9 元聖女と薬屋
本日1回目の投稿です。
午前は探索者ギルドに行き、午後は帝都最大の民間治療院に行った。
充実した一日を最後に彩るのは、やはりこれだ。
「くー! 体に染み渡りますわ!」
極上のエールである。
探索者ギルドに併設された酒場を見てからずっと、心の片隅に酒への欲求が燻っていた。
あんな風に仲間とわいわいしながら飲むお酒も楽しそうだ。
早々にエールを飲み干し、ウイスキーを注文する。
「今日も美味しそうに飲みますね。見ているこちらも嬉しくなります」
そう言うのは、《憩いの灯火》のマスター・オルセンだ。
「オルセン様のお酒が本当に美味しいからですわ」
今日も夕方早めの時間に来たので、まだ他の客は来ていない。
と思っていると、カランコロンとカウベルが鳴った。
「こんばんは……あれ? フィアナさんじゃないですか」
「朝ぶりですわね、フローラ様」
彼女もこのバーの常連の一人だ。時折、こうして顔を合わせることはこれまでにもあった。
ただ、聖女時代の私とバーで会うことがあったということは、彼女も遅くまで働いていたということだ。
どこの世界も人手不足なのかもしれない。
「隣、いいですか?」
「もちろん、どうぞ」
フローラは私の隣のカウンターチェアに座ると、ブランデーを頼んだ。
オルセンがグラスに注いだブランデーをそっとフローラの前に置くと、ふんわりと甘い香りが漂った。
彼女は一口含むと、舌の上で転がすようにゆっくりと味わった。
コクン、と飲み込んでから私の方を向いた。
「フィアナさん、就職先は見つかりましたか?」
「いいえ。さすがに一日では難しいですわ」
肩を竦めて答えた瞬間、フローラの目が光った気がした。
「ギルドで働いてみませんか? そうすれば、探索者ギルドにも治療院を併設することができます」
探索者と言う仕事は怪我が多い。依頼の報告と素材の売却に加え、怪我の治療を一か所でできるメリットは大きいだろう。
けれど、やりたいとは思えない。
「ありがたい申し出ですけれど、ちょっと大きな組織は……」
フローラが目に見えて落胆した。
「ですよね……」
「それに、少しやってみたいことがあるのですわ。具体的には何も決めていませんけれど」
私は正直に話した。
探索者ギルドや民間治療院に行ったのは、オルセンの助言があったからだ。
フローラからも、何かとっかかりが得られるかもしれない。
「どんなことをやってみたいのですか?」
彼女の申し出を断ったにも関わらず、私の相談には乗ってくれる。
頼れるお姉さん的な印象を受ける。
「教会にいた頃からの趣味ではあったのですけれど、薬草に少し興味がありまして」
「薬草ですか。『聖女印の薬』といえば、効能が有名ですもんね」
「まぁ、仕事中は薬草栽培と薬作りだけが心落ち着く時間でしたから」
グラスの琥珀色の液体を見つめ、一口含んだ。
「それでしたら、薬屋に行ってみてはいかがですか?」
「薬屋、ですか」
「はい。教会にしろ、民間にしろ、治療院で見る薬とは違ったものがあるかもしれませんよ」
言われてみれば、確かにそうだ。盲点だったといってもいい。
教会では取り扱い禁止になっている素材もあるけれど、そうした中にも利用できるものがあるかもしれない。
「ありがとうございます。方向性が定まってきた気がします」
「いえいえ、お力になれたのなら、何よりです」
その後、私とフローラは酒を楽しみながら、愚痴を言い合った。
私からは教会の、フローラからは探索者ギルドの愚痴だ。
フローラみたいな人が、枢機卿の立場にいれば、今頃私も聖女を続けていたかもしれない。
今の枢機卿のリーフェル? あの人は駄目だと思う。
◆
翌日、私の目を覚まさせたのは、やはり午前休憩を知らせる鐘だった。
この寝坊する感覚……なんともいえない幸福感と背徳感がある。
さておき。
今日は薬屋に行ってみることにする。
昨夜、酒を飲みながらフローラに教えてもらった薬屋を目指して、大通りを進む。
探索者ギルドから比較的近い場所で、大通りからは一本入って路地裏にある。
薬屋の場所を探しながら歩いていると、薬草や鉱物、獣などの混じった臭いが漂ってきた。
ピンと来た私は、臭いが強くなる方へ向かっていく。
やがて、古びた薬屋を発見した。
看板には薬草の中でも有名なヒールハーブの絵が書かれている。文字の読めない人にも分かりやすい。
