第2話 連鎖する悪意と、無機質な救世主
メッセージが投下された瞬間、教室の空気は一変した。 これまで鳴りを潜めていたクラスメイトたちの「虚栄心」と「攻撃性」が、一斉に目を覚ましたのだ。画面上には、誰を指すともしれない陰口が、滝のように流れ落ちる。
「あいつ、前から調子に乗ってたしね」
「裏表あるとは思ってた」
文字による集団リンチ。それは、大正時代の僕が見た、羅生門の下で死人の髪を抜く老婆の姿と、本質的には何も変わらない。皆、自分の正義を証明するために、他者の生肉を喰らわずにはいられないのだ。結衣は自分の放った火が、制御不能な大火災に発展したことを知り、蒼白な顔で立ち尽くした。
その時である。 教室の端、万年雪のように冷ややかな空気の停滞する席に座っていた蓮が、音もなく立ち上がった。彼は理系特有の、感情を排した論理性という名の外套を羽織っている。
彼は無造作に、教室の大きな電子黒板へ私物の端末を接続した。 「五分だけ、脳の処理速度を僕に貸してくれ」 彼の声は、熱狂する教室に冷水を浴びせかけるように響いた。
画面に映し出されたのは、騒ぎの元となった画像の背後にある「メタデータ」と呼ばれる情報の断片だった。
「この写真は半年前、撮影されたものだ。記録されている気温は二十八度。だが、今の外を見てごらん。雪が降りそうな五度だ。半袖で冷たい飲み物を煽るのは、生物学的な自殺に近い。不可能なアリバイだよ」
彼は、事実だけを告げた。そこには同情も、怒りも、救済の意志すらも存在しなかった。ただ、圧倒的な「真実」という名の冷徹な刃が、結衣の誤解とクラスの狂乱を、一刀両断に切り捨てたのである。




