第二節 「Fight!!」という名の毒薬
十五分。
その時間は、エジプトの砂時計のように、重苦しく、しかし確信を持って流れた。
徹がふっと顔を上げた。
彼はまみの視線に気づいたようだった。いや、初めから気づいていたのかもしれない。
彼はノートに何かを書き殴ると、それを窓に押し当てた。
『Fight!!』
太い、殴り書きの文字。
まみの心に、奇妙な波紋が広がった。それは歓喜ではない。むしろ、冷ややかな計算であった。
(ああ、彼は私を使って、自分を鼓舞しているのだ)
彼女はすぐさま、自分のノートに『ガンバレ』と書き、それに応えた。
窓越しに交わされる、紙の上の対話。
一見すれば、それは今昔物語の貴族たちが詠み交わす和歌のように雅やかであり、同時に、地下牢の囚人同士が壁を叩いて交わす合図のように切実であった。
しかし、その実態はどうだ。
まみは徹の「Fight」という文字を見ながら、心の内でこう毒づいた。
(君が頑張るなら、私は君以上に頑張らねばならない。君は私の「鏡」であり、同時に私の「敵」なのだ)
徹の方も同様であろう。彼は彼女の返事を見て、安心したはずだ。
自分よりも疲弊し、自分よりも劣っているかもしれない存在が、まだ「脱落」していない。その確認作業こそが、彼にとっての救いなのだ。
励ましとは、残酷な行為である。
それは相手を土俵に繋ぎ止め、降りることを許さない宣告に等しい。
二人は、互いのエゴイズムを燃料にして、再び勉強という名の泥沼へと沈んでいった。
窓の向こうの徹の笑顔は、暗闇の中で、不気味な仮面のように白く浮き上がって見えた。