店内に入ると、いっそう臭いが強くなった。
所狭しと様々な素材が並んでいる。石みたいなものもあれば、濁った液体が瓶に入っている。見たこともない植物が天井からぶら下げられている。
これはなかなか期待できそうだ。
何に使うのかはさっぱり分からないけれど、興味深いものがたくさんある。
蜥蜴の死骸なんて何に使うのだろう。
店内を見て回っていると、ふと声がかかった。
しわがれた老婆の声だ。
見てみると、童話に出てきそうな魔女のような風体の老婆だった。尖った帽子が似合いそう。
「おや? 元聖女様じゃないか」
昨日の民間治療院と違い、この女性は私が聖女を辞めたことを知っているようだ。
「はい。一昨日で聖女は引退しましたわ」
「どうしたんだい? こんなちんけな薬屋に来るなんて」
「ちんけだなんてとんでもないですわ。素敵なお店ではないですか」
今の私には用途が分からなくても、きっとここは宝の山だ。そう直感した。
「ほう? それで、何をしに来たんだい? ただの冷やかしじゃあないじゃろう?」
「はい。薬作りに興味があって、どういう素材が利用できるのかと思いまして」
「ひぇっひぇっひぇっ、その顔……どうやら本気のようじゃ。何か新しいものを作りたいという顔をしておる」
老婆のその言葉で、私の中で何かが嵌まった気がした。
新しい薬の開発。
それを私の仕事にするのはどうだろうか。
通常の治療薬や回復薬を作って教会あたりに売りつければ、収入は得られるだろう。
その上で、新しい薬の開発をする。例えば、傷の治癒と魔力の回復を同時にすることができる薬とか。
まだ存在していない薬なので、簡単には作れないだろうけれど、やってみる価値はある。
ただそれをするためには、今の私では知識が足りない。
老婆はしばらく思案顔をしていたと思うと、私を呼んだ。
「元聖女様」
「その呼び名はなんですので、フィアナと呼んでください」
「ではフィアナちゃん。これは何か分かるかい?」
彼女が手に取ったのは、瓶に入っていた石のようなものだ。
受け取ってみると、見た目よりも軽い。かなり硬く、少し土のような臭いがする。
「初めて見ます。何ですか?」
「マンドラゴラの根じゃよ」
マンドラゴラ……強い幻覚作用がある毒草だ。当然、教会では禁忌の植物とされている。
しかし、こんな見た目ではなかったと思う。文献でしか見たことはないけれど、もっと柔らかいはずだ。
「これは魔国産のマンドラゴラさ」
魔国と言えば、このアウレリア帝国の戦争相手であるヴァーミリオン魔国のことだ。
あそこは土地が瘦せていて、植物が育ちにくい環境のはず。
「……外敵から身を守るために、こんなに硬くなったのですか?」
「察しがいいのう。魔国の魔物にはマンドラゴラの毒が効かん奴が多いから、毒を弱め、代わりに根を硬くすることで食われないようになったと言われておる」
いわばマンドラゴラの亜種といったところか。
「それをほんの少し混ぜると、治療薬の効果が上がる」
「それは面白いですわね」
ちょっと心が浮き立つ。
そうした知識を貯めていけば、新しい薬の開発も夢ではなさそうだ。
「ふむ……ちょっと待っておれ」
老婆はにやりと笑い、店の奥に引っ込んでいった。
すぐに戻ってきた彼女の手には、一冊の本があった。
その本を私に差し出した。
「これをやろう。全て儂の頭には入っておるでのう。もう儂には必要ないものじゃ」
表紙には掠れた文字で、『魔薬調合大全』と書かれている。
本はとても読みこまれたもので、書き込みも少なくない。
「薬作りに必要な知識の塊じゃ。フィアナちゃんには必要じゃろう?」
それはそうだけれど、当然疑問はある。
「なぜ、私にいただけるのですか?」
「簡単なことじゃ。新薬作りに興味のある者は少ないからのう。それに、それを渡しておけば、いろいろ試してみたくなって、このちんけな店に通うじゃろう?」
なるほど。一理ある。
「ではありがたくいただきます。必ず買いに来ますので、いろいろご教示いただければ嬉しいですわ」
私は重ねてお礼を述べてから、店を出た。
老婆のおかげでやりたいことが定まった。
だが、それをするには道具がない。鉢植えなんかも必要になるだろうし、物を揃えないといけない。
次回投稿は本日18時頃の予定です。




