拍手の数だけ:観客席
この世界では、人は“拍手”で価値が決まる。
誰かを救えば、拍手が鳴る。
多く救えば、より多く鳴る。
それだけの話だった。
最初は、ただの善意だった。
誰かが誰かを助ける。
それだけで、拍手が起きる。
「いい人だな」
誰かが言う。
みんな頷く。
彼も、その一人だった。
回数が増えた。
あまりにも、都合よく。
事故が起きる。
彼が来る。
助ける。
拍手。
繰り返し。
「……またか」
誰かが小さく言う。
「タイミング、よすぎない?」
「まあな」
それで終わる。
否定はしない。
肯定もしない。
ただ、続く。
「でもさ」
別の誰かが言う。
「助かってるんだよな」
それで、全部流れる。
一度だけ。
助からなかった日があった。
静かだった。
誰も手を叩かなかった。
彼は立っていた。
動かなかった。
「……どうしたんだ?」
誰も近づかない。
少しだけ間があって、
誰かが手を叩いた。
一人。
遅れて、もう一人。
やがて、いつも通りの音になる。
「……まあ」
「仕方ないだろ」
何が、とは言わない。
その日を境に、
少しだけ変わった。
事故が増えた。
規模も大きくなった。
「さすがに、これは」
言いかけて、やめる。
意味がない。
だって——
彼が来る。
助ける。
拍手が鳴る。
前より、大きく。
「ほらな」
誰かが言う。
「必要だろ」
誰も反論しない。
できない。
止めたら、どうなるか分からない。
それより——
「助かってる方がいい」
その方が、分かりやすい。
やがて、街が壊れた。
人が減る。
それでも、
彼は現れる。
助ける。
拍手が鳴る。
数は減っている。
でも、音は大きい。
「……まだ足りないな」
誰かが言う。
何に対してかは、言わない。
さらに壊れる。
さらに減る。
それでも、
拍手は鳴る。
最後に残ったのは、
ほんの少しの人間だった。
瓦礫の中。
彼が、誰かを助ける。
拍手。
数人分の音。
やけに、大きく響いた。
「これでいい」
誰かが言う。
誰も否定しない。
できない。
ここまで来て、
違うと言う理由がない。
最後の一人が消える。
音が止まる。
誰もいない。
彼だけが立っている。
少し離れた場所で、
一人、見ていた。
何もしていない。
最初から、ずっと。
手を叩くことも、
止めることもせずに。
ただ、見ていた。
小さく、息を吐く。
「……まあ」
少しだけ間があく。
「俺たちは、何もしてないしな」
それだけ言って、
その場を離れる。
後ろで、何かが崩れる音がした。
振り返らない。
もう、見る必要はない。
この作品は「拍手の数だけ」の派生として書きました。
同じ世界の、別の立場から見た話になります。
正しさや価値は、意外と簡単に形を変えてしまうのかもしれません。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




