19話:風呂場での出会い
木製の門。
立札には、白星組と書かれている。
どこからどう見ても、このヤクザのお家がどうしても好きになれない。
とまどいながらもインターフォンを押した。
「はい、どちら様でしょう」
幸いにも出たのは麗子だった。
私が名前を告げると、麗子は驚いた顔で門前に現れた。
「杏奈さん!? こんな時間に一体……」
「夜遅くごめん! 泊めてほしいんだけど……」
「それは勿論、でも……神崎兄貴は?」
一番聞かれたくない事を聞かれ、思わず顔を顰めてしまったようだ。
麗子はなにもかも悟ったように、家へ招き入れてくれた。
組の人は麗子が通ると、ぴしっと頭を下げる。
いずれも強面の大きい男性だ。普通の人が見たら、異様に思う光景である。
「とりあえず、私の部屋でいいですか?」
「うん」
長い廊下の一番奥に麗子の部屋はあった。
先ほどまではいかにもヤクザの家城という感じだったのに、ここだけは別世界みたいだ。
天蓋付きベッドに壁はピンク。レースのカーテンに大きい熊のぬいぐるみ。
きっと麗子のために用意された部屋だろう。
「相変わらず、すごいね」
「そうですか? あまりヤクザの娘の部屋には見えないでしょう?」
麗子はにっこりと微笑んだ。
杏奈はもし、自分が男だったら麗子を好きになってただろうな……なんて危ない妄想をしてしまった。
とうとう頭もおかしくなってきたかも。
「杏奈さん? どうしたのですか?」
「べ、別に何も……」
「……神崎兄貴の事ですか?」
実際、違う事を考えていた。
しかし、その名前が出た途端、先ほどまで浮かんでいたこともぽんっと消えてしまった。
麗子は私の瞳をじっと見据える。私は思わず目を逸らしてしまった。
「図星ですね」
「ん……まぁ……」
「話は後でゆっくり聞かせてもらいますわ。杏奈さん……お風呂、入ってきましたか?」
そう問われ、T-シャツの裾を臭ってみた。
はっきり言うと、臭い。だいぶ、冷や汗を掻いていたようだ。
麗子はくすっと上品な笑みを零すと、麗子の私には少しキツイ服とバスタオルを渡してくれた。
「お風呂場は……分かりますか?」
「う、うん……」
「迷ったら、うちの組の人に尋ねていただけるといいですわ。皆さん、親切でらっしゃるから」
それは多分、麗子だけだと思う……。
なんて、言いそうになるのを堪えて、笑顔で返した。
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お湯は熱めの方が丁度いい。
幸い、白星組の風呂の湯も熱めだったので、入浴は心地よいものだった。
木製の浴槽は体の疲れをゆっくりとほぐしてくれてるようで。
そうしたら、顔の筋肉も緩んで、自然とまた、涙が零れた。
「兄貴ー。俺もお供させてもらいますぜー」
脱衣所の方からどすのきいた声が聞こえてきた。
私はびくりと体を縮こませる。
え……、ちょっと待って……どうしよ!?
風呂場には何処にも隠れるところはない。思わず、湯船に潜ろうとした。
「女の子の着替え、ある……」
「え……ぎゃっ!? ヤバいっすよ……姉貴だったら……」
「……大丈夫だと思う。麗子の友達」
「あ……あぁ。失礼しやした! これはどうか姉貴に内緒に……」
間一髪で助かったみたい。
姉貴……というのは麗子のようだ。
私はどう応えるか迷い、口を開いた。
「俺が話つける。……先、戻れば」
「ありがとうございやす! 兄貴ー!」
「……別に」
どたどたと去っていく足音が聞こえ、ほっと溜息をついた。
しかし、その足音は一つだけで、もう一つの足音は聞こえない。
「……無礼な事をした」
兄貴と呼ばれていた男の声が脱衣所の方から聞こえた。
申し訳なさそうなのが、声色から伝わる。
「いえ。だ、大丈夫です……」
「そうか……麗子は……」
「えっと、誰にも言いませんから……」
先ほどの会話で、彼はこの組でも上の方の人間だろうと予想ができた。
あまり、逆らうと良い事もなさそうだ。
「本当に申し訳ない。……あれを怒らすとどうにもならないからな」
「は……はぁ」
最後の方の呟きは聞かなかった事にしようと誓った。
ただ、今後の麗子への接し方は改めた方がいいだろう。
「何かお詫びが出来ないか……?」
「え……っと、大丈夫です。気にしていないので。ただ……」
「ただ……?」
「とりあえず、出て行ってもらっても構わないですか?」
ずっと気になっていたことだ。ここで話すのもどうかと思う。
「す、すまない!」
「い、いえ……」
彼の慌てっぷりは、ヤクザからは想像のできないもので、私は思わず苦笑いを浮かべてしまった。
そして、彼の素顔を見てみたい……なんて事も思った。
浴槽を出たときには、先ほどの重たい気分も少しは軽くなっているような気がする。
ここで、新キャラ登場……?
クール×不器用×無口キャラにしたいなと思っております。
次回も神崎はお休みになると思われます……。




