20話:たくさんの疑問
あけましておめでとうございます。
2013年にして初の投稿ですっ。めでたいですっ。
という訳で、ちょい長めです。
麗子からはお風呂あがり特有のいい匂いがする。
私も同じ湯船に浸かったというのに、どういう差だろうか?
「蓮に会ったのですか?」
「蓮?」
麗子はその匂いとは裏腹に厳しい顔をしていた。
蓮……という身に覚えのない名前を聞かされ、思わず聞き返してしまった。
すると、ドアの方から足音が聞こえる。
「麗子。友人が来るなら言ってくれれば……」
「蓮! ノックをしてから入りなさい」
いきなりドアを開けて入ってきた蓮という男性に向かって、麗子はきっと睨みつけた。
蓮さんはびくりと縮こまる。まるで怯えた子犬のようだ。
蒼白に近いほど、顔色は悪く見えた。艶のある長い黒髪を後ろで束ねている様子は少女のようだ。
しかし、切れ長の鋭い目や薄い唇は男らしく、美少女というより美少年にも思える。
「す、すまない。あぁ……先ほどの」
「あ……どうも――――――」
「やっぱり! 蓮、あれほど風呂場には近づくなと行ったのに……!」
麗子はやはりこの組では恐れられている存在みたいだ。
蓮さんは更に小さくなった。
「お、俺はそんな事は聞いていない……」
「察しなさい」
「……」
私ってなんだかすごい人と友達だったのかな……。
心の中で苦笑いしながら、麗子と蓮さんの間に割って入った。
「れ、麗子。私、気にしてないし……」
「本当ですか? 蓮にはなんだって言っていいですのよ」
麗子は真剣に私の目を見つめた。
そんな麗子に、蓮さんはぼそりと呟く。
「……俺をなんだとおもっているのだ」
「何か言いましたか? 蓮」
「い、いや。なんにも……」
なんだかんだで仲が良いみたいだ。
麗子も楽しそうみたいだし……これは止めた方がいいのだろうか?
そんな事を考えていると、麗子は気づいたように私の方を見た。
「そういえば、詳しい事を聞いてませんでしたわよね?」
「えっと……」
「蓮、この話はまた後で」
麗子は蓮さんを一瞥すると、扉を閉めるよう促した。
蓮さんは眉を顰めたまま、麗子の言うとおりにする。すっかり尻に敷かれているみたいだ。
蓮さんがその場を離れ、部屋には二人だけ。二人の間には沈黙が広がった。
「も、もう寝ようかな~。明日も学校だし……」
「杏奈さん。話を逸らそうとしても無駄ですわ」
「ぐっ……」
「詳しく話してもらいましょうか」
背中に汗が滲み出た。
きっと麗子の事だから、私が全部話したら、怒られる……なんて思ってしまうのだ。
すると、私の手にそっと麗子の手が置かれた。
「何も言いません。話してくださるだけでも、十分な勇気です」
ぎゅっと私の手を握ると、ふわりと笑った。
私は、やっぱり凄い人と友達なんだな……なんて思ってしまった。
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全部話したら、何故かどっと疲れが襲ってきた。
話すだけでこんなにも体力を浪費するなんて、はじめてだ。
そんな私を麗子はそっと抱き留めてくれる。
「怖かったでしょう。でも、それは……神崎兄貴自身の事じゃない」
私の気持ちを全部察してくれてるのが見てとれた。
「……なんでわかるの?」
麗子は何者なんだろう。
ふと疑問が頭をよぎった。すると、麗子は身を離して不敵な笑みを浮かべる。
「私を誰だと? 杏奈さんの気持ちぐらい、手に取るようにわかります」
「なんか、生意気かも」
「あら、そうですか?」
そんな会話を交わすと、お互いくすくすと笑みを零した。
麗子と会ってから、大分心が軽くなった気がする。
「確かに、伯さん自身が怖いって思う事もあった。でも……一番怖かったのは、伯さんに嫌われることで……、だから、改めて、伯さんと私の距離がどれほど遠かったかってのが思い知らされて……」
そういえば、神崎の事を何も知らなかった。
誕生日、家族構成、過去、どうして教師をしているのかも……謎だらけ。
やだ……怖い。
「大丈夫ですよ。それは、後になってから神崎兄貴と話せばよいことです」
「でも、私と伯さんは……!」
「問題はそこです。なぜ、二人は別れる必要があったのですか?」
「それは……」
あれ? なんで?
別に、別れる事なんてなかったんじゃ……。
伯さんが別れたいと思った? 私が嫌いになった?
どうせ、いつ捨てられてもおかしくない存在だもの。
すっと体の奥が冷えていく感覚に陥った。
「あ、杏奈さん。変な誤解をしてらっしゃらないですか?」
「え?」
「神崎兄貴は杏奈さんの事を嫌ってなどないはずですわ。それに……今が一番、杏奈さんは神崎兄貴にとって一番必要な存在なのですもの」
……必要な存在?
いや、利用されてったって事は分かってたけど……。
「言い方は悪いかもしれませんが……神崎兄貴は婚約者を遠ざけるために杏奈さんと婚約したのでしょう? 婚約者とそんな風にややこしくなった今、邪魔する存在が必要なのでは……?」
「え……あ」
「申し訳ありません。こんな風に言ってしまって……でも、矛盾はするはずです」
私の心の中にふと、期待の光が差し込んだ気がした。
もしかしたら……、私たちは別れなくてもよかったのかもしれない。
どうして、あのタイミングで? 婚約者との間に何があったの?
いろんな疑問が残るけれど、今は麗子の言葉を信じるしかない。
私が麗子に微笑むと、麗子もそっと微笑み返してくれた。
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私は靴を履きながら、うーんと唸る。
麗子の家から学校へは必然的に、神崎の家を通りがかる事になるのだ。
鉢合わせになったらどうしよ……。
「大丈夫ですよ。ささっと行きましょう、ささっと!」
「そ、そうよね……」
麗子の言葉にはいつも励まされる。
私はそんな麗子に本当に感謝した。そうよね、ささっと行けばいいのよ。
でも……やっぱりいずれは話し合う事になるのよね。
不安が胸をよぎる。
そんな私の顔を見て、麗子は落ち着かせるように言った。
「ゆっくりでいいんです。ほら、そうこうしてるうちに神崎兄貴の家が見えてきました」
「う……」
「教師の出勤時間は、私たちより30分も早いのですから……鉢合わせする事はないでしょう」
妙に信憑性の高い言葉に、私はほっと胸をなでおろした。
そんな私を見て、麗子も微笑む。
しかし、そんな麗子の笑みもすぐに消え、表情が強張った。
「麗子?」
「な、なんでもないです。行きましょう」
「え? 何なの? あっちの方向に……」
「見てはダメです!」
麗子が忠告したのも遅く、その方向に目を向けた。
私は即座に後悔した。それを見たことを。
男性が女性を抱き締めている。なんの変哲もない夫婦の風景。
確かにその男性は、神崎だった。




