29話:いろんな表情
どうして、伯さんは何もしゃべらないんだろう。というか、何を話せばいいんだろう。
こんなに近くにいるのは久しぶりで、嬉しいのになんだか困った気分だ。
いろいろな事が頭の中をぐるぐるとまわって、結局同じ所に行きつく。
……ずっと、このままがいいな、なんて、誰にも邪魔されたくない、なんて。
あぁー馬鹿みたいだ。私って本当に、恥ずかしい子かもしれない。
「くっ……くくっ」
なんて、考え事をしていたら、隣で運転していた神崎がいきなり吹き出した。
何かと思い、横を見ると、口を開けて笑う神崎が居た。
そんな神崎は見た事がなかったので、びっくりした、のと同時にちょっぴり嬉しくなる。
「な、何ですかっ!? いきなり……」
「君って人は……本当に恥ずかしい奴だな」
笑いが収まったらしい神崎は、今度は少し意地悪な笑みを浮かべた。
顔に血が集まるのが分かる。熱くなった頬を思わず手のひらで押さえた。
更に、神崎の笑みが深くなったのが分かった。
「全部、顔に出てるんですよ。なにかふしだらな事でも考えていたんだろう?」
「ふ、ふしだらなんて! ……そんな事はありません。ただ、」
「ただ?」
……ずっとこのままでいたい、誰にも邪魔されたくない。
なんて口が裂けても言えるわけがない。言ってしまったら、本当の本当に恥ずかしい子になってしまう。
そんな事を考えてしまい、ますます恥ずかしくなってきて、私の顔は茹でだこのように赤くなってしまった事だろう。
私のその様子に、神崎は肩を小刻みに震わせながら、笑いを堪えているのが見てとれた。
「笑わないでください! っていうか、変な事なんか考えてませんから!」
「ほぅ……」
「本当ですよ!? 一緒に居たいとかそんな事ちっぽけも……」
そう言いかけた所で、慌てて口を押えた。
しかし、言ってしまったものは取り消せないもので……
神崎はにこっという効果音が付きそうなほどの笑顔を浮かべていた。
「そうですか。杏奈は俺と一緒に居たいんですね?」
「ちがっ……っていうか、運転っ」
「大丈夫ですよ。丁度、着きましたから」
本当、良いのか悪いのか分からないタイミングで車は止まった。
懐かしい、神崎の豪邸が目の前に広がっている。
しかし、その視界は神崎に遮られてしまう。その顔は意地悪だけど、優しい表情をしている。
「嬉しいですね、杏奈にそう言ってもらって」
「さっきのは言葉の綾で……まぁ、そうなんですけど。って、今のなしで! さっきのも言葉の綾で……」
「杏奈の言葉の綾は、全部思ってる事だろう? それに、俺の事、好きすぎるって顔してますよ?」
「そんなことな……」
とまぁ、反論する前に、神崎の唇で塞がれてしまった。
そんなキスにまぁ、いっか……なんて、思ってしまうのは神崎の言った事が本当だからなのかな、って思ってしまった。
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さっきまでの車内の件もあり、上手く神崎の方を見れない。
久しぶりにしては、刺激が強すぎた。……って、キスしかしてないんですからね!
「杏奈」
「……ナンデショウカ?」
いきなり名前を呼ばれた事もあり、言葉が片言になってしまったのが、自分でもわかった。
すると、耳元でひゅっと息を吹きかけられて、変な声が出てしまった。
急いで振り返ると、まるで悪戯が成功した子供みたいな顔の神崎が居た。
……あ、また新しい表情だ。そんな余裕もないくせに、ふと思ってしまった。
「ひゃい!? ななな何するんですか!?」
「やっと、こっち見ましたね。本当、何を意識しているんだか……」
呆れたような笑みを浮かべた神崎の顔が、真剣な表情に変わる。
そのせいか、私も緩んでいた顔が引き締まったような気がした。
なにか、大切な話でもあるのだろうか。そう思うと、少し不安になる。
「そんな不安そうな顔しなくてもいい。まぁ、大事な話ではあるが……とりあえず、座ってください」
そう言って、近くにあったソファを指さした。
ためらいながらも腰掛けると、身体はゆったりとソファに沈み込み、とても心地が良かった。
きっと上等なものなのだろう。隣に神崎が座る。
「率直に言いましょう。俺の父親が、杏奈に逢いたいと言っている」




