弟が異世界からお姫様を連れ帰った
「ここがユータ様の屋敷ですの? そこのお前。主人が帰ったのに、その態度はなんてす。はやく頭を下げなさいな」
ゴールデンウィーク中の五月四日。連休前の、金曜の夜から無断外泊をしていた弟が連れ帰ったのは、異世界のお姫様だった。
結婚披露宴の会場から抜け出してきたかのようなカラードレスで、私たちが住むマンションの入口に立つ姿に、私が抱いた第一印象は最悪だった。
「悠太、しつけもなってない女を彼女にするなら、うちの敷居を跨ぐんじゃないよ」
「ちげーし。俺さぁ、異世界に行ってたんだけど、この人、その国のお姫様なんだよな〜」
「は?」
自分でも引くくらい、冷たい声が出たわ。
よりにもよって、うちの親に頭を下げろとは軽く見られたものだ。異世界人だかなんだか知らんが、両親にナメた口をきくような輩を、歓迎してやる義理はないね。
「出ていけ」
外を指さし、退去を命ずる。
「失礼ですわ。偉そうなお前は、なんなのです?」
「アンジェ、黙ってくれ」
弟は、非常識な異世界人をたしなめるが、その女は不満そうな表情を隠しもしない。どこから出したかわからなかったが、手に扇を持ち、こちらを指してみせた。
二十歳前後って見た目なのに、礼儀すら理解してないのか? 世話になるつもりで来たのなら、その態度はいただけないな。
「無礼者は口を開くな。けどその前に、両親への非礼を詫びなさい」
そう促しても、広げた扇で鼻から下を隠して、薄ら笑いでこちらを見ている。
もう、バカみたいに真っ赤なドレスのど真ん中に、ケリを入れるぐらい許されるんじゃないかな。
「悠太。拾ってきた場所に捨ててくるか、この家を出ていくか、どうする?」
悪いが、この家は私が世帯主なのだ。弟は大学が近いから同居しているだけで、いやなら出ていくしかない。すでに成人しているのだから、頭のおかしな女と暮らしたいなら働けばいいだけだ。
姉弟としての情はあるが、家主に断りもなく勝手に他人を住まわせようなんて、許可できるわけがない。
「晴海、悠太ちゃんがかわいそうよ」
「そうだ。こんなところじゃなく、家で話そう」
末っ子に甘い両親が、厳しい姉に責め立てられている弟を庇いはじめる。
「はる姉ぇ。俺、帰ったばっかで疲れてんだから、メンドーいわないで」
なので、増長した弟がバカな態度をとるわけだ。だが、ここは私の所有物件で、両親ですら害虫を招く権利はない。
「はぁ? ふざけたことぬかしてんじゃないよ。そこに座んな」
私の横を通り過ぎて、エレベーターに乗ろうとする弟の腕をつかまえる。
だれが家に入れといった。謝りもせずに、家のソファに座れると思うなよ。
こんなバカどもは、玄関の三和土にすらあげたくないわ。ここのエントランスに正座しなさい。
「ジャマになるから、その端にいって全部説明なさい」
弟の話を鵜呑みにすると、五月の頭に異世界に喚ばれて、なぜか悪竜とよばれる存在を倒さなくてはならなくなったようだ。
ちなみに弟は、いままで武術など嗜んだことはない。せいぜい格ゲーくらいは、経験があるだろうか。
合間合間に両親と無礼者の感想などが入り、説明が長引いたが、簡潔にいえばこうだ。
弟は、ファンタジーでおなじみの伝説の剣を持たされ、三年ほど必死に鍛えた結果、見事に悪竜を討ちとり、務めを果たしたのだという。
だが本当のところは、バカみたいに火力の高い魔術師の攻撃の後、サクッとトドメを刺すことしかしていないらしい。
「で? 帰ってきたら三日しか経ってなかったと? それで? そのおまけは、なんでいんの?」
「悪竜が残した魔力を使って、喚ばれた部屋から戻してくれるってゆーからさぁ」
「ユータ様、わたくし疲れましたわ。お前、はやく部屋の準備を。わたくし、紅茶は濃いほうが好きよ」
「そのへんに座って、ツバでも飲んでろ」
猿ぐつわでもかまして、転がしといたほうがよくない? いちいち話を中断されて、苛つくんだが。
「それで?」
「だからさぁ〜」
勇者召喚は大量の魔力が必要で、悪竜の魔力がないと帰ってこれなかったと。悪竜の魔力を放置すると、またよくないものに成り果てるから、召喚陣に使えて向こうもよかったからWin-Winだったねぇ。
「んで? Win-Winっていうなら、あんた、報酬はもらったの?」
「えっ。だって困ってたし……」
マジか。三年も働いたのに、無料の奉仕作業だったのか。どこがWin-Winなんだよ。思いっきり搾取されてんじゃん。
だいたい、勇者っつっても戦力になってないよね? 悪竜を倒せなきゃ戻っても来れない仕様とか、弟は理解してないっぽい。
そりゃ、簡単に異世界の人間を、喚んだり返したりされても困るけど。
それなのに、興味本位でこのイカれた姫が乱入して、一緒にこちらに来てしまったと。
「はぁ、じゃあこちらから戻る方法はないのね」
