第三節:猛烈なる修羅の道
それからの山村もえは、何かに取り憑かれたようであった。
彼女の生活から「色彩」が消えた。朝の通学電車、昼休みの教室、そして放課後の図書館。彼女の視界にあるのは、もはや彼の横顔ですらなくなった。
ただ、彼の目指す「T大法学部」という、絶対的な黄金の冠だけが、彼女を突き動かしていた。
彼女は、自分の脳を一台の「計算機」へと作り替えた。
かつて彼を追っていた視線は、今は数式の海を、英文の迷宮を、血眼になって彷徨っている。
図書館で彼を見かけても、もはや心臓が跳ねることはない。ただ、「この問題を解かなければ、彼に追いつけない」という、強迫観念めいた論理だけが彼女のペンを走らせる。
「……滑稽だな」
もえは、時折、自嘲気味に呟いた。
あれほど焦がれた相手を、今や自分を叩き上げるための「砥石」として利用しているのだから。
恋心は、学問という名の冷徹な刃を研ぐための、単なる「潤滑油」に成り下がった。
だが、その結果として、彼女の成績は驚異的な上昇を見せ始めた。不純な動機から始まった努力が、皮肉にも彼女を「救済」へと導こうとしていたのである。
夕暮れの図書館、彼女は再び、あの少年の背中を見た。
しかし、今の彼女には、彼を振り返る余裕はない。
もえは、再び教科書という名の深淵へと潜り込んでいった。
果たして、彼女がその頂に辿り着いた時、そこに「恋」の残骸は残っているのだろうか。
それとも、ただ無機質な「勝利」という名の、乾いた風が吹き抜けるだけなのだろうか。
僕は、彼女の横顔を見ながら、静かに筆を置くことにする。
人間のエゴイズムが、これほどまでに美しく、そして奇妙な成果を生む。
これ以上の喜劇が、他にあるだろうか。




