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23話:消えかけた意識の中

 今がどんなに悲しくったって、嘆いたって、明日は来るものだ。

 重たい身体を引きずりながら、学校へと向かう。いつもは何かと話してくれる麗子も、今日は終始無言だった。そんな麗子に、わざと明るい調子で声を掛けてみた。



「麗子」

「え……?」



 麗子は拍子が抜けたような顔でこちらを見つめる。

 そして、焦ったように笑みを作った。それが、なんだか気の毒な、申し訳ないような気持ちになってくる。と同時に、麗子へのありがたみが心の奥から溢れてくるような気持ちにもなった。



「ごめん。もう、気使わなくていいよ」

「……」

「もう平気だから。私は大丈夫」

「杏奈、さん」


 

 麗子は悲しそうに私の名前を呼んだ。

 本当のところは、まだ心がずきずきと痛むときもある。

 平気なんかじゃ……ない。でも、家に居させてもらえているというだけでも、十分だ。

 麗子にこれ以上、迷惑はかけたくなかった。そんな思いで話を続ける。



「後、お父さんに連絡、寄越さなきゃね。麗子の家にいつまでもお世話になってるってのも……ね」

「……本当に平気なんですか?」



 まだ不安そうな麗子に私は最高の作り笑いを作ってみせた。



「だから大丈夫だって……」

「嘘! だって、杏奈さん、今すごく泣きそうな表情かおしてる……」



 そうかな……。上手く笑顔を作っているつもりなんだけどね……。

 麗子に指摘されて、余計に笑顔を保つのも難しくなってきた。

 それから数秒くらいの沈黙が流れた。私にはその数秒が、何分にも何時間にも感じられた。

 とうとうそれに耐えられなくなって、ある提案をしてみた。 



「あのさ、今日一緒にカラオケ行かない?」



 本当に突飛的な思いつきの発言だ。

 そんないきなりの一言に麗子は一瞬、目を丸くさせたが、のちに可愛らしい笑みを浮かべた。

  


「そうですね。いいかもしれませんね」

「やった!」



 わざと大きくはしゃいでみせた。

 私と麗子の間に、変な空気が流れるのも、私は耐えられる気がしなかった。 



----------

----- 


 待ち合わせ場所まで行くと、驚くべき光景が目の前に広がっていた。

 麗子はいいのだが、数人の男女がそこに集まっている。



「麗子! どういうこと?」

「あ。杏奈さん。合コンですよ、合コン!」



 ふふっと口許に人差し指をあてて微笑む麗子はとても可愛い。

 周りの男子の目も釘づけにしてしまっていた。

 そんな麗子とは対照的に、私はぽかんと口を開けた、間抜けな顔で麗子を見つめた。 



「気晴らしにですよ」

「で、でも、麗子!」

「たまにはいいですよね」



 にこっと笑う麗子が、恐ろしく思えた。

 他の女子も清楚な服装に身を包んだ、いかにもお嬢様といった感じの子たちばかりだ。

 それとは対照的に、男子は少しチャらい感じの服装で、女子と男子のタイプが全く違う。

 麗子は意外にこういう男子が好きなのだろうか?

 それとも何かの手違い……? 



「どーも。名前なんて言うの?」


 

 そんな事を考えていると、ある一人の男が話しかけてきた。

 金髪、ピアス、腰パン。いかにもチャラ男と言った感じの人で、私は反射的に退いてしまった。

 そんな私におかまいなく、その人は腰に手を回してくる。

 咄嗟に神崎の顔を思い浮かべてしまって、激しい嫌悪感を覚えた。

 う……なんかやだ。



「あ、杏奈です。野田杏奈……」

「へぇ、杏奈ちゃんか。可愛いね。俺は終太。よろしく」



 私が、そんな蚊の鳴くようなかぼそい声で言うと同時に、終太は一層体を密着させてきた。

 きつい香水の香りが鼻をついて、顔を顰めたが終太は気づいていないようだった。

 思わず、麗子を探したが、他の人たちはもう先の方へと進んでいて、麗子もこちらに気付いていないようだ。

 すると、終太は私の腰に手を回したまま、皆とは別の方向へ足を進めていく。



「あ、あの……終太さん!?」


 

 驚いて、彼の方を見遣ると終太はにこにこと笑いながら、そのまま歩き続けた。

 嫌悪感よりも恐怖感の方が大きくなってくる。私はおそるおそる彼に尋ねてみた。 



「ど、何処に行くんですか?」

「ホテル……とか?」



 目を見開いて顔を上げると、終太はにやりと笑った。

 どうやら、冗談ではないということを悟ってしまい、彼の腕の中でもがいたが私が息を切らすだけで、びくともしなかった。



「あの、そういうの困ります! 離してください!」

「まぁまぁ」



 腰に回された手を外そうとしても、意外にそれは強い力で簡単に離れられない。

 終太は曖昧にはぐらかしながら、怪しいホテル街へと足を踏み入れていく。

 まだ、昼だというのに、そこにはカップルなどが腕を組みながら歩いていく様子が見られた。

 目尻にじわりと涙が滲む。怖い……。



「離して!」

「……うっせぇな。ちょっと黙れ」


 

 怖さのあまり声を荒げると、さっきとは打って変わっての低い声で怒鳴られてしまった。

 笑顔だったはずの終太の顔が、一瞬にしてみるみると怖い男の人の顔になり少し怯んでしまった。

 その途端、頬に強い痛みが走った。

 叩かれた。そう理解する前に、今度は息ができなくなるような激痛に襲われる。

 殴られた拍子に舌を噛んでしまい、口の中には鉄の味が広がる。

 消えていく意識の中、ぼやけた神崎の姿が見えたような気がした。

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