「うん、仕方ないだろ? こっちに、まほーなんてねぇし。それに、俺について来ちゃったし〜?」
来ちゃったからなんだというのだ。その場で撒いてくればよかったのに。
「それならどうしようもないわね。警察に通報します」
「えっ?」
なにを驚くことがあるのか。そんなの、当然のことでしょうに。
「あんたが無理やり連れてきたんじゃないなら、密入国者を匿うことはできないのよ?」
「だって、アンジェは第二王女だぞ」
「それを証明できる人は、この世界には存在しないの」
「わたくしを知らないだなんて、どんな教育を受けたのかしら」
「ウザい。黙ってろ」
お前こそ、王族のくせにまともな教育を受けてないだろ。こんな口をきかれても殴らない私は、かなり忍耐強いと思う。
「晴海、穏便に済ませられないのか? お父さん、噂になるようなことは困るんだが」
「こんなアタオカにつきまとわれるほうが、よっぽど噂になるでしょう?」
こんなときって、身寄りのない異世界人はどうなるのかしらね。精神病院に送られるのか、保護施設に入ることになるのか、どうなんだろ。
私は、余計な発言をしないよう両親を部屋に返して、エントランスに警察を呼んだ。
連休中だというのに、お巡りさんは思ったよりもはやく来てくれた。ふたりとも困った顔をしているが、日本語が通じる外国人として、調書をとろうとしているらしい。
「ええ。弟がいうには、この連休中に知り合ったらしいんですけど、自分は王族だとか話していて、正気ではないみたいなんです。身分証どころか、なにも持っていないし、弟が犯罪に巻き込まれたんじゃないかって恐ろしくて」
嘘はいってない。私には、家族を守る義務があるのだ。
「鈴木悠太さんですね」
「うっ、はいそうてす」
「彼女とはどこで知りあったんですか?」
「えっと、その――」
弟は相手が警察なので、しどろもどろである。だが、さすがに異世界に行ったなんて非常識な話を、地方公務員にぶちまける気はないようだ。
「城に決まってるでしょう。お前たち、あの無礼な女を捕らえなさい。ユータ様の姉だとしても許せませんわ!」
こっちはどうしようもないな。守りたくなるような態度でもないし、好きにしたらいいんじゃない?
「君、名前は? 出身はどこなの? 宿泊先は? パスポートを携帯していないんですか?」
「なによ! わたくしの命令が聞けないの? こんなに使えない者たちが、ユータ様の国民だなんてあきれてしまうわね。反抗的な者は、お父様に処分していただかなくちゃ」
そのお父様は、この世界にはいないんだけど。
「とりあえず、署で話を聞かせてもらいます」
お姫様はおとなしく従うどころか、終始、反抗的な態度で、所持していた扇で警官を叩いたために、公務執行妨害で連行された。
残念ながら、わが弟も同行しなくてはいけないらしい。それに付き添うかどうか迷ったが、成人しているのだからとひとりで行かせる。
尻拭いもできないやつが、安易な考えで家族に迷惑をかけたのだ。他人に厳しく追及されて、深く反省するがいい。
両親がついて行ったらムダに同情して、あの異世界人を引き取って来かねないので。さっさと部屋に返しておいて正解だったね。
その後、弟は二時間ほど説明して、ひとりトボトボと帰宅した。
「ゴメン、姉ちゃん」
謝ったので、家には入れてやることにする。
「あんたねぇ、父さんと母さんにも謝りなよ。すっごく心配してたんだから。それにもう、無責任に生き物を拾ってくるのは止めなね」
弟が幼稚園児だったころから数えても、拾ってきた犬猫の数は、両手の指では足りないのだ。
そのたびに里親を探したり、動物病院に連れて行ったりと、世話をするのは両親と私だった。
「うん、わかったよ」
弟も、今回ばかりは家族に迷惑をかけた自覚があるのか、自分の行動を恥じた態度を見せた。
悠太は、自分のベッドでたっぷり寝たあと、涙ぐんで白飯をかっこんでいたので、あちらの食事には米はなかったのだろう。
この家で甘やかされていた末っ子が、三年間もの異世界生活と竜退治とは、ずいぶん無茶をさせられたものだ。
その後、弟は何度か事情聴取に呼ばれていたが、話せる情報がなくなると、家族に心配をかけてはいけないと、厳重注意されて帰ってきた。
あのお姫様は、悠太が自分の城に三年前から住んでいただの、勇者として悪竜を倒した英雄だのと、非常識なことを話していたが、数日経つと日本語を話さずに、どこの国でもないことばを話し始めたという。
「そう連絡が来たけど、悠太はなんか知ってる?」
「ん〜? 魔力切れかな〜。俺もよくわかんねぇけど、あっちでは、ことばに困んなかったんだよなぁ」
弟にもよくわからないようだが、無礼な姫は、日本語を習得していたわけではなかったらしい。
医師は、それが彼女の創作によるものと考え、一定の法則は確認できたものの、結局は心の病を得ていると診断したようだ。
