24話:重たい胸のしこり
寝ぼけていただけか、それとも現実なのかは分からない。
大きな手が、優しく私の髪を梳くように撫でていて、安心してまた眠ってしまっていた。
伯さん……? そんなわけない。だって、私は伯さんに嫌われていて―――。
「杏奈さん!?」
うっすら目を開けると、頭がずきりと痛んだ。
心配そうな麗子の顔が目に入る。
「れい……こ?」
「大丈夫ですか? 何処か痛くないですか? あぁ……私のせいです。全て私のせいです」
名前を呼ぶと、麗子は勢いよく抱きつき、泣きじゃくりながらいろいろとまくしたてた。
最初は混乱していたが、冷静になり、辺りを見ると病院という事に気が付いた。
そして、驚くことに麗子の隣には父が居た。
「お父さん……?」
「麗子。……すまない」
父の顔は今までに見た事がないほど、罪悪感や悲痛で歪んでいた。
それが余計に私の不安を駆りたてた。
父は重々しく、ゆっくりと口を開いた。部屋の空気の密度が一層大きくなった気がした。
「お前と神崎さんが別れたことも全部知っていた。そして、その原因は私の会社のせいだ」
いきなりの話に、余計頭が困惑した。目覚めて突然の告白に目が回る。
いったい、どういうこと……?
父は話を続けた。
「お前も知ってのとおり、私の会社は倒産しかけだった。だから、神崎グループにうちの会社を合併するという契約で今回のお見合いを行った。赤字ばかりで経営はこのとおり上手くいっていなかった。だから、取引はかなり都合のよい話だった。
そして、計画通りお前と神崎さんは婚約し、私の会社は保護するような形で彼らに合併された。しかし、それが罠だった。わたしたちは上手く利用されていただけだった」
ひやりとしたものが背筋を伝った。
伯さんも私を騙していた……?
しかし、父は穏やかに微笑んで言った。
「神崎さんは騙してなんかいないよ。いや、神崎さんも騙されていたんだ。
彼らは神崎さんにもう一人の婚約者を作っていた。それはうちの会社よりも大きい、そして神崎グループよりも大きい超一流企業の令嬢だった。彼らの本当の目的はその令嬢と神崎さんを結婚させることだった。そして、私たちを利用した。彼らは神崎さんが令嬢よりもお前を選ぶ事に大体予想はついていた。そして、神崎さんとお前に情が湧くころを見計らって、彼らは事を起こした。神崎さんに多分、こう言ったのだろう、”今すぐ、彼女と婚約しなさい。さもなければ、野田建設会社は倒産させるぞ”とな」
騙されていたという羞恥と怒りで顔が真っ青になっていくのが分かった。
私だけが知らなかったんだ……。騙されていたんだ……。
「それでも、神崎さんは―――」
「……うるさい」
「杏奈?」
「黙ってよ! さっきからずっと聞いてたけど……じゃあ、ずっと私を騙してたの? 私を利用して……それで、それで……もう伯さんも、別の女性と……」
頬を伝う涙は自分でも驚くほど冷たかった。
それは自分の冷え切った心みたいで、それも悲しくて涙が止まらなかった。
本当の事を、真実を知らされてもなお、胸の奥の方にあるしこりは消えない。
それどころか、ずっとずっと残っているような気がした。




