神のご加護は全自動
とある異世界のお話。
その世界の女神さまは、頭がおかしいレベルでスーツ萌えだった。
その世界では「着ている衣服の形がスーツに近ければ近いほど、神のご加護が発動して攻撃力と防御力が上がる」という世界になってしまった。
しかし、この世界にスーツは無い。
女神様は別世界を覗き見て、スーツ萌えになったのだった。
そして自分の世界の民に意思を伝えることができなかった。スーツという衣服の素晴らしさを伝えることもできなかった。
だからその世界に完全なスーツを着る者は居なかった。
でも、ちょっとスーツっぽい要素がある衣服を着ていると、女神様の注意がその者に流れてしまう。結果として、女神様のご加護がその者に流れ込み、攻撃力、防御力、幸運値が上がってしまうのだった。女神様は「贔屓はいけない、全ての民を平等に祝福しなければ」と思いながら、けれどもスーツの魅力には抗えなかった。目が惹きつけられた。神のご加護は全自動だった。
その世界の民はスーツを知らなかった。ただ、「なんとなく、こういう格好をすれば神のご加護がいつもより多い気がする」という経験則のようなものが、長い年月とともに少しずつ溜まっていった。神殿ではどのような衣服を着れば神のご加護が得られやすいのかを研究する学問も盛んに行われ、各地で独自の文化が発展した。多種多様な「スーツっぽい何か」が世界に溢れた。それは神官服と呼ばれるようになった。
神官服は、それぞれちょっとずつスーツっぽい要素がどこかにある、けれどスーツとは違う衣服だったけれど、女神様は大変満足なされた。なんと愛おしい子らであろうか。その見当外れな部分も含めて、民の懸命さに愛おしさが湧いた。
例えば、その世界の神官服には必ず服のどこかに紫が入る。これは、過去の権威ある大司祭が「服の一部にワンポイントとして紫を入れた時に、顕著なご加護の増加が認められた」という説を残したからだった。
実際には、その権威ある大司祭が作った衣服で神のご加護が増えた理由は襟の形とネクタイっぽい装飾のおかげだったのだが、彼はその成果を紫という色の影響と誤認し、それが世界に広まってしまった。
各地で独自の進化を遂げ、地方によって少しずつ違うスーツっぽい神官服であるものの、紫が入っていることは共通事項であった。
女神様からしたら紫を特別に愛してることはないというか、どちらかというと紫は正統なスーツっぽい印象から外れるなーと思いながらも、このゲテモノっぽい所も趣があると思っていた。女神様はなんでもイケる派のオタクだった。
とはいえ、神官服の効果はそこまで劇的なものでもなかった。魔力加工も必要なく、形を整えるだけで神のご加護が増えることは間違いなく有用であったが、前線で戦う兵士は物理防御力を求めて鎧を着込んだ。それくらいの効果だったのだ。
女神様は全ての民を愛さなければならないと考えていたので、鎧を着た兵士にも加護を与えていた。ただ、スーツっぽい神官服を着ている者がいると、どうしてもその、魂が欲望に引っ張られてしまい、その者に注目をしてしまうだけなのだ。女神様の頭と股間は別に動いていた。
けれども自分の欲望はほんの少しに押さえ込んで、なるべく全ての民に加護を与えた。だから神官服とは、神のご加護が増える特殊な装束の域を超えなかった。
しかし、そんな世界に現代地球産のスーツを着込んだ地球人が転移してきた。
その転移に女神様は関与していなかった。いくつもの奇跡的な偶然が重なり、次元の狭間が生まれて起こった転移だった。
違う、私はこんなことやっていない、そんな自分の欲望のままにこんな理想通りのスーツを自分の世界に取り込もうだなんて、そんなん出来るなら最初からやっとるし……いやいやいやいや! 私はそんな浅ましい女神ではない!! 私はこの世界の全ての民を愛し、祝福する義務が、そんな、ちょっとゴージの位置が首元から肩にかけて理想の曲線を描いてるからって、タックが生み出す裾にかけてのシルエットがズキュンズキュンくるからって……っ!!!!
ふおおおおおっっっ!! しゅげえええ!!! なんぞこれええええ!!!! 目が離せないいい!!!!!!!
女神は鋼のような意志と義務感から、その世界の民たちに対する加護をなくすようなことはしなかったが、とんでもない量の加護がその転移者に集まってしまった。加護により、何物も太刀打ちできない、世界最強のチート能力が溢れ出した。
女神の意思とは関係ない、その欲望に引きずられた神のご加護は、まさにどうしようもなく全自動だったのだ。
後に「女神に愛されし勇者」と呼ばれる者の物語は、こうして始まった。