「まぁ、普通なら妄想だって判断するよね」
弟は、連休前もきちんと大学に通っていたので、あるかもわからない城で、三年もお姫様と暮らすことはできない。
なんなら四月の中旬は、複数の友だちと泊まりがけで遊びに出かけていたので、家族の証言以外のアリバイがバカみたいにあったのだ。
弟の友人たちの誰ひとりとして、彼女を知るものはおらず、この連休より前から知り合っていたという可能性は、すべて潰されたのである。
彼女のことは、妄想癖のある無国籍の成人女性で、悠太のストーカーであることしかわかっていない。
「俺が好きなのは、同じゼミの笹川さんだよ?」
お姫様には好きだといったこともなく、もちろん将来の約束もしていないという。ただこちらの世界に興味があったから、弟についてきただけらしい。
薄情な弟は、大学がはじまったらお姫様のことなどすっかり忘れたらしく、夏休みはゼミの仲間と海に行く計画を話した。
これからアルバイトをして、ちょっといい温泉宿に泊まりたいなどと、現実を楽しんでいるようだ。
私は警察に、もうこちらへの連絡は不要だと伝えた。どうしたって彼女の保護者にはなれないのだし、あの存在に対して責任を負いたくない。
また喚び寄せられるのではと、弟が夜中に飛び起きることも、その気配に両親が不安に思うことも、いまでは順調に減ってきているのだ。
弟が背負った三年間には、なんの補償も得られなかったし、もう忘れてしまってもいいと思う。
「愚かな人だ」
なぜあのお姫様は、まったく知らない世界に来ようと思ったのか。どう考えても、弟が頼りになる人間には見えないのに。
彼女が金目なものを所持していなかったことから、本当に勢いだけで同行したのだと思う。それか、弟に寄生する気だったかの二択だね。
両親は私と同居しているから、弟に相続するような物件はない。だから、ふたりで暮らす家などないのだ。
「そもそも最初から、弟にはそんなつもりはなかったみたいだけど」
両親は弟の学費は出しているが、生活費は私が負担している。弟はかわいいが、扶養されている分際で居候を増やすな。犬猫と違って、癒やし効果も持たないドラブルメーカーを、私の縄張りに入れるわけがないだろ。
国民の皆様には申し訳ないが、お姫様の処遇は国に任せた。血税があの女性に使われると思うと、不快でしかないので、さっさと異世界に帰ってほしい。
「まあ、異世界人を召喚する力があるんだから、そのうちお姫様も喚び戻されるでしょ」
まったく、戸籍もないのにどうする気だったのかね。
お姫様が入国した記録はないんだから、この国でこっそり生まれた子どもが、届け出もされず成長したと考えるのではないだろうか。あの顔立ちでハーフと言い張るには無理があるし、調べたところで、日本人の遺伝子はどこにも見つからないだろう。
それどころか、この世界の人間とは違うとバレたら、マトモに生活させてもらえるのかも疑わしい。
「悠太には、大学の勉強より先に、常識を叩き込まないとダメね」
そもそも弟が、こちらの世界の話をしなければ、彼女はお姫様のままでいられたのに。戸籍がなければ生きづらい国だと、悠太は説明しなかったのだろうか。
いずれにせよ、楽しいところや便利な話しか、頭に残らなかったんだろうなぁ。
「あの高飛車な態度なら、悠太に面倒な姫を押しつけた可能性もありそうね」
お姫様に護衛がつかないとか、あり得なくない?
悪役令嬢といえば、国外へ追放されがちだもの。異世界に追放される姫がいても、なんらおかしくはないわね。
両親は、三日ほど連絡が取れなかった弟を、いつものように心配していた。だが私は、何度も前科のある弟なので、連休だからと羽目をはずしているのだと思っていた。
悠太は、金曜に友だちと飲んで日曜の夜まで連絡をよこさなかったり、スマホの充電が切れっぱなしでも放っておいたりと、とにかくだらしのない生活を送っていたのだ。
あの日は、帰らない弟の行方不明者届を出しに行くところだった。
弟の無事な姿を見て思わず抱きしめようとした両親を、あの無礼な女性が最悪なことばで止めたから、私は一切、弟の甘えを許さなかったし、あの女性を受け入れる気も皆無だったのだ。
「あのお姫様は、国に喚び戻されるかな?」
悪竜が倒され、すでに原動力を失ったのだから、その日は来ないかも知れないわね。
でも、あちらの三年がこちらの三日なら、召喚陣に力が戻るまで、余裕で待てるんじゃない?
ただ、弟が戻ってから、すでに三か月は経っている。だからお姫様の親兄弟も、きっと寿命を迎えただろう。
国王が亡くなっても、彼女のことを取り戻したい人がいるのかは、なんともいえないでしょうねぇ。
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