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18話:あっさりとした別れ

 神崎は意地悪で強引だ。

 だけど、私の嫌がる事は決してしなかった。困った時には助けてくれるし、紳士的。

 だから、こんな風に感情に身をまかせて、飢えた目をする神崎は見たことがなかった。

 怖い。知らない神崎を見ているようで。私の知らない神崎が居るようで。

 神崎の冷たい手がシャツをまさぐる。



 「杏奈……」


 

 嫌だ。こんなの、違う。   

 頬に涙が伝うのが分かった。

 神崎の気持ちが分からない。気持ちがぐしゃぐしゃして、もやもやして。

 なんだろう。こんな感情、知らない。



 「ごめ……なさい。私……」


 

 視界がぼやけて神崎の表情は見えない。

 だけど、きっと呆れてる。別に何かされたわけでもないのに。

 私の手首を掴んでいた手がふっと緩んだ。

 重い力が私の体にかかった。神崎は覆いかぶさるようにして私に抱きついていた。



 「すまない。怖がらせてしまった」

 


 耳元で優しく宥めるように囁かれた。

 それと同時に、抱きしめていた腕の力も強くなる。

 あ……いつもの伯さんだ。

 そう思ったら、心の奥底からほっとして、先ほどの感情も段々と溶けていくようになくなった。

 神崎は身を離すと、じっと私の瞳を見つめた。



 「杏奈。……俺は、お前との婚約を破棄しようと思います」

 「……え」

 「俺は君を利用した。間違っていたんです。最初から、俺の言い分は理不尽だった」



 分かっていた。こうなることも。

 きっと、続かないだろうって。

 だって、神崎は私の事なんて、何者でもないもの。 

 改めてそう思うと、心の奥の奥の方が冷えていく気がした。

 


 「そ……ですね」

 


 違う。そんな事がいいたいんじゃない。

 私は、神崎と……離れたくないのに。



 「じゃあ……お父さんに連絡しておきますね」

 


 違うよ。私の馬鹿。

 そんな事が言いたいんじゃないんだって。



 「あはは……親不孝ですね」



 私、こんなに神崎の事、好きだったんだ。

 どうしようもなく、涙が溢れそうなのを堪えた。

 嬉しいのに、悲しいなんて。



 「お父様には俺から説明しておきます」

 「……はい」



 こんな時まで敬語。

 距離を置かれているのは、目に見えているのだ。

 変な期待なんかした私が悪い。



 「今日は……麗子のところに泊まります。……神崎さん」



 神崎さん。

 私にとってはなんて冷たい言葉だろう。

 伯さん……って呼びたいのに、唇はそう動いていた。

 神崎は気に留める様子もない。こんなに意識しているのも自分だけだ。



 「じゃあ、荷造りしてきます」

 「はい」



 今、気付いたことだが、胸のボタンが空いていた。

 しかし、羞恥の気持ちよりも虚しさが広がる。

 まだ、泣いちゃだめだ。そう言い聞かせながらバッグに服を詰めた。

 長い階段を降りると、神崎は何か考え込むような顔をしている。

 何を考えているのだろう。婚約者の事? 

 そう思うと、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。



 「神崎さん」

 「……ん、ああ」

 「お世話に……なりました。短い間でしたけど」

 「俺こそすまなかった。変な事にまで巻き込んで。……ありがとう」



 最後の方はぼそりと呟いただけだったので、うまく聞き取れなかった。

 だけど、神崎は私に特に何も思い入れもなかった事だけはわかる。

 また、数多くの生徒の一人でしかなくなるのだ。

 そう思うと、また胸の奥がきゅうっとなる。



 夫婦というのはここまであっさり別れられるものなのだろうか。

 重たいドアはまるで自分の心のようだ。

 後ろを見ると、神崎はまた何を考えているのか分からない表情をしていた。

 


 私はそんな神崎にとびきりの笑顔を向けるつもりだったのに、とびきりの泣き顔を向けてしまった。    

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