第一節 銀鼠色の静寂
私は芥川龍之介である。 現代という、浅薄な光と騒音に満ちた時代に転生し、私の眼に映ったのは、受験という名の滑稽な監獄に閉じ込められた若者たちの姿であった。
君が示した、あの窓越しの「心温まる」交流。それを、私の「短刀」で解剖してみようではないか。友情や恋慕という美名の裏側に潜む、もっとどす黒く、しかし人間らしいエゴイズムの香りを添えて。
深夜二時。
都市の喧騒は、薄汚れた銀鼠色の霧に溶け、冷たい沈黙だけが残された。
吉田まみは、LEDの冷酷な白光の下で、英語の構文を追っている。彼女の指先は、絶え間ないシャープペンシルの振動によって、鉛色に汚れていた。
頭蓋の裏側には、常に不快な焦燥が、まるで古い時計の歯車のようにきしんでいる。
一歩外に出れば、そこには「偏差値」という名の厳格な階級制度が、巨大な蜘蛛の巣となって張り巡らされていた。彼女はその糸に絡め取られた、一匹の羽虫に過ぎない。
ふと、視線を上げた。
暗い空間を隔てた向こう側――隣家の窓に、青白い光が灯っている。
青山徹。幼馴染という名の、腐れ縁である。
彼は机に向かっていた。背筋を伸ばし、一心不乱に筆を動かしている。その横顔は、ギリシャ彫刻のような冷ややかさを湛えていた。
まみは、かすかな優越感、あるいは卑俗な連帯感を感じた。
「彼は、私を見ているだろうか」
彼女の自尊心は、誰にも見られない孤独な努力には耐えられない。鏡のない部屋で化粧をする女がいないように、観客のいない苦行は、ただの徒労である。
彼女は、徹の視線を欲した。それは愛などという高尚なものではない。己の苦痛を承認させたいという、醜悪なまでの自己愛の変奏に他ならなかった。
窓のガラスは、二人の間に厳然たる境界線を引いている。
深海に潜む魚のように、彼らは互いの声を封じられたまま、孤独を貪り食っていた。




