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33話:髪飾り

 どう考えてもおかしい。

 私の方が、彼女よりもはるかに上のはず。地位もルックスも人生だって、劣るところなんかない。

 私が負けたなんてありえない。私と彼の婚約は絶対だったはず。

 許せない。あの幸せに笑った顔、ずたずたにしてやりたいくらい。

 まぁ、でもいいわ。いずれそうなるのだから。見てなさい。

 あんたは潰れる、あの会食でね。あぁ……楽しみ。

 神崎と結ばれるのは、私。今まで、手に入れられないものなんかなかったもの。

 


**********



 酸素が自分の周りだけ無くなったみたいに、息がしづらい。

 だって、とうとうこの日がやってきたから。

 初めて、神崎の両親と会う日。好きな人の親に挨拶するなんて、本当は嬉しいはずなのに、胸の中はもやもやと霧がかかったみたいだ。自分の気持ちが不安に隠されて、見失いそうで怖い。ちゃんと、自分の意見をはっきりと言えるのだろうか。気持ちを切り替えるために、鏡の前で自分に言い聞かせながら一つ、深呼吸した。普段とは違う恰好の自分に戸惑いを覚える。

 神崎が仕立ててくれた白いドレスは全体的に清楚な感じで仕上がっていた。

 女性らしい丸みのふんわりした形。フレアスカートは一回転すると、ふわりと舞うので、なんだかお姫様になった気分だ。似合っているか不安になる。こんなに女性らしい恰好をした経験はほとんどない。

 


 時計を見遣るとそろそろ神崎が迎えに来てくれる時間だった。

 神崎が来るまでに、飽きるぐらい自分に言い聞かせた。大丈夫、大丈夫だと。

 外からエンジンの音が聞こえて、急いで下に降りる。焦る過ぎて、階段で派手につまずいてしまった。 


「杏奈……大丈夫か」



 そんな私を見た父はとても不安げだった。 

 今回の会食に父は参加しない。先方から、私と神崎の二人だけで来なさいという指示があったからだ。

 向こうの思惑ははっきりしない。ただ、何かがあるんだ。私と彼しか来てはいけない理由。そう思うと、ちょっぴり寒気がした。

  


「大丈夫っ。ちゃんと、認めてもらえるように立派な女性になりきるから」



 心の中は不安でいっぱいだったが、父にまで心配を掛けたくなかった。少し余裕ありげな顔をしてみせる。

 父は一瞬、泣きそうな顔をしたけど、いつもの貫録のあるような顔をして、私を見つめていた。

 扉を開けると、ちょうど神崎がインターフォンを鳴らすところだった。

 私がいきなり出てきたのに、少し驚いたようでそのまま固まっている。

 ふはっ。思わず吹き出してしまった。最近の神崎は、素の表情を見せてくれるので、嬉しい……し、面白い。神崎はこほんとわざとらしく咳払いをする。それもなんだかツボで、笑いが止まらなかった。



「緊張してるかと心配になってきてみたら、これだからな……」

「す、すみません、ふ、ははっ」



 神崎は思いっきり心外といった感じだ。神崎は強引に私の手を引っ張って、停めてある車まで連れて行く。あれ、怒っちゃった……? ずんずん進む神崎の背中を見ると少し不安になってくる。

 座席に乱暴に座らせられると、少し焦り始めて、おそるおそる神崎の方を見ると、神崎は何故か怒っているどころか、笑っていた。



「本気で怒ったかと思いましたか?」

「冗談だったんですか!?」



 止めていたか息を吐き出すと、神崎のくつくつという笑い声が聞こえた。

 ただ、何だかさっきまでの、もやっとした胸の中の霧は晴れていて、心が軽くなった感じだ。

 


「似合ってますよ、それ」



 いきなり話しかけられて、えっという裏返った声が出た。 

 神崎はくすくすと笑いの含んだ声で、服のことだと言ってくれた。

 可愛いと言ってくれたみたいでなんだか嬉しかったけど、どうせなら可愛いとか言ってほし……いや、何でもないです。なんて、複雑な気分に浸っていると、きらりと光るものが目の前に差し出された。



「でも、どうせなら髪型もちゃんとしてほしいですね」



 それは綺麗な髪飾りだった。小さな宝石が散りばめられていて、それが光っていたのだ。

 高価なものなのだろう。黒くて、シンプルなものなのに、品がある。神崎のセンスを改めていいと感じさせられた。

 


「あの、ありがとうございます」



 早速、後ろの髪を少しだけ取って、留めてみる。鏡で確認すると、どこぞのお嬢様と言った感じで、自分じゃないみたいだ。

 こっち向いて、と神崎に改めて言われると、少し恥ずかしくなって、俯きながら、身体を神崎の方へ向ける。すると、神崎が近づいてきて、思わず目を瞑った。耳元まで顔を寄せられるとまるで私の心の中を見透かしたみたいに囁く。



「綺麗ですよ」



 そのままぽんぽんと頭を撫でられると、自分の顔が熱くなっていくのが分かった。嬉しさと恥ずかしさが入り混じった甘酸っぱい気持ちが胸に広がっていく。その一言が、まるで魔法みたいに、自分を綺麗していくような気がした。萎みかけていた自信が自分のなかで少し膨らんだ。

 


「い、行きましょう! 遅れちゃ、大変ですから」


 

 下手に話を逸らそうとすると、神崎は可笑しそうに笑いながら、エンジンをかけた。

 車内にはなんだかくすぐったくなるような甘い空気が流れている。これから起こる不安なども吹っ飛んでいて、代わりに幸せな気持ちが胸にじわりと染み込んでいく。私はそっと、さきほどの髪飾りを撫でた。

 こうして、これから起こる災難を知る由もなく、私たちを乗せた車はあのホテルへと向かっていくのだった。 

 

 

あけましておめでとうございます!

たくさんの方に、この作品を読んで頂き、感謝の気持ちでいっぱいです。

まだまだ拙い文章ですが、今年もどうかよろしくお願いいたします。


あ、やっぱり「」の前、二行に致しました。

読み返してみたら、見にくいかなと。

コロコロ変えちゃってごめんなさい!

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