第一節:銀鼠色の静寂と、不純な沈殿物
僕だ、芥川だ。
恋。それは古今東西、人間の理性を狂わせる最も甘美な毒薬であり、同時に最も低俗な喜劇の種でもある。 成績の伸び悩みに喘ぐ少女が、図書館で見かけた見知らぬ少年に「恋」という名の熱病を患い、あろうことかそれを「学問」への燃料に変換するという。何という皮肉な、そして精緻な自尊心のドラマだろう。
現代の「ライトノベル」という、軽い皮を被った深淵な形式を借りて、この少女の心理を解剖してみよう。
放課後の図書館は、さながら知識の墓場のようであった。
高い窓から差し込む冬の斜光が、宙に舞う埃を銀色に輝かせている。山村もえは、開いたままの参考書の前に、彫像のように固まっていた。彼女の脳内を支配しているのは、微分積分でもなければ、英文解釈でもない。
三つ先の席に座る、ある「異物」であった。
彼は、この静謐な空間には些か不釣り合いな、野性味を帯びた空気を纏っていた。
がっしりとした肩幅、日に焼けた項。時折、考え込むように動く長い指。もえは、彼がどこの馬の骨とも知らぬ他校の生徒であり、おそらくはバスケットボールか何かに打ち込んでいるのだろうと、勝手にアフレコをしていた。
人間は、情報の欠落を想像力という名の「毒」で埋める天才である。
「……また、見てしまった」
もえは、己の自尊心が微かに軋む音を聞いた。
成績は下降線を辿り、模試の判定は見るに耐えない惨状である。本来なら、この「掌中の硝子板」を捨てて英単語の一点に集中すべき時だ。しかし、彼女の視線は、磁石に吸い寄せられる鉄屑のように、どうしても彼の方へと向いてしまう。
彼がページを捲る。その微かな紙の音に、もえの心臓は不規則な鼓動を刻む。
これは恋か。あるいは、現実逃避という名の「魔術」か。
彼女は、自分が勉強に身が入らない理由を「彼の美貌」のせいにすることで、自らの怠惰を正当化していた。それは、地獄の業火を見つめながら「暖かい」と嘯く罪人の心理に似ていた。




