4話:危険な寝室
時計を見ると、もう3時。
隣から聞こえる静かな寝息が、私をますます眠れなくする。
ベッドのぎりぎり端まで寄っているのに、やっぱり落ち着かなかった。
というより、神崎はこちらへ近寄ってくるのだ。
「睡眠ぐらいとらせてよ……」
ぼそりと呟くと、ん……と横から声が聞こえる。
黙れとでも言っているかのようだ。私は少し身震いをした。
私は再度目を瞑った。こうするのはこれで何度目だろう。
「……おい、早くしろ」
低いくぐもった声にびくっと体を震わせる。
そろりと振り返ると、彼は穏やかな寝息を立てていた。
……夢でも私を苛めてるのね。
深く溜息をついて、眠りにつこうとしたとき。
後ろからぎゅうっと抱きつかれた。そんな行動に私の身体は固まってしまう。
彼の長い足は私の短い足に絡められ、抜け出せない拘束状態。
「ちょ……やめてよ」
「お前に拒否権はない」
寝言……よね? 寝ながらも私を苛めるなんて、どんな神経してるのかしら。
首に回された腕をほどこうとする。しかし、彼の腕には無駄に強い力がかかっていた。
どう足掻いても振りほどけない。私は最終手段を使うことにした。
「起きてください! 伯さん、起きて!」
「ん……」
声を上げて、必死で彼を起こす。
すると、後ろから苛立った声が聞こえた。
「なんだよ……」
「ほ、ほどいてください!」
「あァ? ああ、コレか」
いつもに増して機嫌が悪そうな声が聞こえた。
意外に低血圧なのね……。
「俺を起こした罰だ。そのまま寝ろ」
神崎は無愛想に言うと、更に抱き締める力を強くした。
そしてふっと耳元に息を吹きかける。そのまま耳朶を甘噛みした。
「ひゃっ……!?」
「意外ですね。……耳弱いんだ」
神崎は艶のある低い声で囁くと、そっと耳のくぼみを舌でなぞった。
さすがにこの状況はヤバい。1日目にしてこいつは理性を失いかけている。このままほったらかしにすれば……間違いなく犯される!
私は肘でまたまた神崎のみぞおちに一発食らわせた。
「ぐっ……、お、お前……」
「わ、私は自分の部屋で寝ます!」
「しょ、傷害罪で……」
「私は婚約破棄にしますよ!」
そう言い残し、布団を被りながらのそのそと寝室を出た。
この布団を被ってでもいれば、風邪を引くこともないだろう。
私は自分の部屋に戻ると、広い床で布団を巻きつけて寝転がった。
ずっと寝ていないせいか、私は自然に眠る事ができた。
その夜、夢を見た。
私は純白のウェデイングドレスを着ていて、目の前には神崎がいる。
いつもとは違う、優しい眼差しで微笑みかけて……そのまま唇を近づけてくる。
「おい! おい、起きろ!」
「むにゃ。……はくさん」
「何言ってんだよ。……早く起きてください」
目を開けると、神崎が私の顔を覗き込んでいる。
真っ黒な瞳が私の瞳とぶつかると、私は急いで布団を被った。
「どんな夢見てたんですか? 俺の名前を呼んでいましたよ?」
「えーっと、まあ……」
「俺に犯される夢でも見てたのか?」
そっと布団から目を覗かせると、神崎はくすりと笑った。
顔が真っ赤に蒸気していく。恥ずかしい。
「そんな夢じゃありません!」
「じゃあ、どんな夢だったんですか?」
「伯さんと……」
結婚する夢、なんて言えない。
とりあえずでたらめを言っておくことにした。
「伯さんに苛められる夢」
「偶然ですね。俺もお前を苛める夢を見ていた」
感心したように吐息を漏らす。
その仕草がちょっとセクシーだったりする。
「あぁ。もう学校遅れますよ。いくらあなたが俺の妻だからって、遅刻はしっかりつけますから」
「今、何時ですか?」
「8時ですよ。……遅刻ですね」
神崎はにやりと笑うと、部屋を出て行ってしまった。
私はがばっと起きると、体に巻きついていた布団をはがす。
そして、制服に急いで着替えながら、神崎の小言をぶつぶつと並べた。
「あいつ、何で起こしてくれないのよ。……しかも、あいつと結婚する夢まで見るし」
第一ボタンを閉めると、リボンをつけながら下へ降りた。
神崎はもう出勤したみたいだ。誰も居ないリビングは朝だというのにやけに静かだ。
朝食は食べたか、食べてないか微妙な量で済ませ、歯を磨き、顔を洗い……とやけに慣れてるな、私。 と一人思ったりする。
「10分で支度するなんて……私、天才」
なんて独り言をつぶやいて、家を出る。
少し駆け足で向かう学校。何故だか不安で胸がいっぱいだった。




