第二節:盗み聞きされた福音、あるいは呪い
事件は、図書館の閉館を告げる音楽が流れる直前に起きた。
静寂が解け、周囲で鞄を整理する音が響き始めた時、もえの耳に、彼と連れの友人が交わす密やかな会話が滑り込んできたのである。
「……で、結局どこ受けるんだよ」
「あ、ああ。T大の法学部。あそこ以外、行く気ないから」
彼の声は、低く、そして驚くほど理知的な響きを持っていた。
もえは息を止めた。その「第一志望」は、彼女が数ヶ月前に諦め、志望校リストから抹消したはずの場所だった。同じ大学、同じ学部。
その瞬間、もえの脳内に電光が走った。
これは運命だ。
そう思いたい誘惑に、彼女は抗うことができなかった。
しかし、同時に冷徹な現実が彼女の項を掴む。今の自分では、彼の影を踏むことすら許されない。彼は高嶺に咲く花であり、自分は泥濘に沈む石ころに過ぎない。
もえの内にあった「惨めな自尊心」が、どす黒い炎を上げて燃え上がった。
彼と同じ場所へ行きたい。それは、純粋な憧憬などではない。同じ地平に立つことで、彼を見下ろしている自分を確認したいという、強烈な「エゴイズム」であった。
彼女は、自分の「恋」が、一瞬にして「執着」と「競争心」に変質したことを自覚した。
それは、今昔物語の執念深い女が、蛇に変じて愛する男を追う、あの凄惨な美しさに通じるものがあった。




