイを外した。

 そんな色っぽい仕草に、まず私の中で危険信号が鳴った。

 と、その時だった。



 「な、何をしてらっしゃるの!? あ、杏奈さん? それに……神崎先生?」



 驚きで目を見開いた麗子が私たちを指さしていた。

 

 

 



 


 

神崎 伯……を神沢 伯にしておりました。

初歩的なミス、すみません!

神崎で統一します。

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